幼子精霊使いはほのぼのしたい!~スローライフを送るはずが、規格外ゆえ精霊たちに構われすぎてままならない~


「ま、待って! その、俺は見た目こそ幼いけど、これでも二十七歳なんだ!」

「えっ!? 二十七歳!?」

「うん。だから、君が思っているような年齢ではなくて……本当にごめんなさい!」

 さすがにこれは引かれると思ったのだが、リアは俺の年齢を聞いても腕の力を緩めない。

 それどころか……頭を撫で始めた!?

「たった二十七歳でこんな所へ一人で……大変だったんだね。そうだ! 君、名前は?」

「え? たった!? ……俺はカイっていう名前だけど?」

「カイ君は偉いね。リアお姉ちゃんなんて、もう百八十歳なのに、まだ一人ぼっちに慣れなくて。そうだ! お腹空いてない!? 何か出してあげる!」

 え!? 百八十歳って言った!? そんなバカな!

 どうみても十八歳くらいにしか見えないし、そもそも百年も……って、ここは異世界だったぁぁぁっ!

 リアの耳は尖ったりしていないけど、もしかして長寿のエルフとかなのだろうか。

 そんなことを考えていると、リアが幼児を扱うかのように、軽々と俺の身体を持ち上げ、クルっと身体の向きを変える。

 先程まで俺の目の前にあった胸が背中に押し付けられた状態で、そのままリアが静かに草むらの上に座ると、その伸ばした脚の上に座らされた。

「な、何を……」

「いいから、いいから。えーい!」

 リアが手をかざすと、緑色の光のようなものが地面に注がれ、そこからニョキニョキと小さな木のようなものが生えてくる。

 何だろうかとみていると、あっという間に見たことのあるフルーツがなった。

「これは……ブドウ!?」

「そうだよ。種無しで、皮まで食べられるから……はい、あーん」

「え? あーん……」

 思わず口を開けてしまい、リアが細い指で小さな粒を俺の口へ運ぶ。

「お、美味しい!」

「えへへ。カイ君が喜んでくれた! じゃあ、次はこれ!」

 雛鳥のように何粒か口へブドウを運ばれたところで、次はミカンが生えてきた。

 その次はモモ。さらに次はリンゴ……これが異世界の魔法か。すごいな!

 見れば、いつの間にか大きな葉っぱが器代わりに置かれていて、フルーツの盛り合わせのようになっている。

「えっと、リアさん」

「どうしたの? 何か食べたい物があるのかな?」

「そうではなくて、自分で食べられるので……」

「あ! もしかして照れているのかな? カイ君、かわいい!」

 そう言うと、リアが俺の顔に頬ずりしてきた。

 ……ダメだ。リアに変なスイッチが入っているというか、今は何を言っても俺が子ども扱いされてしまい、まともに会話出来そうにない。

 久しぶりに誰かと会話したと言っていたし、リアの気が済むまでしばらく付き合い、その後にこの世界のことや、先程からリアが使っている魔法について教えてもらおう。

「はい、あーん。カイ君、次はどれにする?」

「えっと、じゃあ……バナナで」

「いいわよ。じゃあ、綺麗に皮を剥いてあげるねー」

 先程同様にリアがバナナを食べさせてくれたのだが……の、喉に詰まるっ!

「あ、あの……」

「ん? カイ君、どうしたのかな? して欲しいことがあれば、何でも言ってね」

「えっと、何か飲み物を……」

「あっ、ごめんねっ! 今すぐ用意するから待ってて!」

 飲み物を……と出してもらったココナッツミルクを飲み、一つ気付いたことがある。



「リアさんが使える魔法って、植物に関する魔法なんですか?」

「んー……植物を生やしたり、動かしたりは出来るかな。私は木の精霊のドリアードだから」

「なるほど……って、精霊!? ドリアード!?」

「カイ君は知ってたんじゃないの? 精霊語を話しているし」

「精霊語!?」

「うん。カイ君の精霊語、完璧だよ! 精霊語が話せる人間族なんて、たぶん数百年前の賢者さんくらいじゃないかな? 私が生まれる前のことだから、あんまり詳しくないけど」

