「ここらで少し休憩にしようか」
村から8キロ程離れた河原でグラムロックは足を止める。
勇者級であるグラムロックはまったく疲弊していないし、ノルンアークも負傷しているとはいえ、高レベルだけあり移動に関してはまったく問題ない模様。しかし、同行しているカーラとマルコの幼い姉弟はそうもいかない。
ノルンアークと共に厳しい山越えを果たした疲労も残っており、見るからにペースが落ちていた。避難所として開放されている砦までは残り10キロ程。グラムが二人を抱えて移動してもいいのだが、疲労だけでなく空腹も感じているようなので、一度休息を取ることに決めた。
「疲れた……」
「……よく頑張ったね、マルコ」
自身も疲労が溜まっているだろうに、真っ先に弟を労う言葉が飛び出すあたり、カーラは流石お姉ちゃんである。姉弟は天然の大きな石のベンチに腰掛け、ホッと一息ついている。
「食材を調達するから、少し休んでいてくれ」
「グラム兄ちゃん、食材って?」
「せっかく近くに川があるんだ。魚を獲ってくる」
「釣り竿とか持ってるの?」
「無いから素手で直接掴み上げてくる」
「大丈夫なの?」
「まあ、見てろって」
マルコの心配をよそに、グラムロックは履いていたレースアップブーツを脱ぎ、着用しているカーゴパンツの裾を捲り上げると、迷いなく川へと入っていった。それなりの流れの早い川だが、グラムロックの体は流れの影響を受けておらず、まったくぶれない。グラムロックはこの時期すでに「水中戦」スキルを取得済み。泳ぎに限らず、足だけを浸けた状態での移動もスムーズだ。流れを気にせず漁に集中することが出来る。
「大漁大漁っと」
グラムロックは高レベル高ステータスから繰り出される俊敏な動きで、見事に川魚を両手で掴み取る。必死に抵抗する川魚が手元から零れ落ちないよう、即座に岸辺へと打ち上げた。同じ要領でグラムロックは次々と川魚を手掴みしていき、最終的には人数分、4匹の魚を確保した。
「すげえ! すげえよ、グラム兄ちゃん!」
好奇心旺盛なマルコは、グラムの鮮やかな手際に終始見入っていた。岸辺へと上がったグラムを、輝く尊敬の眼差しで見上げている。褒められて悪い気はしなかったらしい、グラムロックは少々照れ臭そうにしながら、マルコの頭をそっと撫でた。
「ノルンアーク、炎熱系魔導は使えるか?」
「もちろんです。焼き魚ですね」
「生憎と調理器具は持ち合わせていないからな。焼き魚にするのが一番だ。後は串代わりになりそうな枝でも」
「そうだろうと思って、グラムロック様が漁をしている間に、串用と火起こし用の枝を集めておきましたよ」
「気が利くな。助かったよ」
「これが私の性分でして。早速、火を点けましょうか」
戦場に赴くにあたってか、あるいは脱走後の逃亡生活に備えてか。ノルンアークはサバイバル知識を身に着けていたらしい。炎熱系魔導による着火を手早く、鮮やかにこなしていく。川魚にもスムーズに串を通していくし、料理も手慣れたものだ。
「調理は私に任せておいてください」
お言葉に甘え、グラムロックは焼き魚の調理をノルンアークへと一任した。大雑把なグラムロックでは、焼き魚を焦がし過ぎてしまうかもしれない。ここは料理上手に任せた方が無難だろう。
「グラムお兄さんはどちらのご出身なんですか?」
「あっ、俺も気になる」
魚が焼きあがるまでの暇潰しにと、子供達がグラムロックへと話題を振って来た。移動中の雑談も、グラムロックの勇者としての活躍に関する話題が中心であっため、出身などプライベートな話題はこれが初めてであった。
「俺は南東部グリトニル領の港町の出身だ」
「ご家族は?」
「故郷では妹が、伯母夫婦と一緒に生活している。氷結戦争が始まった関係で、もう一年以上顔を合わせていないが」
「お忙しいとは思いますが、時間のある時はなるべく会いにいった方がいいと思います」
直近で、理不尽に家族や仲間の命を奪われたカーラの言葉は重い。
