「キャラバン隊襲撃の混乱に乗じて、姿を眩まそうとは思わなかったのか? 負傷を伴ったとはいえ、子供二人を抱えて追手から逃げおおせる程の実力者だ。単身なら、無傷で離脱することも不可能ではなかっただろう」

 意地悪な聞き方にはなるが、彼女の人と成りを知る上でこの質問はとても重要だ。答え如何によっては、グラムロックのノルンアーツに対する認識は大きく変わってくる。

「異なる種族であったとしても、無辜の民が戦渦に巻き込まれるような状況を私は看過できません。負傷はしましたが、結果的に二人の幼い命を救うことが出来た。私は自分の選択は正しかったと確信しています……悔やむべきは、二人のご家族やお仲間を救うことが出来なかった、私自身の力不足だけです」
「異なる種族であったとしても、無辜の民が戦渦に巻き込まれるような状況は看過出来ない、か」
「甘いとお思いですか?」
「いいや、俺もあんたと同じ立場だったなら、同じ選択をしただろうと思っただけだよ。口先だけの理想を語るならそれは甘ちゃんかもしれないが、あんたは自分が傷つくことも顧みずに行動を起こし、実際に幼い二人の命を救った。それはとても立派なことだ」

 グラムの取った思わぬ行動に、ノルンアークは驚愕した。
 脱走兵とはいえ、氷魔軍に所属していた魔導士に対しグラムロックは、子供達の身内でないにも関わらず、深々と頭を下げたのだ。

「子供達の命を救ってくれてありがとう。ミルドアースに生きる民の一人として、心より感謝する」
「どうして私などに頭を下げるのですか?」
「俺は何も戦いたくて戦争に参加しているわけじゃない。命を守るために戦っているんだ。種族や経歴なんて関係ない。守るべき民の命を救ってくれた恩人に感謝をするのは当然のことだ」
「頭を上げてください。慣れていないので恐縮してしまいます」

 赤面したノルンアークが慌ててグラムロックの面を上げさせる。グラムロックが顔を上げた瞬間、至近距離でお互いの目と目が合う。

「そんな可愛らしい表情もするんだな。状況が状況だから仕方がないけど、ずっと無表情だったから」
「……可愛らしいは余計です。ナンパならよそでやってください」
「面白いことも言えるんだな」
「もう知りません」

 顔を赤くしたままそっぽを向いてしまったノルンアークを見て、グラムの仏頂面が解けて微笑む。
 初見の印象とは異なり、ノルンアークは表情豊かで愛嬌もある人物のようだ。命の恩人であることを差し引いても、二人の姉弟はノルンアークによく懐いている。子供というのは案外と鋭く、相手の本質というものを見抜く。根が優しい女性であるからこそ、姉弟も心を開いたのだろう。

「事情はだいたい把握した。氷魔軍を離脱し、幼い姉弟を助けたというあんたの話を俺は全面的に受け入れる。その上で尋ねるが、今後はどうするつもりだ?」

「先ずは子供達を安全な場所まで送り届ける。その一心で行動していました。その後についてはあまり考えていませんでしたが、許されるのであれば私は、ミルドアースへの亡命を希望します……ニブルアースの侵略により、これまでミルドアースにどれだけの被害が生じたかは存じております。氷魔軍出身者には居場所などないかもしれませんが」

「確かに風当たりは強いかもしれないが、これまでにも数件、亡命希望者の受け入れが行われたと聞いているし、何とかなるだろう。もちろん、俺も全面的な支援を約束する。最初に亡命希望を打ち明けられた者としての責任もあるしな」