 そっかー。異世界で人を見つけたと思って話しかけたら、精霊だったのか。

 ……この世界の精霊って、どういう存在なんだ? とりあえず、人間を嫌っているって感じはしないけど。

「えっと、リアさんとは普通に会話出来ていますけど、この文字って読めます?」

「ん? どんなのかな?」

 リア曰く、精霊語を話しているらしいけど、俺としては日本語で普通に話しているだけだ。

 なので、実は自動翻訳スキルが発動しているのではないかと思い、指で地面に文字を書いてみることにした。

≪こんにちは≫

「えぇ、こんにちは。カイ君は上手に字が書けるのね」

 どうやら平仮名は読めるらしい。相変わらず子供扱いはされているけど。

 とりあえず次だ。

≪今日は天気が良いですね≫

「そうだね。というか、今は乾季だから、ほとんど雨なんて降らないけどね」

 漢字も読めると。それなら、これはどうだろう?

≪HELLO≫

「ん? カイ君。その文字はなぁに?」

「あ、わからなければ、良いです。気にしないでください」

 英語だと伝わらないということは、やっぱり自動翻訳スキルとかではなくて、精霊の言葉が日本語だったってことか。

 あ、危ない。精霊の言葉が日本語でなければ、リアに出会えても会話が出来ず、詰んでいたかもしれなかったんだな。

「ありがとうございます。文字はもう大丈夫ですが、この辺りに人間族の街や村ってありますか?」

「え? そんなの無いよ? 一番近いところで……どこだろう? 山とかを越えたらあるのかな?」

 えっと、どこを見ても山なんて無いんですけど! 見渡す限り地平線なんですけどっ!

「山……は、あるんだ」

「えっとね、確かあっちに……あれ? そっちだったかな? 何かね、遠くまで行けばあるらしいよ?」

 あれ? もしかして、新しい人生が早速詰んだ?

「えっと、リアさんの……」

「待って! カイ君、これから一緒に過ごしていくんだから、リアお姉ちゃんって呼んで欲しいな」

「え? 一緒に過ごす?」

「過ごしてくれないの? ヤダヤダ! 私、百年以上ずっと独りぼっちだったんだもん! 野菜とか果物とか、植物全般ならいくらでも出せるから、一緒にいてよ!」

 詳しく話を聞くと、リアはこの大きな木に宿った精霊なので、ここから数歩分くらいしか離れられないのだとか。

 時折、木陰を求めて動物がやって来ることはあるけど、当然精霊の言葉を話すことなんて出来ない。

 だから、百年以上も孤独で……あー、それはちょっと可哀想かも。

「リアさんは……」

「リアお姉ちゃんって呼んで欲しいな」

「……リアは、俺が一緒にいると嬉しい?」

「うんっ! とっても! カイ君とお話し出来るんだもん!」

 そう言って、リアが無邪気に笑う。

 見た目は十八歳くらいで、実際は百年以上生きているみたいだけど、これまで他人と接していないからか、中身はすごく幼い気がする。

「わかった。これからリアと一緒にいるけど……」

「わーいっ! カイ君、大好き!」

「リア!? 待って! 話を聞いてっ!」

 喜ぶリアがまたもや頬ずりしてきたので、何とか制して再び真面目な話をする。

「最初に言ったけど、俺の見た目は幼くても、中身は大人なんだ。だから、その……もう少し子供扱いを控えて欲しいかな」

「はーい! えっとー、カイ君は大人だから、ハグじゃなくて……チュー!」

「それも違―う!」

 リアに思いっきりキスされそうになったけど、二回目の人生は、広大な草原のど真ん中でスローライフをすることになった。

 異世界へ転生し、木の精霊のリアと草原で一緒に暮らすことになり、まずは生活する上で必要な物について考えてみる。

「リアは、植物を出せるっていう話だったけど、野菜なんかも出せるの?」

「もちろん! 例えば、こんなのとか!」

 リアが手をかざすと、目の前の地面に突然キャベツが生える。

「やっぱり、リアはすごいな」

「でしょ! えへへ、カイ君に褒められた!」

 手をかざしただけで野菜が出てきたので、素直に凄いと言ったただけでリアが満面の笑みを浮かべて見つめてくる。

 それはともかく、注意しないとすぐに子ども扱いして抱きつこうとしてくるのは困ったものだけど。食べ物の心配はなさそうだが、リアの行動には困ったことになるかもしれないな。

