「村長さん、これはいったいどういうことかな?」
「運が悪かったと思い、諦めなさい旅のお方。あなたには村のために犠牲となって頂く。贄は多いに越したことはないのでな」
早朝、突如として押しかけて来た屈強な男達に連れ出されたグラムは、そのまま何重にも縄を巻かれて捕縛されてしまった。
グラムのステータスならば強引に縄を引き千切ることも可能なので、実際のところまったくピンチではないのだが、状況を把握すべく、この場を仕切る村長へと、それっぽい焦り顔で問い掛ける。
「贄? 何を言っている」
「何も知らぬまま贄となるのは流石に可哀想か。温情として教えてさしあげよう」
手荒な真似をしておいて温情などと笑わせてくれる。温情などではなく、自分達の罪悪感を紛らわせる意味合いの方が強いのだろう。
「泡沫の森にある紅蓮の湖には、竜神様と呼ばれる巨大な竜が眠っておられる。今年は20年に一度の、竜神様の目覚めの年にあたるのじゃ。竜神様とシデン村との間には代々取り決めが存在していてな。竜神様がお目覚めになられた際には生贄として、村で最も魔力の高い娘を差し出すことになっておる。それを条件に竜神様は、このシデン村には危害を加えないと約束してくださった」
「村で一番魔力の高い娘、なるほど、それがレンカというわけか」
静かな怒りがこみ上げ始め、表情に出さないまでもグラムの体が静かに震えていた。
「その通り。どうやら旅のお方と出会ったのは、身を清めるための沐浴の帰りだったようですな」
「どうして旅人の俺まで生贄に?」
「魔力の回復とは別に、空腹を満たす贄も必要ですから。前回の祭事までは大量の野生動物の肉を差し出しておりましたが、近年は不猟で十分な肉が確保出来ておりませんでした。竜神様の怒りを買わぬよう、村人から生贄を出そうかと考えていたのですが、そんな折に余所者であるあなたがこの村へと迷い込んきた。大柄で筋肉質、竜神様もさぞ気に入ってくれそうだ。これを利用しない手はありますまい?」
「レンカはそのことを知っていたのか?」
「いいえ。あれは甘い娘です。自身が生贄となることはまだしも、無関係の人間を巻き込むような真似は許容出来ますまい。歓迎振りを見て我らの思惑に気付いたようで、強く反抗してきましたが、余計な動きが出来ぬよう見張りを立てて神殿に軟禁しておきました。諦めがついたのか、最終的には随分と大人しくなりましたがね」
「そうか、それを聞いて安心したよ」
「安心とは?」
「これで俺は、レンカを恨まずに済む」
「死の運命を前にして、随分と気丈なお方だ」
「あんたに褒められても嬉しくないよ、村長さん」
露骨に非難を浴びせると、村長は不愉快そうに眉根を上げた。
「なあ村長さん、村人を守るのが村長の務めだろう? 俺はともかくとして、レンカを生贄として差し出すことに良心は痛まないのか?」
「娘一人の命と村の安寧、天秤《てんびん》にかけるまでもないじゃろう。村そのものを守ることこそが村長の務めだ」
「ご立派なことで」
吐き捨てるように言うと、グラムはそれ以上は何も言わなかった。
村長のご高説で、レンカを何から助ければいいのかよく分かった。ここから先は戦闘能力がものを言う荒事となる。
「この男を紅蓮の湖まで運べ。装束への着替えも済んだ頃だろう。レンカも一緒に連れていけ」
「村長様! 旅のお方を私達の村の事情に巻き込むなど絶対に間違っています! 生贄ならば私一人いれば十分でしょう。私は逃げも隠れもいたしません。ですから、そのお方はどうか助けてあげてください!」
紅蓮の湖へと到着すると、白い死装束姿のレンカが村長に対して必死に懇願した。
逃げる意志は無いと判断されているのか、グラムのように縄の拘束は施されていない。しかし、両脇を屈強な男達に囲まれているため、やはり自由に動き回ることは出来ない。
「レンカよ、何度も言うがお前一人では足らぬのじゃ。竜神様は魔力だけでなく、腹を満たす血肉も求める。旅のお方はそれに最適。村から犠牲を出すよりもよっぽど有意義であろう?」
