「……どうやら俺の出番の様だ。リム、悪いが俺の分の荷物を頼んだ」
「しかと受け取った。グラム殿に限って万が一などないだろうが、見送り故に一応言わせてくれ。どうかお気をつけて」

 穏やかな昼下がり。フェンサリル領の山沿いに位置する自然公園で、突如としてグラムの姿が眩い光に包み込まれて消失した。一番近くにいたクリムヒルデがすぐさま荷物を受け取ったため、昼食の入ったバスケットは一緒にワープせずに健在だ。
 なお、休日ということもあって今日のクリムヒルデは鎧姿ではなく、フリルのついた白いブラウスに濃紺のロングスカートという私服姿だ。鎧を脱ぎ去った今、表情も普段よりも温和で、年相応の可憐な乙女然としている。

「行ってしまわれましたね」

 苦笑を浮かべてメイド服姿のノルンがクリムヒルデと肩を並べる。
 少し離れた位置では、グラムの急用を残念がりながら、フードのついた膝丈のプルオーバーを着たシグリと袴姿のレンカが、黙々と地面にレジャーシートを敷いている。
 全員の予定が合い、かつ好天に恵まれた絶好の外出日和ということもあり、この日はグラムも含めて5人で、フェンサリル領内の自然公園へとピクニックにやってきていた。30分程のハイキングを楽しみ、色鮮やかな季節の花々に囲まれた一角で昼食を摂ることに決め、準備を開始した矢先にグラムのユニークスキルが発生。昼食前に一人離脱してしまった次第だ。

「人助けに関わる事柄故、あまりネガティブに捉えたくはないが、実際に目にすると強制発動というのは厄介なものだな。平時の最中にいきなり飛ばされてしまうとは」
「それでも、己の都合など顧みず、お困りになられている方の力になろうとするのがグラム様というお人です。そんなグラム様を、私は心より尊敬しております」
「私自身もグラム殿に命を救われた当事者の一人だ。あの方の正義感には本当に頭が下がるよ」

 グラムがワープしてから数分が経過。状況にもよるが、グラムはそろそろ助けを求めた誰かと接触を果たしただろうか? 状況は気になるが、グラムが行ってしまった以上、残された者には近況報告なり迎えの要請なり、グラムの側から連絡が来るのを待つことしか出来ない。

「いないものは仕方がありません。少々心苦しいですが、私達だけでもピクニックを楽しむことにしましょう。せっかくお料理も作って来ましたしね」
「そうだな。グラム殿のことは、ご連絡が来てから改めて考えるとしよう」
「ノルンさん、リムさん。レジャーシートを敷き終わりましたよ」

 四隅に重しを置き、レジャーシートの設置を終えたシグリが大仰な仕草で二人を手招きする。時刻は昼時だし、ハイキングコースを歩いてきた直後だ。シグリやレンカはお腹が空いているだろう。
 四人でレジャーシートへ腰を下ろし、バスケットを開ける。中にはノルンお手製のサンドイッチが並べられていた。卵サンドやサラダサンド、フルーツサンド等々、種類も豊富だ。バスケットを覗き込んだシグリは大好物のフルーツサンドを前に、無邪気に目を輝かせている。

「ノルンさんのお料理はやはり最高ですね」

 サラダサンドを食べたレンカの頬が落ちる。レンカも料理は嗜むが、ノルンの腕前には敵わない。家事スキル(そのままの意味で)に優れるノルンのことを、レンカは一人の女性としてとても尊敬している。

「マジックアイテムとは便利なものだな。こんな使い方があるとは目から鱗だ」

 サンドイッチの美味しさもさることながら、クリムヒルデはピクニックで温かい紅茶が飲めることにも感激していた。持ち運んでも壊れにくい木製のカップに注がれた紅茶からは、優しい香りと共に湯気が立ち昇っている。

 軽装備ながらも飲み物を携帯出来たカラクリは、グラムにも持たせているマジックアイテム「スフィア」のおかげだ。液体をビー玉サイズの球体にして持ち運べる効果を利用し、それぞれの好みの飲み物を携帯。カップに注ぐ直前に炎熱系魔導で加熱して、温かい状態でも飲めるようにした。紅茶以外には、シグリには好物のホットミルクが、レンカには緑茶が、こちらはレンカが冷たい方が好みだというので、氷結系魔導で作り出した氷を入れて提供。ピクニック先でのお茶を大いに盛り上げていた。

「デザートにパイを焼いてきたので、切り分けて皆さんで頂きましょう。お飲み物のお代わりもありますので、遠慮なく申し付けてくださいね」

 グラムの不在は惜しいが、流れる時間が穏やかであることはとても幸福だ。

「ノルン殿、以前からあなたに聞いてみたかったことがあるのだが」

 切り分けられたアップルパイを食べ終えたクリムヒルデが、徐に切り出した。

「スリーサイズですか? でしたら上から――」
「それはそれで気になる話題だが、今私が聞きたいのは別の話題だ。その、あなたとグラム殿はどのようにして知り合ったのだ?」

 クリムヒルデの質問を受け、レンカとシグリが思わず目を見合わせた。二人も以前から気になっていた話題だが、なかなか切り出せる機会を持てないでいた。

「なるほど、私とグラム様の馴れ初めについてですか」
「もちろん、無理に聞こうとは思わない。プライベートな話題だろうしな」
「別に構いませんよ。隠そうと思っていたわけではありませんから」

 これまで聞かれたことが無かっただけで、何も秘密にしていたわけではない。打ち明ける機会を与えてくれたクリムヒルデにはむしろ感謝していた。

「少し長い話になりますが、よろしいですか?」
「是非とも聞かせてくれ」

 クリムヒルデの返答に便乗し、シグリとレンカもコクコクと頷いている。

「分かりました」

 過去に思いを馳せるようにそっと目を伏せると、動揺でも読み聞かせるかのように穏やかかつ、はっきりとした口調でノルンは過去について語り始めた。

「私とグラム様が出会ったのは今から6年近く前。氷結戦争の最中のことでございました」