 ただ、野菜や果物ばかりだと、お肉が食べたくなったりするかも。

 とはいえ、周辺に動物はいるそうなので、肉を食べたい欲求が限界まで来たら、リアに相談してみようか。

「あ! リア。この辺りって、夜は大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「いや、壁とか柵とかもないから、寝ていたら動物に襲われるなんてことがないかなと思って」

「それなら大丈夫! 木の上で寝れば良いんだよ! 木を登ったり、枝まで届いたりするような大きな動物は、この辺りにはいない……というか、そもそもこの辺りに動物自体が少ないから、安心して」

 なるほど、木の上か。

 一番下の枝はかなり太そうだし、今の子供の身体なら眠れそうだけど、問題が二つある。

 一つは、その木の枝が俺の身長よりも遥かに高いこと。

 もう一つは、木の上で安眠出来るかどうかだな。

「もしも寝ている時に、あの高さから落ちたら危ないよね」

「それも大丈夫だよ! そうだね、そろそろ陽が沈むし、実際に寝てみよう!」

「え? もうそんな時間なの? じゃあ、頑張って登ってみるよ」

 そう言ったものの、かなり太い木だし、真っすぐで足をかけたりする場所がないから、登るのがかなり難しい。

「カイ君。リアお姉ちゃんが運んであげるから、大丈夫だよ」

「え? 運ぶ……って、どうやって?」

「こうやってね」

 リアが、木登りに苦戦していた俺の身体を抱きかかえると、その場で立ち尽くす。

 あれ? 何もしないのか? と思っていたら、スルスルとリアごと俺の身体が上に登っていく。

 リアは身動き一つせずに枝の上に辿り着き、そのまま枝の上で寝転びだした……って、待った! リアが身体を倒そうとしている先には何も無いっ!?

