「私の口から事情を説明しよう。貴殿の見立て通り、現在エックハルトのお家騒動によって、エトワールの地は内紛状態にある」
目を伏せたクリムヒルデは、微かに声を震わせながら語り始める。本来ならば自分達の手で解決すべき問題に、図らずも部外者を巻き込んでしまった。事情を語るだけとはいえ、生真面目さ故に申し訳なさを感じていた。
「順を追って話そう。エックハルト家の現在の当主の名はトマス・エックハルト様。聡明で慈悲深く、民からの支持も厚い明主であらせられる。本来、人から恨まれるようなお方ではないが、そんなトマス様に対して一方的に不満を抱く者がいた……」
「そいつが反旗を先導した?」
「その通りだ。反逆の首謀者の名はユルゲン。トマス様の最側近にして、実の兄にあたる」
「最側近が兄? 家督を継いだのは弟であるトマス殿の方ということか?」
「エックハルト家は代々、後継を決めるにあたって能力を重視する傾向にあり、必ずしも長子が家督を継ぐとは限らない。過去にも兄ではなく弟が家督を継いだケースは少なくなかったと聞いている」
「そういった事情ならば、不満の原因にも想像はつくな」
「……人格的にも能力的にも、トマス様の方が当主として遥かに器だったのは周知の事実だ。トマス様は人格者だ。兄弟たるユルゲンに対する親愛の情は変わりなかったが、あるいはそれすらも、ユルゲンには侮辱と映っていたのかもしれないな。嫉妬心が積もりに積もり、憎悪にまで膨れ上がってしまったのだろう」
「家督を継げず、自分で自分に劣等のレッテルを貼ってしまった。そのことには同情出来なくもないが、嫉妬心なんて下らない理由で反逆を企てた時点で底が知れる。民や土地の将来を憂いて現体制に反旗を翻すならばともかく、個人的感情に起因している時点で当主の器には程遠いな」
自己中心的で民のことをまるで考えていない。当主の座に収まることだけを目的とし、その先のことなど一切考えていないのかもしれない。思慮不足も合わせてユルゲンはやはり、当主の器足り得ぬ人間ということなのだろう。
「しかし、悪知恵だけは働く男だった。自身に忠誠を誓う一部の騎士と、多額の成功報酬を条件に迎え入れた武闘派のならず者たちを配下とし、反逆のための勢力を結成。騎士団の主力に複数人で闇討ちをかけることで徐々に戦力を削ぎ、ついには屋敷内を完全に掌握した。トマス様は軟禁状態にあり、騎士団長のローレンス様や副長のマリウス殿は、トマス様の命を人質に取られ、屋敷の牢獄に囚われている。
内紛発生時、私は仲間と共に魔物討伐の任に就き、屋敷を離れていたので巻き込まれずに済んだ。屋敷がユルゲンに掌握されたことを知り、仲間達と共に奪還作戦を決行したのだが……私の隊にもユルゲンの配下の者が紛れ込んでいた。背後から奇襲を喰らい作戦は失敗。何とか仲間達を離脱させることには成功したが、私は逃げ遅れ、捕らえれてしまった」
「奴らはどうして君を、あんな大仰な方法で殺そうと?」
「私が、屋敷の奪還を目指す騎士達のリーダー格だったからだろう。不穏分子に対する見せしめの意味と、あわよくば、私を助けようと駆けつけた仲間達を一網打尽にしようと考えたのだろうな。その可能性は考慮していたから、私は事前に仲間達には、万が一のことがあっても私を助ける必要はないと強く言いつけておいた。とはいえ、性分もあって我ながら生きようとする意志は強くてな。志半ばで散るわけにはいかぬと天に助命を乞うたら」
「突然、俺が現れたと」
「そういうことだ。以上がエトワールおよびエックハルト家の現状だ」
終始真剣な面差しで聞き入っていたグラムが、得心がいった様子で頷いた。
「事情は把握した。そのうえで、改めて俺は船に乗らせてもらうよ」
「お気持ちは嬉しいが、これはエトワールのエックハルト家の問題だ。無関係なグラム殿を巻き込むわけには」
「俺が勝手に巻き込まれたんだ。気にするな。処刑場で顔を見られたし、俺ももう無関係とはいかない。どうせ直ぐには領まで帰れないんだ。しばらくここに居る必要があるなら、俺は君の力になりたい」
「グラム殿……」
「現状、君達の勢力は分が悪いが、そんなもの俺が全部引っくり返してやる。戦いだけは昔から得意でね」
「頼ってもよいのか?」
「ここに来た時点で、俺は君を助けると決めている。それは何も処刑の危機からだけじゃない。君を取り巻くあらゆる問題からだ」
「……感謝する。お言葉に甘えて、グラム殿のお力に頼らせて頂く。正直なところ、手詰まりだったのは事実だ」
「決まりだな。改めてよろしく、クリムヒルデ」
「リムでいい。親しい者からはそう呼ばれている」
「分かった。よろしくリム」
「こちらこそよろしくお願いします。とても心強いよ。グラム殿」
