「先ずは自己紹介をしておこうか。俺の名はグラムだ」
少女の巫女服への着替えが済んだところで、二人は横並びとなって、倒木のベンチへと腰をかけた。警戒が解けつつあるとはいえ、裸を見られた、あるいは見てしまった間柄。お互いに気まずさがあり、向かい合わずに横目で様子を伺っている。
「私の名前はレンカ。近くにあるシデン村の人間です。見ての通り巫女として活動しております」
そう言ってレンカは、魔導の熱で長髪を手短に乾かし、赤い髪紐で黒髪を結い上げた。
色白な肌と、見る物全て引きつけるような深みのある黒い瞳。巫女服との相乗効果も相まって、イノセンスな魅力を感じさせる少女だ。年の頃は10代後半といったところか。時間の経過と共に落ち着きを取り戻しており、そのお淑やかな立ち振る舞いから外見よりも大人びた印象を受ける。それだけに、先程の一悶着とのギャップが激しい。もちろん沐浴中に異性と遭遇した以上、取り乱すのは仕方のない事ではあるが。
「シデン村と言ったが、大陸全体で見ればどの辺りになる?」
「東部セックヴァベッグ領の、泡沫の森に面する村ですが、自身がどの辺りにいるかもお分かりになっていないんですか?」
半ば呆れた様子でレンカは眉根を寄せる。グラムの出現は確かに突然のことだったが、即座にそれをスキルによるワープへと結びつける者は少数派だろう。音も無く近づいてきたか、始めから居たのに、自身の注意散漫で気が付いていなかっただけか。そんな風に考えてしまうのは普通の感覚だ。
「ユニークスキルの影響で強制的にワープしてきたものでな。つい今し方までフェンサリル領に居た」
「フェンサリル領というと、南の諸島群ですよね? そんな遠方から一瞬で?」
「信じられないのも無理はないが事実だ。俺自身も未だにこの感覚には慣れていない」
訝しむようにレンカが目を細める。生活圏が村や森とその周辺で完結しているレンカは外の世界というものをあまり知らない。ワープスキルの存在を知識としては持っていても、直接目にしたことが無い以上、すぐさま納得に至るのは難しかった。
グラムがワープしてきた瞬間を目撃していればまた反応は違ったのだろうが、レンカはグラムのワープ時に、出現位置に対してちょうど背中を向けていた。任意で発動することが出来ない以上、改めてワープを実演することも出来ず、証明が難しい。
「ところでレンカ、唐突だが一つ質問をさせてもらう。君は助けを求めたか?」
「……何ですか、突然」
微かな沈黙と視線の泳ぎをグラムは見逃さなかった。脈絡のない質問に対する困惑とは違う。これは思わぬ人物に核心を突かれたことに対する確かな動揺だ。
グラムのユニークスキル「ワープスキル・救世主」は、助けを求める願いに応じ強制的にその場所へとワープする。周辺にはレンカ以外の候補者はおらず、助けを求めた存在は彼女と見て間違いない。
「強いて言うならば、グラムさんの出現に一番びっくりしましたが」
「その件については本当に申し訳ない」
しかし、そうなると新たな疑問が一つ。レンカが助けを求めるきっかけとなった窮地《きゅうち》とは一体何なのだろうか? 盗賊団の牢に囚われていたシグリの時とは異なり、少なくとも今この瞬間にレンカに危機が迫っている様子は見受けられない。冗談抜きに、レンカの言うように絵面だけなら、突然のグラムの出現こそが一番の危険だったくらいだ。
先ずは状況を見極めることは大切だ。助けを求められた以上、全力でそれに応えたい。一種の独善なのかもしれないが、グラムはレンカに対して勝手にお節介を焼くことに決めた。
「野蛮な真似をしなかった以上、あなたが私の裸を見たことは本当にただの事故のようですね。その件に関しては水に流してさしあげます。とにかく、話は終わりましたし、早く元居た土地へお帰りください。方法はどうあれ、ここまでやって来た以上、帰ることだって可能ですよね?」
許すというのは本心のようだが、帰るように急かす発言はどこか意味深だ。