いつ何が起きるかなんて誰にも分からない。ましてやグラムロックは最前線で戦う身。常に死は身近に存在している。無論、そう簡単に死んでやるつもりなどないが、死の運命とは個人の意志に関係なく訪れるもの。明日戦場に散らぬ保障など、どこにもない。
「……そうだな。時間が取れたら一度、故郷に顔を出してみるか」
早くに両親を亡くし、グラムロックと妹は伯母夫婦の下へと引き取られた。伯母夫婦はとても優しい人達だったが、だからこそ負担をかけたくないという思いが勝り、昔から腕っ節には自信のあったグラムロックは、若くして傭兵の道を歩み始めた。行く先々のギルドで魔物討伐等の依頼を受けながら世界中を周り、定期的に故郷へと仕送り。節目節目に帰省するという生活を氷結戦争以前から送っていた。
氷結戦争開始と共にミルドアース軍に所属してからは、多忙故に一度も故郷へと帰れていない。妹との手紙のやり取りは欠かしていないが、やはり直接会うのと手紙とでは意味が大きく違う。
ミルドアース軍側に勇者級が次々と誕生したことで戦況が変化、それに伴いニブルアースの送り込む氷魔軍の戦力も増加。氷結戦争は激化の一歩を辿っている。死傷率は今後ますます跳ね上がっていくのは間違いない。万が一にも、久しぶりに再会した兄が棺桶の中では妹があまりにも可哀そうだ。戦渦が激化する前に、せめて一度くらいは故郷に顔を出しておくべきだろう。
「気遣ってくれてありがとう、カーラ」
幼い少女の訴えかけで、グラムロックは大切なことに気付かされた。別れが何時訪れるかなんて誰にも分からない。後悔先に立たず。会える時には家族に会っておくべきだ。
「グラム兄ちゃん。頑張れば俺も、兄ちゃんみたく強くなれるかな?」
「強くなりたいのか?」
「うん! もう、家族や大切な人が死ぬを見るのは嫌だから」
純粋であり、それでていて切実。強大な力を前に、理不尽に身近な人達の命を奪われた少年が強さを渇望してしまうのは、至極当然の感情といえるだろう。
「鍛錬を続ければ強くはなれる」
「今すぐには強くなれない?」
「お前のためだと思ってはっきりと言うが、元から戦闘経験豊富ならともかく、民間人が一からというのは先ず無理だ。今すぐ強くなることは出来ない」
「そうかもしれないけどさ……」
「今すぐ強くならなくていい。マルコは鍛錬を続けて、未来を守ってくれ」
「未来を?」
「氷結戦争は俺らの世代で終わらせてみせる。だからお前は、戦後の平和を維持するための力をつけろ。魔物や野盗、仮に戦争が終わったとしても、脅威というのは当たり前に、どこにでも転がっている。お前は力をつけて未来で、そういう脅威から人々を守ってやってくれ」
「俺が未来を?」
「そうだ。前線に立つ者として、俺もいつ死ぬか分からない身だ。約束は出来ないが、もし氷結戦争を生き延びることが出来たら、俺が直々に剣術の稽古をつけてやってもいい」
「本当に? 約束だよ?」
「いや、約束は出来ないと今言ったばかり」
「約束すれば、グラム兄ちゃんは絶対に死なないよ。勇者は嘘をつかない」
「まったく。子供のくせに妙に口が回る」
と、口先では卑屈そうながらもグラムロックの表情は明るい。
「分かったよ、約束だ。お前に稽古をつけてやるためにも、俺は絶対に氷結戦争を生き抜いて見せる」
「よっしゃー、俺、勇者の弟子だ」
マルコが無邪気に飛び跳ねる。火の前で危ないでしょうと姉のカーラが肩を掴んで落ち着かせるも、弾けるような弟の笑顔を前にカーラもまた嬉しそう。大切な人達の死後、弟がここまで弾けた笑顔を見せるのは初めてのことだったから。
「グラムロック様は、やはりお優しい方ですね」
川魚を焼きながら、ノルンアークもグラムロック達のやり取りに穏やかな表情で聞き入っていた。ミルドアースの地にやって来て初めて出会ったのが、真っすぐで芯の強い姉弟と、不器用ながらも優しく、力強い男性で本当に良かったと、そう感じていた。
「お魚が焼けました。みんなでお食事にしましょう」
空腹感、誰かと一緒に食事をするという安心感。
笑顔で焼き魚に被り付く二人の子供達の姿を見て、グラムロックとノルンアークも自然と微笑んでいた。