「お願いですから考え直してください。どうか、旅のお方の解放を」
「やれやれ。こんな時にも他人の心配か」
レンカに苦言を呈したのは村の人間ではなく。縄で拘束され、雑に転がされていたグラムであった。
「もっと自分のことも大事にしろよ。お前だってこんなところで死にたくはないだろう」
「……私は、もう運命を受け入れています。今日この日、竜神様の贄となることは幼少より決まっていたこと。村の安寧のためならば、この身を捧げることだって本望です」
「強がるなよ。お前は本心では生きたいと願っている。助けを求めている」
「あなたに何が分かるって言うんです!」
「少なくとも、君が助けを求めていたことを俺は知っている。だからこそ俺は今ここにいるんだ」
「……どういう意味ですか?」
「君の願いが俺をここに導いた。俺は全力でその思いに応えると決めている」
「さっきからごちゃごちゃと」
置かれた状況も顧みず、正義の味方を気取るグラムの態度が気に障ったのだろうか。苛立った男がグラムを黙らせるべく、勢いよく腹部を蹴り付けたが、
「痛っえええええ! 何だこいつ? 腹に鉄板でも入れてやがんのか」
痛みに悶絶し、のたうち回ったのはグラムを蹴りつけた男の方であった。いかに屈強であっても、まともな戦闘経験も無いであろう村人のレベルなど10そこそこ。レベル85という、圧倒的レベル差を持つグラムを蹴り付ければ痛い思いをするのは当然のことだ。
これまでは縄による拘束など、攻撃とは異なる仕打ちだったので反動が来ることは無かったが、暴力に訴えかけようとすればこうなるのは仕方がない。
思わぬ状況に村長や周囲の村人たちが目を丸くする中、そんな出来事は些末な問題だと思わせるような、大きな変化が紅蓮の湖へと起こり始めた。
「おお! 竜神様がお目覚めになったぞ」
突如として湖周辺を静寂が包み込んだかと思うと、次の瞬間には湖の中心部から巨大な水柱が上がった。水柱を伴って湖面から姿を現したのは、村人たちが竜神と崇める、顔にエリマキトカゲにも似た鰭を有した、巨大なウツボのような姿をした魔物であった。
――あれが竜神様ね。
これから自分が対峙、もとい退治することになるであろう、巨大な魔物の姿を、グラムは焦ることなく冷静に観察していた。
竜神様なんて大そうな呼び名の存在だ。どんな規格外の魔物が飛び出してくるかと思いきや、正直なところ呆れていた。あんな魔物のために代々魔力の高い娘たちが生贄とされ、今回はレンカがその犠牲になろうとしていたのかと思うとやり切れない。
「……あんな物のために、あんたらはレンカを生贄にしようとしたのか」
「竜神様に対してあんな物とは、何て罰当たりなことを!」
「あんな物はあんな物さ。もっと危険な魔物を、俺はこれまでたくさん見てきた。あれは、そいつらの足元には及ばない」
「……竜神様を御姿を目の当たりにし、恐怖で頭がおかしくなったか。余所者の不作法で罰でも当たったら堪らん。この男から先に湖に放り投げろ。余所者が先に食われれば、レンカの迷いも完全に消えるじゃろうて」
「いけません!」
二人の屈強な男がグラムの頭と足を持ち、勢いをつけて湖へと投げ込む。
咄嗟にレンカは脇を固める男達を振り切り、グラムの下へと駈ける。助走をつけて跳躍すると、グラム体に抱き付くようにして、共に湖へと飛び込んだ。
「もう飛び込んでしまったんだ。今更建前は不要だろう。本音を聞かせろ」
「……たいです」
「何だって?」
「……死にたくない。生きたいです!」
「本音が聞けて良かった。後は俺に任せておけ」
着水の寸前、グラムはそう言ってレンカへと微笑みかけた。
決して強がりでも過大評価でもない。その言葉が紛れも無い事実であり、グラムの側が最も安全な場所であるという実感を、レンカは直ぐに得ることとなる。
「順番に投げ入れるつもりだったがまあいい。手間が省けたというものよ」
生贄は湖中へと身を投じた。後は竜神様が捕食を終えるまで高みの見物を決め込んでいればよいと、村長は愉快そうに笑う。