「残念だが今すぐには無理だ。このスキルには謎が多くて上手く扱えない、俺には今すぐ帰る術がないんだ」
半分本当で半分嘘である。
グラム単体での帰還は不可能でも、フェンサリル領で待つノルンの助けを借りればすぐにでも帰還は可能だ。状況を見極めるためにも、しばらくはレンカと行動を共にする必要がある。帰れないという体で話を進めた方が何かと都合がよい。
「だんだんと日も落ちてくる。厚かましい願いなのは百も承知だが、今晩だけでもシデン村に滞在させてもらえないだろうか?」
様々なスキルを有するグラムはサバイバル能力も高い。例え裸一貫で森の中に放り出されたとしても、危なげなく生還することが出来るだろう。そんな一面を覗かせず、子犬のように目を潤《うる》ませて上目を遣いするが。
「気持ち悪いです」
「直球!」
「まったく、どうして私があなたの宿の世話までしないといけないんですか」
等と言いつつも、突っぱねたいという思いと、優しい性根との狭間で意志がせめぎ合っているらしい。レンカはころころと表情の変わる、味わい深い思案顔を浮かべていた。
「一晩だけですよ。明日には部外者禁制の村の祭事も行われますので、それまでには村を発ってくださいね」
「恩に着るよ。宿賃と言ったらなんだけど、力仕事でもあれば何でも言いつけてくれ。地元じゃ木こりの仕事なんかもやってる」
「村は男手が足りているので気遣いは無用ですよ……真の脅威の前じゃどうにもなりませんがね」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
あえて聞き返したが、本当はしっかりと呟きの全てを耳が拾っていた。
レンカの口走った脅威という言葉。助けを求める意志は、何かしらの脅威とセットとなるのが一般的だろう。やはりレンカは助けを求めたくなるだけの感情を内に秘めていると思われる。村にいけばより詳しい事情が分かるかもしれない。
「村までご案内します。付いてきてください」
少女の巫女服への着替えが済んだところで、二人は横並びとなって、倒木のベンチへと腰をかけた。警戒が解けつつあるとはいえ、裸を見られた、あるいは見てしまった間柄。お互いに気まずさがあり、向かい合わずに横目で様子を伺っている。
「私の名前はレンカ。近くにあるシデン村の人間です。見ての通り巫女として活動しております」
そう言ってレンカは、魔導の熱で長髪を手短に乾かし、赤い髪紐で黒髪を結い上げた。
色白な肌と、見る物全て引きつけるような深みのある黒い瞳。巫女服との相乗効果も相まって、イノセンスな魅力を感じさせる少女だ。年の頃は10代後半といったところか。時間の経過と共に落ち着きを取り戻しており、そのお淑やかな立ち振る舞いから外見よりも大人びた印象を受ける。それだけに、先程の一悶着とのギャップが激しい。もちろん沐浴中に異性と遭遇した以上、取り乱すのは仕方のない事ではあるが。
「シデン村と言ったが、大陸全体で見ればどの辺りになる?」
「東部セックヴァベッグ領の、泡沫の森に面する村ですが、自身がどの辺りにいるかもお分かりになっていないんですか?」
半ば呆れた様子でレンカは眉根を寄せる。グラムの出現は確かに突然のことだったが、即座にそれをスキルによるワープへと結びつける者は少数派だろう。音も無く近づいてきたか、始めから居たのに、自身の注意散漫で気が付いていなかっただけか。そんな風に考えてしまうのは普通の感覚だ。
「ユニークスキルの影響で強制的にワープしてきたものでな。つい今し方までフェンサリル領に居た」
「フェンサリル領というと、南の諸島群ですよね? そんな遠方から一瞬で?」
「信じられないのも無理はないが事実だ。俺自身も未だにこの感覚には慣れていない」
訝しむようにレンカが目を細める。生活圏が村や森とその周辺で完結しているレンカは外の世界というものをあまり知らない。ワープスキルの存在を知識としては持っていても、直接目にしたことが無い以上、すぐさま納得に至るのは難しかった。