村から8キロ程離れた河原でグラムロックは足を止める。
勇者級であるグラムロックはまったく疲弊していないし、ノルンアークも負傷しているとはいえ、高レベルだけあり移動に関してはまったく問題ない模様。しかし、同行しているカーラとマルコの幼い姉弟はそうもいかない。
ノルンアークと共に厳しい山越えを果たした疲労も残っており、見るからにペースが落ちていた。避難所として開放されている砦までは残り10キロ程。グラムが二人を抱えて移動してもいいのだが、疲労だけでなく空腹も感じているようなので、一度休息を取ることに決めた。
「疲れた……」
「……よく頑張ったね、マルコ」
自身も疲労が溜まっているだろうに、真っ先に弟を労う言葉が飛び出すあたり、カーラは流石お姉ちゃんである。姉弟は天然の大きな石のベンチに腰掛け、ホッと一息ついている。
「食材を調達するから、少し休んでいてくれ」
「グラム兄ちゃん、食材って?」
「せっかく近くに川があるんだ。魚を獲ってくる」
「釣り竿とか持ってるの?」
「無いから素手で直接掴み上げてくる」
「大丈夫なの?」
「まあ、見てろって」
マルコの心配をよそに、グラムロックは履いていたレースアップブーツを脱ぎ、着用しているカーゴパンツの裾を捲り上げると、迷いなく川へと入っていった。それなりの流れの早い川だが、グラムロックの体は流れの影響を受けておらず、まったくぶれない。グラムロックはこの時期すでに「水中戦」スキルを取得済み。泳ぎに限らず、足だけを浸けた状態での移動もスムーズだ。流れを気にせず漁に集中することが出来る。
「大漁大漁っと」
グラムロックは高レベル高ステータスから繰り出される俊敏な動きで、見事に川魚を両手で掴み取る。必死に抵抗する川魚が手元から零れ落ちないよう、即座に岸辺へと打ち上げた。同じ要領でグラムロックは次々と川魚を手掴みしていき、最終的には人数分、4匹の魚を確保した。
「すげえ! すげえよ、グラム兄ちゃん!」
好奇心旺盛なマルコは、グラムの鮮やかな手際に終始見入っていた。岸辺へと上がったグラムを、輝く尊敬の眼差しで見上げている。褒められて悪い気はしなかったらしい、グラムロックは少々照れ臭そうにしながら、マルコの頭をそっと撫でた。
「ノルンアーク、炎熱系魔導は使えるか?」
「もちろんです。焼き魚ですね」
「生憎と調理器具は持ち合わせていないからな。焼き魚にするのが一番だ。後は串代わりになりそうな枝でも」
「そうだろうと思って、グラムロック様が漁をしている間に、串用と火起こし用の枝を集めておきましたよ」
「気が利くな。助かったよ」
「これが私の性分でして。早速、火を点けましょうか」
戦場に赴くにあたってか、あるいは脱走後の逃亡生活に備えてか。ノルンアークはサバイバル知識を身に着けていたらしい。炎熱系魔導による着火を手早く、鮮やかにこなしていく。川魚にもスムーズに串を通していくし、料理も手慣れたものだ。
「調理は私に任せておいてください」
お言葉に甘え、グラムロックは焼き魚の調理をノルンアークへと一任した。大雑把なグラムロックでは、焼き魚を焦がし過ぎてしまうかもしれない。ここは料理上手に任せた方が無難だろう。
「グラムお兄さんはどちらのご出身なんですか?」
「あっ、俺も気になる」
魚が焼きあがるまでの暇潰しにと、子供達がグラムロックへと話題を振って来た。移動中の雑談も、グラムロックの勇者としての活躍に関する話題が中心であっため、出身などプライベートな話題はこれが初めてであった。
「俺は南東部グリトニル領の港町の出身だ」
「ご家族は?」
「故郷では妹が、伯母夫婦と一緒に生活している。氷結戦争が始まった関係で、もう一年以上顔を合わせていないが」
「お忙しいとは思いますが、時間のある時はなるべく会いにいった方がいいと思います」
直近で、理不尽に家族や仲間の命を奪われたカーラの言葉は重い。
