「それで、氷魔軍所属の魔導士が、どうして傷だらけでこんなところに? 今後の被害拡大を憂慮し村は放棄されたが、氷魔軍の侵攻そのものは、まだこの地域までは達していないはずだが」
事前に確認した情報によると、トリルハイム領に侵攻した氷魔軍の部隊は、現在地から南に20キロ程離れた山岳地帯に留まっているとのこと。険しい山々が天然の防壁となり、氷魔軍の侵攻を食い止めているのだ。そのおかげで、最寄りの村から住民を避難させ、勇者級であるグラムロックを迎えるだけの余裕が持てたが、屈強な肉体を持つ氷塊巨人や凶暴な魔物の軍勢を有する氷魔軍の侵攻は想定以上に早い。先遣であるグラムロック以外の、勇者級を含む部隊の到着が間に合うかどうかは微妙なところだ。
「私は個人的感情で所属を外れました。いわば脱走兵です」
負傷した魔導士が、まだ本隊の到着していない無人の村に息を潜めていた。脱走兵である可能性はグラムロックも予想はしていた。
「それじゃあ、その傷も?」
「追手との戦闘で負った傷です。何とか追手は撒いたものの、傷は深く、しばらくはこの村から動けずにいました。まだ完全には治癒していませんが、これでもけっこう回復したんですよ」
確かにローブには、腹部を大きな爪で引き裂かれたような痕跡なども残されている。軽い負傷で済んだのではなく、重症をようやくこの段階まで回復させたということのようだ。ノルンアークは、回復系の魔導スキルにもかなり精通しているということになる。
「所属から逃げ出した理由は?」
「……私は元々、戦争には反対だったのです。ですが、氷魔軍はニブルアース内でも特に強権的。能力のある者は、戦場での活躍をもって女帝フィンブルに奉仕すべきとの思想が強く根付いている。歯向かえば即処刑。不本意ながらも出兵せざるえませんでした」
「なるほど、高いを能力を持つが故、望まぬ戦に投入されたということか」
望まぬ戦で異界の者たちを殺めることなど出来ない。かといって戦いを拒めば、自身が処罰されてしまう。そのような状況下に置かれたら、脱走という選択肢に至るのは無理もない話だ。
「その子達は?」
「二人は姉弟で姉がカーラ。弟がマルコ。二人は山越えを目指すキャラバン隊の馬車に乗っていたのですが……」
「……突然、あいつらが襲ってきたんだ」
「……お父さんもお母さんも、キャラバン隊の人達も、みんな死んじゃった」
言い淀むノルンアークよりも先に、マルコとカーラが辛い現実を口にした。幼い子供達の口から語らせてしまったことを申し訳なく思い、ノルンアークは沈痛な面持ちで目を伏せた。
「山越えということは、もしや?」
「お察しの通り、氷魔軍の侵攻に巻き込まれてしまいました。二日前の出来事です」
「初耳だ。混乱のあまり、トリルハイム領政府も、旅のキャラバン隊の動向を把握しきれていなかったようだな」
山岳部でキャラバン隊が襲われたという話は事前情報には無かったが、決してノルンアークの狂言だとは思わない。情報が錯綜しており、これまでに領内で発生した被害の全容は、未だ把握出来ていないのが現状だ。
トリルハイム領に限らず、氷結戦争開戦以降、旅のキャラバン隊や避難民が戦渦に巻き込まれるも、被害の把握が遅れたケースはこれまでにも発生している。突発的な襲撃故に助けを求めることも叶わない。助けを呼ぶことに成功したとしても、氷魔軍の戦闘能力の前では、救援到着前に壊滅してしまうケースが大半。結局は後手に回ってしまう。
窮地に陥った人達の元へ、一瞬で駆け付けることが出来るスキルでもあれば話は別だが、生憎と今現在、そのようなスキルは発見されていない。
「殺戮本能に身を任せてキャラバン隊を襲撃しようとする氷魔軍の蛮行に我慢ならず、私は単身、反抗しました。私のレベルは部隊内でも上位の方でしたが、それでも一人では圧倒的に分が悪く……蛮行を食い止めることは叶いませんでした。30名程いたキャラバン隊の中で辛うじて救い出せたのは、マルコとカーラの二人だけです」
「そうか」
短く頷くと、グラムロックはマルコとカーラに、話が聞こえないように少し離れるようにと告げる。グラムロックがノルンアークに危害を加えるのではとマルコが警戒するも、グラムロックの真意を読み取ったノルンアークからも離れているようにお願いすると、不満気なマルコをカーラが無理やりつれていく形で、二人は距離を置いてくれた。
「……家族や仲間を失った直後の子供達の前じゃ、切り出しにくいからな」
「ご配慮に感謝します」