「運が悪かったと思い、諦めなさい旅のお方。あなたには村のために犠牲となって頂く。贄は多いに越したことはないのでな」
早朝、突如として押しかけて来た屈強な男達に連れ出されたグラムは、そのまま何重にも縄を巻かれて捕縛されてしまった。
グラムのステータスならば強引に縄を引き千切ることも可能なので、実際のところまったくピンチではないのだが、状況を把握すべく、この場を仕切る村長へと、それっぽい焦り顔で問い掛ける。
「贄? 何を言っている」
「何も知らぬまま贄となるのは流石に可哀想か。温情として教えてさしあげよう」
手荒な真似をしておいて温情などと笑わせてくれる。温情などではなく、自分達の罪悪感を紛らわせる意味合いの方が強いのだろう。
「泡沫の森にある紅蓮の湖には、竜神様と呼ばれる巨大な竜が眠っておられる。今年は20年に一度の、竜神様の目覚めの年にあたるのじゃ。竜神様とシデン村との間には代々取り決めが存在していてな。竜神様がお目覚めになられた際には生贄として、村で最も魔力の高い娘を差し出すことになっておる。それを条件に竜神様は、このシデン村には危害を加えないと約束してくださった」
「村で一番魔力の高い娘、なるほど、それがレンカというわけか」
静かな怒りがこみ上げ始め、表情に出さないまでもグラムの体が静かに震えていた。
「その通り。どうやら旅のお方と出会ったのは、身を清めるための沐浴の帰りだったようですな」
「どうして旅人の俺まで生贄に?」
「魔力の回復とは別に、空腹を満たす贄も必要ですから。前回の祭事までは大量の野生動物の肉を差し出しておりましたが、近年は不猟で十分な肉が確保出来ておりませんでした。竜神様の怒りを買わぬよう、村人から生贄を出そうかと考えていたのですが、そんな折に余所者であるあなたがこの村へと迷い込んきた。大柄で筋肉質、竜神様もさぞ気に入ってくれそうだ。これを利用しない手はありますまい?」
「レンカはそのことを知っていたのか?」
「いいえ。あれは甘い娘です。自身が生贄となることはまだしも、無関係の人間を巻き込むような真似は許容出来ますまい。歓迎振りを見て我らの思惑に気付いたようで、強く反抗してきましたが、余計な動きが出来ぬよう見張りを立てて神殿に軟禁しておきました。諦めがついたのか、最終的には随分と大人しくなりましたがね」
「そうか、それを聞いて安心したよ」
「安心とは?」
「これで俺は、レンカを恨まずに済む」
「死の運命を前にして、随分と気丈なお方だ」
「あんたに褒められても嬉しくないよ、村長さん」
露骨に非難を浴びせると、村長は不愉快そうに眉根を上げた。
「なあ村長さん、村人を守るのが村長の務めだろう? 俺はともかくとして、レンカを生贄として差し出すことに良心は痛まないのか?」
「娘一人の命と村の安寧、天秤《てんびん》にかけるまでもないじゃろう。村そのものを守ることこそが村長の務めだ」
「ご立派なことで」
吐き捨てるように言うと、グラムはそれ以上は何も言わなかった。
村長のご高説で、レンカを何から助ければいいのかよく分かった。ここから先は戦闘能力がものを言う荒事となる。
「この男を紅蓮の湖まで運べ。装束への着替えも済んだ頃だろう。レンカも一緒に連れていけ」
「村長様! 旅のお方を私達の村の事情に巻き込むなど絶対に間違っています! 生贄ならば私一人いれば十分でしょう。私は逃げも隠れもいたしません。ですから、そのお方はどうか助けてあげてください!」
紅蓮の湖へと到着すると、白い死装束姿のレンカが村長に対して必死に懇願した。
逃げる意志は無いと判断されているのか、グラムのように縄の拘束は施されていない。しかし、両脇を屈強な男達に囲まれているため、やはり自由に動き回ることは出来ない。
「レンカよ、何度も言うがお前一人では足らぬのじゃ。竜神様は魔力だけでなく、腹を満たす血肉も求める。旅のお方はそれに最適。村から犠牲を出すよりもよっぽど有意義であろう?」
