「はあー、生き返る」

 夕刻。一仕事終えて自宅へと戻ったグラムは、夕食前にシャワーで汗を流し、ゆっくりと湯船に浸かっていた。高身長で筋肉質なグラムには、浴槽はやや手狭に見える。大きく伸びをした後、濡れた手で赤毛の短髪をかき上げ、簡易的にオールバックの形を作る。

 今日は戦友でもある領主からの要請で、朝から自警団の新人に剣術の稽古をつけてやっていた。氷魔軍の脅威は去ったとはいえ、野生の魔物の頻出や盗賊行為の横行など、平和を脅かす存在は後を絶えない。
 平和な時代に甘んじず、治安維持のための戦力を整えることは重要だ。無論グラムとて、大戦の勇者として有事に参戦することはやぶさかではないのだが、いかに強者といえども一人で出来ることには限界がある。真の意味で平和を維持し続けるためには、後進の育成は必須だ。

「グラム様。お着替えを置いておきますね」
「ああ、いつも済まないな」

 グラムと同じ屋根の下で暮らす、メイドのノルンの声が脱衣所の方から聞こえた。共にフェンサリル領へと移り住んで以降、ノルンはこの家の家事全般を受け持ってくれている。

「もしよろしければ、お背中でもお流しましょうか」

 ガラス越しでも分かるスタイル抜群のシルエットが、艶めかしくその場で脱衣をするような仕草を取るが、

「そういうのはいいから。もう上がるところだ」
「それは残念です。もっと早く声をお掛けすればよかったですね」
「返事は変わらないよ。着替えをありがとう」

 共に暮らして早5年。ノルンのあしらい方には慣れたものだが、今のが冗談だったのか本気だったのかはグラムにも判断はつかない。

「お風呂上がりにお冷を用意しておきますね」

 ブラウスのボタンを止め直すと、ノルンのシルエットが脱衣所から消えていった。
 体も大分温まったので、グラムは豪快に湯船から上がり、占めに軽くシャワーを体へと浴びた。浴室の鏡には、筋肉質なグラムの体が映り込んでいる。全身にはかつての大戦で負った古傷が数多く刻まれていた。そのほとんどが魔物の噛み痕や爪痕といった傷だ。

 脱衣所へ出て、バスタオルで満遍なく体を拭っていく。バスタオルは腰に巻き、小さいタオルで髪をわしゃわしゃと拭いていると。

『助けてください』 
「人の声?」

 グラムの脳内に突然、少女のものらしき救援要請が飛び込んできた。
 違和感はより鮮明となって現れる。
 不意に脳内に、『ユニークスキルを発現しました』という表示が現れたのだ。
 新たなスキルを取得した瞬間に脳がそれを理解する。これ自体は決しておかしなことではないが、平和な時代が訪れたこともあり、ここ数年は新たなスキルを取得する機会に恵まれていない。スキルを取得した心当たりが存在しないのだ。しかも表示には「ユニークスキル」とある。戦争中、望んでも手に入らなかった天恵が、何故今こんなタイミングで。

「ワープスキル・救世主(セイバー)?」

 ユニークスキルの名称が浮かぶ。スキルの効果を確認しようとするが、その思考はすぐさま掻き消されることとなる。

「おいおいおい、どういうことだよ!」

 全身がユニークスキルの発動を感じ取っていた。発動の意志がないにも関わらずだ。このユニークスキルは、何らかの条件下で強制的に発動するものなのだとグラムは直感した。大戦の勇者としてあらゆる事態に対処出来る自信はあるが、一つだけ大きな問題がある。ユニークスキルの全容は不明だが、スキル名から察するにワープ。すなわち、どこかへ瞬間移動するのだと想像できる。
 そして今のグラムはというと。筋肉質な美しい裸身を腰巻タオル一枚で覆った状態。このままでは、ほぼ全裸で別の場所へとワープしてしまうこととなる。流石にそれは不味い。万が一公衆の面前にでもワープしたなら、露出狂扱いは免れない。

「間に合え!」

 グラムは鬼気迫った表情で着替えの入った籠の中身を掴み取り、白地にピンクのハート柄が散りばめられたトランクス一枚を手に取ることに成功。持ち前の強力なステータスを駆使して、無駄にスタイリッシュにトランクスへ足を通す。トランクスを尻の上までしっかり引き上げた瞬間、グラムの体は青白い光へと包み込まれ、脱衣所から完全に消失した。纏い手を無くしたバスタオルが、ハラりと脱衣所の床面へと落下していく。

「グラム様。着替えをお手伝いして差し上げましょうか?」

 グラムが浴室から上がった気配を感じ取ったノルンが、躊躇なく脱衣所の扉を開けたが、そこにはすでに主の姿は影もない。

「グラム様?」

 床に落ちていたバスタオルを拾い上げて、湿り気があることを確認する。直前までグラムがバスタオルで体を拭いていたことは間違いない。

「はてさて、どこへ行ってしまったのでしょう? もしや、露出癖に目覚めてお散歩に?」