手枷が外れたことで、二人は改めて出会いの握手を交わした。
目を伏せたクリムヒルデは、微かに声を震わせながら語り始める。本来ならば自分達の手で解決すべき問題に、図らずも部外者を巻き込んでしまった。事情を語るだけとはいえ、生真面目さ故に申し訳なさを感じていた。
「順を追って話そう。エックハルト家の現在の当主の名はトマス・エックハルト様。聡明で慈悲深く、民からの支持も厚い明主であらせられる。本来、人から恨まれるようなお方ではないが、そんなトマス様に対して一方的に不満を抱く者がいた……」
「そいつが反旗を先導した?」
「その通りだ。反逆の首謀者の名はユルゲン。トマス様の最側近にして、実の兄にあたる」
「最側近が兄? 家督を継いだのは弟であるトマス殿の方ということか?」
「エックハルト家は代々、後継を決めるにあたって能力を重視する傾向にあり、必ずしも長子が家督を継ぐとは限らない。過去にも兄ではなく弟が家督を継いだケースは少なくなかったと聞いている」
「そういった事情ならば、不満の原因にも想像はつくな」
「……人格的にも能力的にも、トマス様の方が当主として遥かに器だったのは周知の事実だ。トマス様は人格者だ。兄弟たるユルゲンに対する親愛の情は変わりなかったが、あるいはそれすらも、ユルゲンには侮辱と映っていたのかもしれないな。嫉妬心が積もりに積もり、憎悪にまで膨れ上がってしまったのだろう」
「家督を継げず、自分で自分に劣等のレッテルを貼ってしまった。そのことには同情出来なくもないが、嫉妬心なんて下らない理由で反逆を企てた時点で底が知れる。民や土地の将来を憂いて現体制に反旗を翻すならばともかく、個人的感情に起因している時点で当主の器には程遠いな」
自己中心的で民のことをまるで考えていない。当主の座に収まることだけを目的とし、その先のことなど一切考えていないのかもしれない。思慮不足も合わせてユルゲンはやはり、当主の器足り得ぬ人間ということなのだろう。
「しかし、悪知恵だけは働く男だった。自身に忠誠を誓う一部の騎士と、多額の成功報酬を条件に迎え入れた武闘派のならず者たちを配下とし、反逆のための勢力を結成。騎士団の主力に複数人で闇討ちをかけることで徐々に戦力を削ぎ、ついには屋敷内を完全に掌握した。トマス様は軟禁状態にあり、騎士団長のローレンス様や副長のマリウス殿は、トマス様の命を人質に取られ、屋敷の牢獄に囚われている。
内紛発生時、私は仲間と共に魔物討伐の任に就き、屋敷を離れていたので巻き込まれずに済んだ。屋敷がユルゲンに掌握されたことを知り、仲間達と共に奪還作戦を決行したのだが……私の隊にもユルゲンの配下の者が紛れ込んでいた。背後から奇襲を喰らい作戦は失敗。何とか仲間達を離脱させることには成功したが、私は逃げ遅れ、捕らえれてしまった」
「奴らはどうして君を、あんな大仰な方法で殺そうと?」
「私が、屋敷の奪還を目指す騎士達のリーダー格だったからだろう。不穏分子に対する見せしめの意味と、あわよくば、私を助けようと駆けつけた仲間達を一網打尽にしようと考えたのだろうな。その可能性は考慮していたから、私は事前に仲間達には、万が一のことがあっても私を助ける必要はないと強く言いつけておいた。とはいえ、性分もあって我ながら生きようとする意志は強くてな。志半ばで散るわけにはいかぬと天に助命を乞うたら」
「突然、俺が現れたと」
「そういうことだ。以上がエトワールおよびエックハルト家の現状だ」
終始真剣な面差しで聞き入っていたグラムが、得心がいった様子で頷いた。
「事情は把握した。そのうえで、改めて俺は船に乗らせてもらうよ」
「お気持ちは嬉しいが、これはエトワールのエックハルト家の問題だ。無関係なグラム殿を巻き込むわけには」
「俺が勝手に巻き込まれたんだ。気にするな。処刑場で顔を見られたし、俺ももう無関係とはいかない。どうせ直ぐには領まで帰れないんだ。しばらくここに居る必要があるなら、俺は君の力になりたい」
「グラム殿……」
「現状、君達の勢力は分が悪いが、そんなもの俺が全部引っくり返してやる。戦いだけは昔から得意でね」
「頼ってもよいのか?」
「ここに来た時点で、俺は君を助けると決めている。それは何も処刑の危機からだけじゃない。君を取り巻くあらゆる問題からだ」
「……感謝する。お言葉に甘えて、グラム殿のお力に頼らせて頂く。正直なところ、手詰まりだったのは事実だ」
「決まりだな。改めてよろしく、クリムヒルデ」
「リムでいい。親しい者からはそう呼ばれている」
「分かった。よろしくリム」
「こちらこそよろしくお願いします。とても心強いよ。グラム殿」
手枷が外れたことで、二人は改めて出会いの握手を交わした。