「リアっ! ……あれ?」

「ふふふ。大丈夫って言ったでしょ。絶対に落ちないし、切れたりもしないから、心配しないでね」

 リアが俺を抱きしめたまま、枝と枝の間に寝転んでいるのだが……何か緑色の網みたいなのがあるな。

「あ! これは、蔓か」

「そういうこと! この枝まで上がって来られたのも、この蔓に運んでもらったんだよ」

 太い蔓がしっかり編み込まれていて、かなり広めのハンモックのようになっている。

 なるほど。確かにこれなら落ちる心配はなさそうだ。

 ただ、その網から地面まで、マンションの三階くらいの高さがありそうなので、万が一落ちたりしたら、痛いでは済まない。

 その上リアが少し動く度に、蔓からギシギシと音が鳴るので、恐怖で眠れないのではなかろうか。

 そう思っていたのだが、

「じゃあ、カイ君。おやすみなさーい!」

「うん、おやすみ」

 リアに抱きしめられていると、なぜだかものすごく心が落ち着いて……いつの間にかぐっすり眠っていた。


「カイ君、朝だよ。おはよー!」

 翌朝。可愛らしい女の子の声で起こされると、顔が柔らかい何かに包まれていた。

 しばらくの間、これは何だろうと考え……自分が異世界へ転生したことと、この何かがリアの胸だと気付き、慌てて身体を起こす。

「あ、起きたね。朝食の準備は出来てるよ」

 どうやらリアは、眠る俺を抱きかかえたまま木の下へ降り、サラダとフルーツの盛り合わせに、ココナッツミルクという豪華過ぎる朝食の用意を済ませてくれていたらしい。

 昨日と同じく、リアの膝の上に座らされ、雛鳥の如く食事を運ばれる。

 うーん。子供扱いを控えて欲しいと伝えたのだが、もしかして忘れられているのだろうか。

 食事後にそれとなく伝え、顔を洗おうとして、この異世界生活で最初の問題に直面する。

「リア。顔を洗いたいんだけど、お水って出せるのかな?」

「んー、ココナッツミルクじゃダメ?」

「出来れば、普通の水が嬉しいかな」

「そっか。うーん……どうしよう」

 水が欲しいと言ったら、リアが困り始めた。

 食べ物から寝床まで、リアの世話になりっぱなしな俺が言うのもどうかと思うけど、ココナッツミルクで顔を洗ったり、汗を流したり……いや、さすがにキツいな。

 これはやはり、多少無理をしてでも、川や泉なんかを探しに行くべきだろうか。

「えっと、やっぱり水ってココナッツミルクしか出なかったりするの!?」

「ううん。オレンジジュースとか、アップルジュースとかも出せるよ?」

「いや、どっちにしても顔を洗ったりするのには適さないかな」

「一応、他にもお水を出す手段はあるんだけど、これは私の力ではなくて、カイ君の力を使うことになるんだよね」

「俺の力?」

 なんだろうか。

 この状況で俺の力というのだから、おそらく魔法で水を出すとか、そういうことだと思うのだが、俺はまだスキルを授かっていないはずだ。

 女神様は十歳になったら魔法に関するスキルをくれると言っていたけど、実は既に十歳を過ぎていて、魔法のスキルを持っていたりするのだろうか。

「リア。それってもしかして、実は俺が魔法を使えるってこと?」

「そうなの? それならカイ君の魔法で解決するね」

「あ、違うんだ。話の腰を折ってごめん。さっき言っていた俺の力を使って水を出す方法を教えてくれないかな?」

 そう言うと、俺を見ていたリアが俺をジッと見つめてくる。

 よくわからないが、リアに任せようと思い、何も言わずに俺もリアを見つめていると、しばらくしてリアがようやく口を開く。

「うん! やっぱりカイ君はかわいいね!」

「あの……何の話? 水を出すために、俺の何かを調べていたんじゃないの?」

「え? カイ君が可愛いなって思って見ていただけだよ?」

「いや、水……水が欲しいんです」

「ご、ごめんね? じゃあ、そこで水を受け止めるように、掌を出して待っていて」

 リアに言われた通り両手を前に突き出すと、一本の蔓が木の上から垂れ下がり、俺の掌の少し上で止まった。

 もしかして、ここから水道の蛇口みたいに水が出たりするのだろうか。

 そんなことを期待しながら、両手で水を受け止めるように待っていると、

――ぴちょん――

 一滴の水が俺の掌に……って、これで終わりっ!?

「あの、リア。さすがにこの水滴では……」

「待って! カイ君、そのまま手を動かさないでね。この木に付いていたその朝露を媒体として、水の精霊ウンディーネを呼ぶの」

「水の精霊!?」

「うん! 私は精霊だから他の精霊に干渉出来ないけど、カイ君は人間族だから、精霊のルールに縛られずに、精霊を呼ぶことが出来るの。そのお水を通して、ウンディーネを呼んでみて」

 驚いてリアの顔を見ると、俺の顔を見ながら、ゆっくりと頷かれる。

 俺なら出来る……ということだろうか。

 でも呼びかけるって、どうすれば良いんだ? 精霊語が日本語と同じおかげで、リアと普通に話が出来ているし、同じように話し掛ければ良いのか?

「えっと、ウンディーネさん。出てきてください」

 間違っていたらリアが指摘してくれるだろうと信じ、掌の上の水滴に向かって話し掛けてみると、その水滴から二歳か三歳くらいに見える青髪の女の子が出て来て、宙に浮かんだ。

 この、子供服を着ている幼女が水の精霊?

「んー、よんだでち?」

「えっと、君が水の精霊のウンディーネ?」

「はいでち! ディーネっていうでち!」

「えっと、お水を出すことは出来るのかな?」

「できるでち! じゃあ、まりょくをもらっても、よいでち?」

 ディーネと名乗る幼女が、水を出せると言っているんだけど、魔力をもらうとはどういうことだろうか?

