エックハルト邸の正門前。オスカルに調達してもらった深緑色のローブと顔の上半分を覆う仮面で素顔を隠したグラムは、正門から正面突破を試みようとしていた。作戦開始前に、ノルンを介してウルスラにも確認を取り、エックハルト家のお家騒動への介入を正式に許可された。これで心置きなく戦いに臨める。

「貴様、何者だ!」
「ご想像にお任せするよ」

 グラムが正面から堂々と仕掛け、敵の注意を引きつけつつ戦力を大幅に削いでいく。その混乱に乗じてクリムヒルデ達は秘密の通路から屋敷内に潜入し、当主であるトマスの救出および、囚われた騎士団長達の解放を目指す、という計画だ。

 第一段階として、ユルゲンの配下らしき二名の門番を即座に無力化する。右方のスキンヘッドの男には、目にも止まらぬ速さで正面から「手加減」スキルによるひじ打ちで一撃。衝撃は革製の防具でも御しきれず、一瞬で気絶してしまった。

「お、おのれ!」

 一瞬で仲間が倒されたことに動揺しながらも流石は門番。残る長髪の門番は果敢にも、手にした長槍でグラムの顔面目掛けて刺突した。

「残念だったな」

 グラムはその場から動かず、最小限の首だけの動きで槍による刺突を回避。呆気に取られた門番に肉薄すると、無防備な額目掛けて右手で軽くデコピン。意識を刈り取られた長髪の門番は白目を向き、その場にうつ伏せに倒れ込んでしまった。

 グラムは手早く、長髪の門番の手にしていた槍を拝借。強引に素手で刃をへし折り、長槍は木製の柄だけの、打撃用の棒へと成り下がる。相手を殺す意志は無いので殺傷能力は不要との判断だ。今回の作戦においてグラムは、素性を隠した上で、あくまでも不殺で相手を無力化していくことに決めている。
 
 閉ざされた重く厚い正門の前に立ったグラムは景気づけに首を鳴らしてから、正拳突きの形で右の拳を引いた。スキルも武器も使うまでもない。この程度の質量の扉なら、拳一つで余裕でぶち破れる。ド派手に音を立てながら侵入した方が、屋敷内の戦力を引きつける陽動としても好都合というものだ。
 
 正拳突きが直撃した瞬間、凄まじい轟音と共に正門が崩壊。
 開通した道をグラムは悠然と進んでいく。

「所詮は一人だ。大勢で取り囲め!」

 事態を察したユルゲン配下の騎士やならず者たちが集結。一斉にグラムを取り囲んだ。これで全員ではないが、大半の兵をこの場に引きつけることには成功したはずだ。屋敷内に残った兵は、クリムヒルデ達の部隊に任せることとなる。前回は数の暴力に敗北してしまったが、クリムヒルデは本来レベル40台とかなりの手練れだ。心配はいらないだろう。

「処刑台に現れた野郎だな。顔を隠していても声で分かる」

 グラムと取り囲む者の中には、数時間前に処刑台の上で気絶させた黒衣の処刑人の姿もある。意識を取り戻した今、雪辱を誓うその眼光は鋭利だ。自慢の大斧で首を刎ね飛ばしてやると殺意全開で息まいているが、因縁を感じているのはあくまでも処刑人の側だけ。悲しいかな、当のグラムは処刑人の存在などまるで意識していない。所詮は周りよりやかましいだけの、その他大勢に過ぎない。

「お前が反逆の騎士達のリーダー格だな?」
「どうだろうな」

 その他大勢は無視し、グラムが問い掛けた相手は、クリムヒルデ処刑の場にも立ち会っていた、カイザル髭が印象的な金髪の中年の騎士であった。処刑場で立ち回った謎の男の再来に頭を悩ませるかのように、分かりやすい渋面を浮かべている。
 数の暴力で押し切れると高を括っている他の騎士やならず者たちとは異なり、すでに敗北の可能性を憂いているようだ。反逆の騎士のリーダー格として、戦闘能力も恐らく他の者達よりも上。なまじ実力者だからこそ、先の一件も踏まえて早々に格の違いを理解してしまったのだろう。

 全てが上手くいっていたはずだった。数時間前にあの処刑台で、解放部隊の象徴たるクリムヒルデの首さえ落とせれば、反抗的な勢力も沈静化する。ユルゲンの天下は目前だったというのに、突如処刑台にネギを担いで現れた謎の男の存在一人に、事態は大きく掻き乱されることとなってしまった。

「てめえ! 俺を無視するんじゃ」
「邪魔だから視界に入るな」

 我慢の限界と右側面から斬りかかって来た黒衣の処刑人を、グラムは目にも止まらぬ速さの裏拳で殴り飛ばしてしまった。殴り飛ばされた処刑人の体に巻き込まれ、数名の騎士が転倒。処刑人は「手加減」スキルで殴りつけたし、巻き込まれた側もあの程度で死にはすまい。

「どうする? 無駄な抵抗はしないと誓うなら、これ以上手荒な真似はしないと約束するが」
「……出来ぬ相談だな。例え負け戦と分かっていようとも、私は尊敬するお方の命令に従うまでのこと」
「忠義者ってのは厄介だな。説得の言葉なんて掛けるだけ無駄か」

 聞き及ぶ印象では、ユルゲンが忠誠を誓うに値する主君とは思えないが、カイザル髭の騎士の覚悟の据わった目を見る限り、忠告に従うことは絶対になさそうだ。揺るぎない騎士の忠義心とは美徳であると同時に、相対する側としては厄介でもある。

「皆の者! かかれ!」

 カイザル髭の騎士の号令の下、数十名に及ぶ騎士やならず者たちがグラム目掛けて一斉に襲い掛かって来た。忠告はした。それでもなお挑んでくるというのなら、後は実力行使で黙らせるまでのこと。

「全員ゆっくり寝てな」

 柄だけになった槍を器用に両手で回転させつつ、グラムは反逆の軍勢を単身迎え撃つ。