豪華なシャンデリアや、魔道具、絵画などがバランスよく配置されていた景色から一変し、床にはゴミが散らばっており薄暗く、カビ臭い路地裏に居た。
事前にミミス国王から念写付きの分かりやすい地図を貰っており、初めて来る場所だが正確に転移出来てほっと一安心だ。
何故こんな場所に転移したのかだが、人目を考えてのことだ。
道を歩いていて突然目の前に集団が現れたら大騒ぎになるだろうし、《空間転移》はバハムートさんや師匠曰くやばい魔法みたいだし。
広まらないに越したことはないだろう。
それはそうとしてだ。
「むごごーはん、うへといて(バハムートさん、上どいて)」
「おっとすまんのじゃ。よいしょっと」
何がどう事故ったのか、僕の頭に覆い被さるようにしてしりがひかれていた。
言葉そのまんまの意味だ。
すまぬ……と、申し訳なさそうにお尻をどけたバハムートさん。
それを目で追っていると、目が合った。
「ん、どうしたのじゃ? 妾の顔になんかついてるかの? 」
「そういえばバハムートさんってずっと呼んでたけど、名前ないのかなって思ってね。それと顔は何もついてないから安心して」
「そうじゃのう……お主ら人間見たいな名前はないの。災厄の古竜とかそんなんばっかだったしの」
「僕でよかったら名前を付けさせてくれないかな? 」
「ほんとか!! 実は憧れてたのじゃ! 」
バハムートさんの容姿を見ながら、頭をフル回転させて良い名前を考える。
紫の髪に一筋の黒のメッシュ。
着ている服装も紫が多い。
紫が好きなのだろう。
「パプルとかどうだろう? 」
そのまんますぎるかもしれないが。
「パプル……妾はパプル……えへへぇ、妾の名前なのじゃあ……♡ 」
噛み締めるように名前を連呼している。
様子を見るに、気に入ってもらえたようだ。
喜んでいるパプルを見ると、僕も嬉しくなる。
「ユリアぁ…ありがとうなのじゃ」
「気に入ってくれて嬉しいよ」
感極まったのか抱きついてきた。
ゆっくりと頭を撫でると、抱きつく力が強まった。
電車の古竜だとか、殺戮の紫竜だなんて呼ばれていた彼女だけど、一人の女の子なんだなと実感した。
「弟子くん、見せつけるようにイチャコラしないで」
「ご主人様、ここお外です。人気の無い路地裏だとしても良くないです! 」
「そ、そうだな。ごめん」
「すまなかったのじゃ……嬉しすぎてつい場所もわきまえずに抱きついてしまったのじゃ」
「うーん、まぁ、気持ちは分かるから今回は許す。けど次からは私も混ざるからね! 」
そう言って左腕に自身の手を絡ませる師匠。
「あ! ちょっとずるいよ〜! 」
「ふふっ、こういうのは早い者勝ちなんだよ」
こうしてゼウリアス魔法学院に着くまでは、時間制の交代ごうたいで左右にくっつく順番が変わったのだった。
♢
目の前には、他の建物よりひとまわりもふたまわりも大きい建物がある。
そう、ここが僕達の目的地であり、(合格したらではあるが)3年間通うことになるゼウリアス魔法学院だ。
周りにも同じく入学するために試験を受けに来たであろう受験生達が緊張した面持ちで門をくぐっている。
すぅっ…と息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
「弟子くんなら行けるよ、もっとも私は知識が古すぎて不合格になってしまうかもしれないけどね」
「師匠が落ちるってどんな冗談ですか」
師匠は魔法のスペシャリストだ。多分魔法に関してで右に出る者はいないだろう。
「ユリア様……どうしましょう、私は皆さんのようになにか抜きん出た才能も無ければ、学才も無いです。私だけ入学できないかもしれないです……ユリア様や皆さんと離れるなんて嫌です」
焦った様子で手を握ってくる。
「うむ? ミユよ。お主自身の力に気づいてないのかえ? 」
「わ、わたしに何か力があるんですか!? 」
「回復術師としての才能があるのじゃ。試しに、ほれ」
ぶんっ…!!
右手首を瞬時に作り出した【魔法剣】で切り落とし、回復魔法を使ってみろと促している。
「きゃっ……!? ちょ、ちょっとパプル様何をなさってるのですか!? 」
「パプルちゃんすご……幾ら信じさせるとはいえ瞬時にその判断は私にはできないわ」
「ふん、はよせんか、妾とて少しは痛むんじゃ」
ぽたぽた……と垂れ落ちてくる血。
地面に溜まった血溜まりと、すっぽりと切り落とされた腕の断面図を交互に見て、泣きそうになっているミユ。
このままじゃパプルが出血多量で死にかねない。
「ひ、ひぃる……《ヒール》!! 」
眩い光がパプルの腕を包み込み、血が止まる。
しかし、腕は治っていない。
「し、失敗しちゃいました……どうしよう……わたしのせいでパプル様が……パプル様があああああ……」
ついには泣き出してしまう。
「ミユよ泣くな、妾の伝え方が悪かったのじゃ! 《ヒール》ではかすり傷くらいしか治せないのじゃ! 部位欠損等を治すには《メガヒール》を使わないといけないのじゃ! 」
「ふぇ……? そ、そうなんですか? め、《メガヒール》」
先程の光とは比べ物にならないくらいの光が、辺りを照らす。
あまりの眩しさに目をつぶる。
光が収まり目を開けるとパプルの腕は綺麗に生えていた。
「ほれ、ちゃんと治せたであろう? 」
ぐーぱーぐーぱーしたり、腕を回したりして、ちゃんと動くことを証明している。
「ミユ、お主は《メガヒール》を扱える数少ない希少な回復術師の素質があるんじゃ。どんと構えておればいい! 」
かなり強引な方法だとは思うが、結果的にミユの自信がついたみたいだからいいのかな?
「パプルありがとな、だけどこれからは相談もなしにあんな手段は取らないでくれ……心臓がいくつあっても足りないから」
「ふん、ユリアの頼みなら仕方ないな。これからはちゃんと相談するのじゃ」
そう約束してくれた。