 相手は子供みたいに幼い精霊みたいだし、ちょっと不安なのでリアに目を向け、説明してもらうことに。

「あのね。精霊の在り方には二種類あるの。一つは、精霊が何かに宿る場合。これは、私みたいに、この木が持っている魔力を使って、植物を生み出したりしているの」

「そうなんだ。この木……実はすごいんだね」

「えぇ、そうよ。もう何十年と樹齢を重ねているもん。それと、もう一つが、今回のディーネちゃんみたいに、人間族に呼ばれた場合ね。この場合は、ディーネちゃんを呼んだカイ君の魔力を使って、精霊の力を使うのよ」

 なるほど。リアがこの木に宿っているように、ディーネが呼びだした俺に宿っていると考えれば良いのか。

「じゃあ、ディーネが水を出すと、俺が持っている魔力が減るってことだと思うんだけど……俺にはどれくらい魔力があるの?」

「それは、実際に使ってみないとわからないかな。ディーネちゃんが使う力を見れば、大体の消費魔力がわかるから、カイ君が魔力を使い果たして倒れたら、それがカイ君の持っている魔力の量ね」

「えっ!? 魔力を使い果たしたら倒れるの!?」

「うん。だけど、人間族は休めば魔力が回復するから心配無用よ」

 リアの説明を聞いていると、日本でやっていたRPGみたいなイメージを抱いたけど、それで良いのかな?

 ディーネが魔法を使う度に俺のマジックポイントが減って、寝れば全快復するって感じで。

 ただ、ゲームだとマジックポイントが足りないと魔法が使えなくなるけど、ここでは倒れてしまうらしいが。

「ディーネ。じゃあ、俺のこの両手一杯くらいのお水を出してくれる?」

「わかったでち! えーいでちー!」

 ディーネの掛け声と共に、俺の掌に水が突然出現したので、そのまま顔を洗い……ふぅ。スッキリした!