 余計な不安を与えるべきではないと考え口には出さなかったが、氷結戦争の最中という関係上、前線に立つ戦士は氷魔軍に対して激しい敵対心を抱いている。それは亡命を希望する者に対しても例外ではなく、氷魔軍は皆全て敵だと、その場で切り伏せてしまったケースがこれまでにも発生している。
 良識ある関係者の下で手続きが進めば良いが、敵対感情の強い者が担当すれば、不当にスパイ容疑をかけられ処刑などということにもなりかねない。そういう意味では、最初にグラムロックと出会ったノルンアークは幸運であった。種族や経歴ではなく、あくまでも個人の人格を見るグラムロックは、ノルンアークを善良な女性であると判断した。後に合流予定のウルスラやマックスも良識ある人物なので、ノルンアークを無碍に扱うような真似はすまい。グラムロックの庇護の下に手続きが進めば、ノルンアークは問題なくミルドアースへと亡命出来るはずだ。
 戦後にどこへ移住するのかという別の問題も残されているが、流石に今の段階でそこまでの見通しは立てられない。終戦がミルドアース軍の勝利で終わる保証など無いのだから。

「ありがとうございます。グラムロック様」
「礼にはまだ早いよ。ともかく、亡命を希望するというのならマニュアルに則り、今からミルドアース軍所属の俺と共に行動してもらう。いいな?」
「もちろんです」
「先ずはこの村の住人の避難先へ向かって、マルコとカーラを保護してもらうことにするか――二人とも、込み入った話は終わったから、こっちに来ても大丈夫だぞ」

 グラムロックが声を張ると、距離を置いて座り込んでいたマルコとカーラが、グラムロックの脇をすり抜けノルンアークの下へと駆け寄っていった。

「ノルン姉ちゃん、お話しは終わったの?」
「ええ。今から私達はグラムロック様と一緒に行動しましょう」
「……この兄ちゃん、信じていいの? ノルン姉ちゃんに酷いことしたりしない?」
「大丈夫ですよ。グラムロック様はお顔は少し怖いけど、とても親切でお優しい方だから」
「怖い顔は余計だ」

 と苦言を呈しつつも、怖い顔発言で子供達が少し笑ったので、内心悪い気はしていなかった。

「分かった。ノルン姉ちゃんが言うなら信じる」
「私も、ノルンお姉ちゃんの決めたことならそれに従います」

 グラムロック自身を信用してくれたのかどうかは微妙なところだが、ノルンアークの肯定を受け、子供達のグラムロックに対する警戒心は落ち着いたようだ。

「子供達にはノルンと呼ばれているのか」
「二人の付けてくれた愛称です。愛称で呼ばれるなんて初めての経験なので、とても気に入っています」

 穏やかな声色でそう言うと、ノルンアークがマルコとカーラの頭を優しく撫でた。その姿はまるで、年上のお姉ちゃんを加えた三姉弟のようでもある。

「そういえば、兄ちゃんの名前は何て言うんだっけ?」
「ああ、そう言えば二人にはまだちゃんと名乗ってなかったか。俺の名前はグラムロックだ」
「グラム、何だって?」
「グラムロックだ」
「う~ん、何だか覚えにくいな。そうだ、グラムって呼んでもいい?」
「呼び方に特に拘りはない。好きに呼んでくれ」
「それじゃあ、グラム兄ちゃんで決まり。よろしくね、グラム兄ちゃん」
「よ、よろしくお願いします、グ、グラムさん」
「よろしくな、マルコ、カーラ」

 愛称が決まったことで、自然と兄弟達との距離感が縮まっていた。二人の表情は先程までよりも柔らかい。流石にノルンアーク程の信頼は得られていないだろうが、多少は心を開いてくれたようだ。

「移動を開始しようと思うが、ノルンアーク。傷の方は大丈夫か?」
「戦闘は難しいですが、移動するだけならば支障はありません」
「上等だ。まだしばらく猶予はあるだろうが、この村は氷魔軍の侵攻コース上、早目に離れるに越したことはない――ほら、手を貸せ」
「ありがとうございます」

 体を引き起こすべく差し出されたグラムロックの大きく温かい手を、ノルンアークは冷たい手で握り返した。