二人を遠ざけようとしたのは、グラムロックなりの不器用な配慮だ。この先は、あまり子供達の前でするような話ではない。
事前に確認した情報によると、トリルハイム領に侵攻した氷魔軍の部隊は、現在地から南に20キロ程離れた山岳地帯に留まっているとのこと。険しい山々が天然の防壁となり、氷魔軍の侵攻を食い止めているのだ。そのおかげで、最寄りの村から住民を避難させ、勇者級であるグラムロックを迎えるだけの余裕が持てたが、屈強な肉体を持つ氷塊巨人や凶暴な魔物の軍勢を有する氷魔軍の侵攻は想定以上に早い。先遣であるグラムロック以外の、勇者級を含む部隊の到着が間に合うかどうかは微妙なところだ。
「私は個人的感情で所属を外れました。いわば脱走兵です」
負傷した魔導士が、まだ本隊の到着していない無人の村に息を潜めていた。脱走兵である可能性はグラムロックも予想はしていた。
「それじゃあ、その傷も?」
「追手との戦闘で負った傷です。何とか追手は撒いたものの、傷は深く、しばらくはこの村から動けずにいました。まだ完全には治癒していませんが、これでもけっこう回復したんですよ」
確かにローブには、腹部を大きな爪で引き裂かれたような痕跡なども残されている。軽い負傷で済んだのではなく、重症をようやくこの段階まで回復させたということのようだ。ノルンアークは、回復系の魔導スキルにもかなり精通しているということになる。
「所属から逃げ出した理由は?」
「……私は元々、戦争には反対だったのです。ですが、氷魔軍はニブルアース内でも特に強権的。能力のある者は、戦場での活躍をもって女帝フィンブルに奉仕すべきとの思想が強く根付いている。歯向かえば即処刑。不本意ながらも出兵せざるえませんでした」
「なるほど、高いを能力を持つが故、望まぬ戦に投入されたということか」
望まぬ戦で異界の者たちを殺めることなど出来ない。かといって戦いを拒めば、自身が処罰されてしまう。そのような状況下に置かれたら、脱走という選択肢に至るのは無理もない話だ。
「その子達は?」
「二人は姉弟で姉がカーラ。弟がマルコ。二人は山越えを目指すキャラバン隊の馬車に乗っていたのですが……」
「……突然、あいつらが襲ってきたんだ」
「……お父さんもお母さんも、キャラバン隊の人達も、みんな死んじゃった」
言い淀むノルンアークよりも先に、マルコとカーラが辛い現実を口にした。幼い子供達の口から語らせてしまったことを申し訳なく思い、ノルンアークは沈痛な面持ちで目を伏せた。
「山越えということは、もしや?」
「お察しの通り、氷魔軍の侵攻に巻き込まれてしまいました。二日前の出来事です」
「初耳だ。混乱のあまり、トリルハイム領政府も、旅のキャラバン隊の動向を把握しきれていなかったようだな」
山岳部でキャラバン隊が襲われたという話は事前情報には無かったが、決してノルンアークの狂言だとは思わない。情報が錯綜しており、これまでに領内で発生した被害の全容は、未だ把握出来ていないのが現状だ。
トリルハイム領に限らず、氷結戦争開戦以降、旅のキャラバン隊や避難民が戦渦に巻き込まれるも、被害の把握が遅れたケースはこれまでにも発生している。突発的な襲撃故に助けを求めることも叶わない。助けを呼ぶことに成功したとしても、氷魔軍の戦闘能力の前では、救援到着前に壊滅してしまうケースが大半。結局は後手に回ってしまう。
窮地に陥った人達の元へ、一瞬で駆け付けることが出来るスキルでもあれば話は別だが、生憎と今現在、そのようなスキルは発見されていない。
「殺戮本能に身を任せてキャラバン隊を襲撃しようとする氷魔軍の蛮行に我慢ならず、私は単身、反抗しました。私のレベルは部隊内でも上位の方でしたが、それでも一人では圧倒的に分が悪く……蛮行を食い止めることは叶いませんでした。30名程いたキャラバン隊の中で辛うじて救い出せたのは、マルコとカーラの二人だけです」
「そうか」
短く頷くと、グラムロックはマルコとカーラに、話が聞こえないように少し離れるようにと告げる。グラムロックがノルンアークに危害を加えるのではとマルコが警戒するも、グラムロックの真意を読み取ったノルンアークからも離れているようにお願いすると、不満気なマルコをカーラが無理やりつれていく形で、二人は距離を置いてくれた。
「……家族や仲間を失った直後の子供達の前じゃ、切り出しにくいからな」
「ご配慮に感謝します」
二人を遠ざけようとしたのは、グラムロックなりの不器用な配慮だ。この先は、あまり子供達の前でするような話ではない。