「ディーネ、ありがとう。助かったよ」

「どういたしましてでち」

「もうちょっと頼んでも大丈夫?」

「まかせるでちー!」

 俺の顔の前で、ふよふよと浮かんでいるディーネが、嬉しそうに胸を張る。

 いわゆるドヤ顔なのだが、幼稚園児くらいなので、微笑ましいというか、可愛らしい。

 そんなことを考えていると、ディーネにゴシゴシと顔を拭かれる。

「カイ君、お顔を拭きましょうね」

「んっ! ……り、リア。さすがにそれくらいは自分で出来る……って、今のは何で拭いたの?」

「これだよ。カイ君が眠っている間に、作ってみたの」

 改めて見てみると、リアの手にはハンカチっぽい小さな四角い布が握られているのだが、植物しか出せないと言っていたから、麻や綿といった植物系の布なのだろう。

 タオルは贅沢を言い過ぎだろうと口には出さず、ディーネにお願いして頭も洗ってみた。

「ふぅ。生き返った気持ちだよ」

「パパは、しんでたでち?」

「いや、そういうわけではなくて、お風呂が好き……って、俺のことをパパって呼ぶの!?」

「そうでち。ディーネは、パパのよびかけで、ぐげんかしたでち。だから、パパでち」

 えぇー。いや、日本だと子供がいてもおかしくない年齢ではあったけど、いきなりパパと呼ばれるのは……とはいえ、仕方ないか。

「えーっと、まぁ俺のことは好きに呼んでくれていいよ」

「わかったでち! でも、ディーネはパパのすきな、おゆはだせないでち」

「いやいや、さっき頭を洗ったシャワーでも十分だよ! ディーネには本当に感謝しているからさ」

 ディーネがお湯を出せないと言って、悲しそうにしてしまったので、慌ててフォローすることに。

 ディーネは見た目通り幼いようなので、気を付けないと……と思っていると、リアが再び俺の頭を拭きはじめたんだけど、何故か頬を膨らませている。

「カイ君が、ディーネちゃんとばかりお喋りして、私の相手をしてくれなーい!」

「えっ!? いや、水を出してくれたことの感謝を……」

「私だって、カイ君のためにいろんなことをしてるもん!」

 えーっと、リアは見た目こそ女子高生だけど、中身は子供だったか。

 実際、感謝してもしたりないので、拗ねているリアを宥め、話を逸らす。

「そういえば、どうしてディーネは幼いというか、身体が小さいの?」

「それは、ディーネちゃんを呼び出す時に使ったお水が、少ししか無かったからかな」

「じゃあ、もしも川や湖でディーネを呼び出していたら、リアみたいな大人の女性が現れていたってこと?」

「そうそう。私みたいに、大人で綺麗な人が現れていたかもね」

 う、うーん。リアは中身も大人だと助かるんだけどな。

「ところで、今のところはディーネに水を出してもらっても、倒れたりするような感じはないんだけど、俺の魔力っていうのは減っているの?」

「減っているはずよ。そうでないと、ディーネちゃんが力を使えないはずだから」

 リアは俺から魔力が減っているはずだと言うけれど、体調的には何の変化も無いんだよね。

 一度、どれくらいまでディーネの力を使ったら倒れてしまうのか、確認しておくべきだろうか。

 とはいえ、無駄に大量の水を出して、この辺りが水浸しになったり、リアが宿っているという木に変な影響があったりしても困るな。

「んーと、パパにはすっごく、たくさんのまりょくがあるでち」

「そうなの?」

「ディーネは、パパからまりょくをもらっているから、わかるでち。ふつうのにんげんぞくとは、くらべものにならないくらい、いーっぱい、いーっぱいあるでち」

 ディーネ曰く、俺の魔力は多いらしい。

 ということは、毎日風呂に入れるくらいの水を出したり出来るのだろうか。とはいえ、水風呂にしか入れないが。

 今はそれで良いとしても、今後を考えると……仮に四季がある場所だとしたら、冬になれば温かい風呂に入りたくなるだろう。

 そう考えると、お湯を沸かしたり、暖を取ったり、調理をしたりと、次に必要な物は火と鍋などの調理器具だろうか。

 火は、リアに出してもらった木を使えば、自分で起こせそうな気がするから、努力ではどうにもならない調理器具――鉄を手に入れたい。

「リア。一つ教えて欲しいんだけど、鉄の精霊というか、何か金属を司る精霊っているのか?」

「え……ど、どうかなー。それは私も知らないかなー」

「そうなのか。困ったな」

 なぜかリアの目が泳いでいるのはさておき、木の精霊がいるなら金属の精霊もいると思ったけど、そう上手くはいかないみたいだ。

 さすがに木の鍋でお湯を沸かしたりは出来なさそうだから、俺が出来そうなことと言えば、ここの土を掘って、粘土で土鍋を作ったりすることだろうか。

 ただ、粘土を焼いて土鍋を作るとなると、かなりの火力が要りそうだから、窯を作ったりしないといけないのかも。

 どうやったら作れるのかと考えていると、ディーネが嬉しそうに手を挙げる。

「はいはーい! パパー! ディーネ、しってるでち! きんのせいれいがいるでち!」

「金の精霊っていうのがいるの!?」

「うんっ! むこーに、いせきがあるから、そこできんぞくをみつけるでち! それから、パパがよびかけたら、きっとでてきてくれるでちー!」

「そうなんだ! ディーネ、ありがとう!」

「えへへー! ほめてほしーでち!」

 嬉しそうにドヤ顔を決めるディーネの頭を撫でながら、早速教えてもらった方角へ行ってみることにしたのだが、リアが悲しそうな表情を浮かべながら、待ったをかけてくる。

「……カイ君。本当に行っちゃうの?」

「少しだけね。何かしらの金属を見つけたら、すぐに戻って来るよ」

「あ、あのね。私はここから離れられないの。だから、一緒について行くことが出来なくて……カイ君にもしも何かあったらと思うと、不安なの」

 リアは、もしも俺に万が一のことがあった場合に、またひとりぼっちに戻ってしまうことを心配しているのか。

 だけど、俺だって死にたくはないし、この地ではリアのお世話にならないと生きて行けないから、戻って来るしかない。それに何より、こうして俺を心配してくれているリアを悲しませたくないからね。

「大丈夫だよ。危ないと思ったら諦めて引き返して来るし、この辺りには危険な動物とかはいないっていう話だよね?」

「そうだけど……じゃあ、せめてこれを持って行って」

 そう言って、リアが右手をかざすと、地面から見たことのない植物が生えてきた。