「お願いですから考え直してください。どうか、旅のお方の解放を」
「やれやれ。こんな時にも他人の心配か」
レンカに苦言を呈したのは村の人間ではなく。縄で拘束され、雑に転がされていたグラムであった。
「もっと自分のことも大事にしろよ。お前だってこんなところで死にたくはないだろう」
「……私は、もう運命を受け入れています。今日この日、竜神様の贄となることは幼少より決まっていたこと。村の安寧のためならば、この身を捧げることだって本望です」
「強がるなよ。お前は本心では生きたいと願っている。助けを求めている」
「あなたに何が分かるって言うんです!」
「少なくとも、君が助けを求めていたことを俺は知っている。だからこそ俺は今ここにいるんだ」
「……どういう意味ですか?」
「君の願いが俺をここに導いた。俺は全力でその思いに応えると決めている」
「さっきからごちゃごちゃと」
置かれた状況も顧みず、正義の味方を気取るグラムの態度が気に障ったのだろうか。苛立った男がグラムを黙らせるべく、勢いよく腹部を蹴り付けたが、
「痛っえええええ! 何だこいつ? 腹に鉄板でも入れてやがんのか」
痛みに悶絶し、のたうち回ったのはグラムを蹴りつけた男の方であった。いかに屈強であっても、まともな戦闘経験も無いであろう村人のレベルなど10そこそこ。レベル85という、圧倒的レベル差を持つグラムを蹴り付ければ痛い思いをするのは当然のことだ。
これまでは縄による拘束など、攻撃とは異なる仕打ちだったので反動が来ることは無かったが、暴力に訴えかけようとすればこうなるのは仕方がない。
思わぬ状況に村長や周囲の村人たちが目を丸くする中、そんな出来事は些末な問題だと思わせるような、大きな変化が紅蓮の湖へと起こり始めた。
「おお! 竜神様がお目覚めになったぞ」
突如として湖周辺を静寂が包み込んだかと思うと、次の瞬間には湖の中心部から巨大な水柱が上がった。水柱を伴って湖面から姿を現したのは、村人たちが竜神と崇める、顔にエリマキトカゲにも似た鰭を有した、巨大なウツボのような姿をした魔物であった。
――あれが竜神様ね。
これから自分が対峙、もとい退治することになるであろう、巨大な魔物の姿を、グラムは焦ることなく冷静に観察していた。
竜神様なんて大そうな呼び名の存在だ。どんな規格外の魔物が飛び出してくるかと思いきや、正直なところ呆れていた。あんな魔物のために代々魔力の高い娘たちが生贄とされ、今回はレンカがその犠牲になろうとしていたのかと思うとやり切れない。
「……あんな物のために、あんたらはレンカを生贄にしようとしたのか」
「竜神様に対してあんな物とは、何て罰当たりなことを!」
「あんな物はあんな物さ。もっと危険な魔物を、俺はこれまでたくさん見てきた。あれは、そいつらの足元には及ばない」
「……竜神様を御姿を目の当たりにし、恐怖で頭がおかしくなったか。余所者の不作法で罰でも当たったら堪らん。この男から先に湖に放り投げろ。余所者が先に食われれば、レンカの迷いも完全に消えるじゃろうて」
「いけません!」
二人の屈強な男がグラムの頭と足を持ち、勢いをつけて湖へと投げ込む。
咄嗟にレンカは脇を固める男達を振り切り、グラムの下へと駈ける。助走をつけて跳躍すると、グラム体に抱き付くようにして、共に湖へと飛び込んだ。
「もう飛び込んでしまったんだ。今更建前は不要だろう。本音を聞かせろ」
「……たいです」
「何だって?」
「……死にたくない。生きたいです!」
「本音が聞けて良かった。後は俺に任せておけ」
着水の寸前、グラムはそう言ってレンカへと微笑みかけた。
決して強がりでも過大評価でもない。その言葉が紛れも無い事実であり、グラムの側が最も安全な場所であるという実感を、レンカは直ぐに得ることとなる。
「順番に投げ入れるつもりだったがまあいい。手間が省けたというものよ」
生贄は湖中へと身を投じた。後は竜神様が捕食を終えるまで高みの見物を決め込んでいればよいと、村長は愉快そうに笑う。