いつ何が起きるかなんて誰にも分からない。ましてやグラムロックは最前線で戦う身。常に死は身近に存在している。無論、そう簡単に死んでやるつもりなどないが、死の運命とは個人の意志に関係なく訪れるもの。明日戦場に散らぬ保障など、どこにもない。
「……そうだな。時間が取れたら一度、故郷に顔を出してみるか」
早くに両親を亡くし、グラムロックと妹は伯母夫婦の下へと引き取られた。伯母夫婦はとても優しい人達だったが、だからこそ負担をかけたくないという思いが勝り、昔から腕っ節には自信のあったグラムロックは、若くして傭兵の道を歩み始めた。行く先々のギルドで魔物討伐等の依頼を受けながら世界中を周り、定期的に故郷へと仕送り。節目節目に帰省するという生活を氷結戦争以前から送っていた。
氷結戦争開始と共にミルドアース軍に所属してからは、多忙故に一度も故郷へと帰れていない。妹との手紙のやり取りは欠かしていないが、やはり直接会うのと手紙とでは意味が大きく違う。
ミルドアース軍側に勇者級が次々と誕生したことで戦況が変化、それに伴いニブルアースの送り込む氷魔軍の戦力も増加。氷結戦争は激化の一歩を辿っている。死傷率は今後ますます跳ね上がっていくのは間違いない。万が一にも、久しぶりに再会した兄が棺桶の中では妹があまりにも可哀そうだ。戦渦が激化する前に、せめて一度くらいは故郷に顔を出しておくべきだろう。
「気遣ってくれてありがとう、カーラ」
幼い少女の訴えかけで、グラムロックは大切なことに気付かされた。別れが何時訪れるかなんて誰にも分からない。後悔先に立たず。会える時には家族に会っておくべきだ。
「グラム兄ちゃん。頑張れば俺も、兄ちゃんみたく強くなれるかな?」
「強くなりたいのか?」
「うん! もう、家族や大切な人が死ぬを見るのは嫌だから」
純粋であり、それでていて切実。強大な力を前に、理不尽に身近な人達の命を奪われた少年が強さを渇望してしまうのは、至極当然の感情といえるだろう。
「鍛錬を続ければ強くはなれる」
「今すぐには強くなれない?」
「お前のためだと思ってはっきりと言うが、元から戦闘経験豊富ならともかく、民間人が一からというのは先ず無理だ。今すぐ強くなることは出来ない」
「そうかもしれないけどさ……」
「今すぐ強くならなくていい。マルコは鍛錬を続けて、未来を守ってくれ」
「未来を?」
「氷結戦争は俺らの世代で終わらせてみせる。だからお前は、戦後の平和を維持するための力をつけろ。魔物や野盗、仮に戦争が終わったとしても、脅威というのは当たり前に、どこにでも転がっている。お前は力をつけて未来で、そういう脅威から人々を守ってやってくれ」
「俺が未来を?」
「そうだ。前線に立つ者として、俺もいつ死ぬか分からない身だ。約束は出来ないが、もし氷結戦争を生き延びることが出来たら、俺が直々に剣術の稽古をつけてやってもいい」
「本当に? 約束だよ?」
「いや、約束は出来ないと今言ったばかり」
「約束すれば、グラム兄ちゃんは絶対に死なないよ。勇者は嘘をつかない」
「まったく。子供のくせに妙に口が回る」
と、口先では卑屈そうながらもグラムロックの表情は明るい。
「分かったよ、約束だ。お前に稽古をつけてやるためにも、俺は絶対に氷結戦争を生き抜いて見せる」
「よっしゃー、俺、勇者の弟子だ」
マルコが無邪気に飛び跳ねる。火の前で危ないでしょうと姉のカーラが肩を掴んで落ち着かせるも、弾けるような弟の笑顔を前にカーラもまた嬉しそう。大切な人達の死後、弟がここまで弾けた笑顔を見せるのは初めてのことだったから。
「グラムロック様は、やはりお優しい方ですね」
川魚を焼きながら、ノルンアークもグラムロック達のやり取りに穏やかな表情で聞き入っていた。ミルドアースの地にやって来て初めて出会ったのが、真っすぐで芯の強い姉弟と、不器用ながらも優しく、力強い男性で本当に良かったと、そう感じていた。
「お魚が焼けました。みんなでお食事にしましょう」
空腹感、誰かと一緒に食事をするという安心感。
笑顔で焼き魚に被り付く二人の子供達の姿を見て、グラムロックとノルンアークも自然と微笑んでいた。