かくしてエックハルト家のお家騒動は、反逆の首謀者たるローレンスの死亡および、主犯格のユルゲンの身柄確保をもって収束を迎えた。

 当主トマスの意向もあり、身内の恥じとでも呼ぶべき此度の事件に関しては、ある一部分を除き、民や近隣地域にも公表される運びとなった。一時的に混乱が生じたものの、内紛の早期鎮圧に成功し、不都合な事実も包み隠さず公表したトマスの手腕や誠実さを評価する声が多く聞かれ、最終的にはトマスの評価をより高める結果へと繋がった。優れた弟への劣等感から反逆の片棒を担いだユルゲンにとっては、あまりにも皮肉な結末である。

 反逆の大罪人であるユルゲンは現在、地下牢へと幽閉中。処分については現在協議中だが、犯した罪の大きさから鑑みて、死罪を言い渡される可能性も高いだろう。此度の一件を経て、当主トマスは兄弟への甘さを捨てている。

 内紛鎮圧に大きく貢献したグラムの存在については、本人および、所属先の領主であるウルスラの申し出により公表はされていない。トマスは民に嘘をつくことは不本意だとしながらも、恩人の頼みを無碍には出来ぬと、グラムたちの意向を受け入れてくれた。偶然ではあるが、トマスとウルスラの間には過去に面識があり、その関係性によって話がスムーズに進んだ部分も大きい。

 エックハルト騎士団の騎士達にも、グラムの関与については他言無用と言いつけてある。義理堅い彼らのこと、仲間内でグラムの活躍を話の種とすることはあっても、守秘義務を破るような真似は絶対にしないであろう。

 そして、内紛鎮圧のもう一人の功労者であるクリムヒルデのその後はというと。


「今日の訓練はここまでとする」

 エトワールでの一件から二週間後。
 フェンサリル領の修練場には、エックハルト騎士団所属の女騎士クリムヒルデの姿があった。
 
「すまないな。赴任して早々教官職を任せてしまって」
「これぐらいお安いご用だ。グラム殿には返し切れない御恩があるからな」

 差し入れを持って修練場に顔を出したグラムから、クリムヒルデは冷水の入ったグラスを受け取った。今日の分の訓練メニューは終了したので、新人たちを帰し、二人で肩を並べてベンチへと腰掛ける。

 騒動の解決後。エトワールの地にて、エックハルト家当主トマスと、フェンサリル領領主のウルスラとの間で会談が執り行われた。5年前の氷結戦争時、エックハルト家はミルドアース軍を支援すべく、食料品や物資の配給を積極的に行っていた。その関係でウルスラとトマスとの間には当時から面識があり、此度の一件を経て数年振りに再会し意気投合。地域の垣根を超えた交流を開始することを決定した。その一環として、両地域は交換留学という名目で人材派遣を実施している。

 フェンサリル領には、人材不足を補うために新兵教育のための指導教官を、エトワールには、教育の遅れている魔導関係の教官をそれぞれ派遣。エトワール側から派遣されたのが、自らその任に志願したクリムヒルデであった。フェンサリル領からは、魔導指導教官として、ウルスラの愛弟子の一人が派遣されている。

 距離が離れているため直ぐには難しいが、今後は流通網を整備することで交易なども実施していき、より親密な関係を築いていく計画だ。

「こっちでの生活にも慣れてきたか?」
「おかげさまで。隣室のレンカも親切に色々と教えてくれるからな」

 フェンサリル領へと赴任してきたクリムヒルデにも、フェンサリル領の運営する寮の一室が提供されている。部屋はレンカの部屋の隣だ。

「リム、この後何か予定はあるか?」
「後は自室に戻るだけだが、どうかしたのか?」
「今日は俺の家で鍋パーティーをする予定でな。ここに来る途中でレンカにも声をかけておいた」
「申し出はありがたいが、人数が増えてご迷惑ではないか?」
「迷惑なんてとんでもない。主役がいないと成り立たないしな」
「主役?」
「前々から計画していたリムの歓迎会だよ。ようやく全員の予定が揃ったんでな。公務が終わり次第、ウルスラも顔を出すそうだ」
「そ、そんな、私などのために、か、歓迎会などと大それたことは」

 困惑しながらも表情はどことなく嬉しそう。生真面目故に、羽目の外し方が分からないのかもしれない。

「顔は正直じゃないか。そうと決まれば、早速帰るぞ」
「あ、ああ」

 グラムの差し伸べた手を、クリムヒルデはらしくない、もじもじとした仕草で取った。
 エックハルト邸でのことを思い出してしまったのかもしれない。生真面目で男性経験もない彼女が、異性の胸元を涙で濡らした経験など、あれが初めてのことだったから。

「そういえば、まだちゃんと言えてなかったな」

 そう言って、グラムはクリムヒルデへと微笑みかける。

「ようこそ、フェンサリル領へ」