グラムがワープしてきた瞬間を目撃していればまた反応は違ったのだろうが、レンカはグラムのワープ時に、出現位置に対してちょうど背中を向けていた。任意で発動することが出来ない以上、改めてワープを実演することも出来ず、証明が難しい。
「ところでレンカ、唐突だが一つ質問をさせてもらう。君は助けを求めたか?」
「……何ですか、突然」
微かな沈黙と視線の泳ぎをグラムは見逃さなかった。脈絡のない質問に対する困惑とは違う。これは思わぬ人物に核心を突かれたことに対する確かな動揺だ。
グラムのユニークスキル「ワープスキル・救世主」は、助けを求める願いに応じ強制的にその場所へとワープする。周辺にはレンカ以外の候補者はおらず、助けを求めた存在は彼女と見て間違いない。
「強いて言うならば、グラムさんの出現に一番びっくりしましたが」
「その件については本当に申し訳ない」
しかし、そうなると新たな疑問が一つ。レンカが助けを求めるきっかけとなった窮地《きゅうち》とは一体何なのだろうか? 盗賊団の牢に囚われていたシグリの時とは異なり、少なくとも今この瞬間にレンカに危機が迫っている様子は見受けられない。冗談抜きに、レンカの言うように絵面だけなら、突然のグラムの出現こそが一番の危険だったくらいだ。
先ずは状況を見極めることは大切だ。助けを求められた以上、全力でそれに応えたい。一種の独善なのかもしれないが、グラムはレンカに対して勝手にお節介を焼くことに決めた。
「野蛮な真似をしなかった以上、あなたが私の裸を見たことは本当にただの事故のようですね。その件に関しては水に流してさしあげます。とにかく、話は終わりましたし、早く元居た土地へお帰りください。方法はどうあれ、ここまでやって来た以上、帰ることだって可能ですよね?」
許すというのは本心のようだが、帰るように急かす発言はどこか意味深だ。
「残念だが今すぐには無理だ。このスキルには謎が多くて上手く扱えない、俺には今すぐ帰る術がないんだ」
半分本当で半分嘘である。
グラム単体での帰還は不可能でも、フェンサリル領で待つノルンの助けを借りればすぐにでも帰還は可能だ。状況を見極めるためにも、しばらくはレンカと行動を共にする必要がある。帰れないという体で話を進めた方が何かと都合がよい。
「だんだんと日も落ちてくる。厚かましい願いなのは百も承知だが、今晩だけでもシデン村に滞在させてもらえないだろうか?」
様々なスキルを有するグラムはサバイバル能力も高い。例え裸一貫で森の中に放り出されたとしても、危なげなく生還することが出来るだろう。そんな一面を覗かせず、子犬のように目を潤《うる》ませて上目を遣いするが。
「気持ち悪いです」
「直球!」
「まったく、どうして私があなたの宿の世話までしないといけないんですか」
等と言いつつも、突っぱねたいという思いと、優しい性根との狭間で意志がせめぎ合っているらしい。レンカはころころと表情の変わる、味わい深い思案顔を浮かべていた。
「一晩だけですよ。明日には部外者禁制の村の祭事も行われますので、それまでには村を発ってくださいね」
「恩に着るよ。宿賃と言ったらなんだけど、力仕事でもあれば何でも言いつけてくれ。地元じゃ木こりの仕事なんかもやってる」
「村は男手が足りているので気遣いは無用ですよ……真の脅威の前じゃどうにもなりませんがね」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
あえて聞き返したが、本当はしっかりと呟きの全てを耳が拾っていた。
レンカの口走った脅威という言葉。助けを求める意志は、何かしらの脅威とセットとなるのが一般的だろう。やはりレンカは助けを求めたくなるだけの感情を内に秘めていると思われる。村にいけばより詳しい事情が分かるかもしれない。
「村までご案内します。付いてきてください」