「よし。テスト終了! というわけで、次はみんなで行こう!」
「うーん。パパー、さっきみたいにビュンッてやってほしいでち」
「いやその……あれは無かったことにして欲しいな」
「えぇー。とってもおもしろかったのに、ざんねんでち」
ディーネは不満そうだけど、意図した通りに魔法陣が動いたので、今度はニンジンが入った籠を持ち、メルとノエルが俺に抱きつく。
まぁ籠が大きいのと、魔法陣がそこまで広くないから仕方ないか。
「メル、ノエル。出発するけど、大丈夫?」
「メルたんは、いつでもオッケーだよー!」
「ママも大丈夫よ。カイちゃんの好きなタイミングで行っていいわよ」
メルとノエルは問題無し。
ディーネは……念のため、いつもの背中は止めておこうか。
「ディーネ。ここに入って」
「はーいでちー!」
ディーネを服の中に入れ、今度こそ準備完了だ。
「えぇっ!? お兄ちゃん! ディーネちゃんだけ、ズルいっ!」
「行くよ! スタート!」
メルが良くわからないことを叫んでいたけど、魔法陣を出発させる。
メルとノエルは俺にくっついているし、籠も俺が持っていて、ディーネは服の中でもぞもぞしているので問題無しだ!
なので、一段階速度を上げる。
「アップ!」
人が歩く程度の早さから、走ったくらいの速度に。
もう一段階上げても大丈夫そうだな。
「アップ!」
これは……結構速い自転車って感じか。
もう一段階くらい上げられそうな気もするけど、安全を優先してこれくらいにしておこう。
速度のコントロールを気にする必要がなくなったら、余裕が出てきたので、周囲の景色を楽しむことに……って、まぁ代わり映えしないよね。
「パパー! ディーネもおそとがみたいでちー!」
「あぁ、ごめんね。ディーネが飛んで行ったらマズいと思ったんだけど、そこまで速度は出てないから、ここから顔を出せるかな?」
ダボダボのシャツみたいな服なので、襟ぐりっていうのかな? 首の所がかなり広いので、そこからディーネに顔を出してもらった。
「わぁー! はやいでちー!」
「お、お兄ちゃん! メルたんも! メルたんも、そこから顔を出したいですっ!」
メルの意味不明な言葉をスルーしつつ、そろそろ到着する頃かと思い、地面に目を向ける。
しまった。帰りだとリアの木を目指せば良いから分かり易いけど、ラヴィの村の入り口の穴が小さすぎるので、かなり辛い。
元々、ノエルに抱きしめられるのを避けるために、自分で移動をコントロール出来るようにしようと思ったのが発端だったのだが、行きは任せれば良かったかも。
そう思いながらしばらく進むと、
「カイちゃん。兎耳族さんたちの村の入り口なら、そこよ」
「えっ!? スト……ダウン! ダウン、ストップ!」
あ、危ない。思わず急停止して、結局ノエルと同じことをしでかす所だった。
「残念。カイちゃんを抱きしめるために、あえて通り過ぎるタイミングで言ったのに」
「ノエル……」
「じょ、冗談よ? 冗談だからね? カイちゃーん!」
ひとまず、無事に到着することが出来たので、ニンジンを持って穴の中へ……って、ニンジンの籠が穴に入らないんだけどっ!
「ラヴィー! 来れたら来てー! ニンジンが多過ぎて中に入らないんだー!」
穴の中に向かって叫んでみると、少ししてラヴィが……というか、ラヴィのお父さんや、お母さんもかな? 頭から兎の耳が生えている人たちが数人出て来た。
「おぉぉ! まさか、僅か二日でニンジンを大量に作り出すなんて」
「おとん! ほらなー! だから言うたやろー? カイ先生はすごいんやって! きっとウチらには見えてへんけど、きっとその辺りに精霊たちを侍らせてるんやで? 精霊ハーレムやで!」
いや、ラヴィ。ディーネたちがここにいるのはその通りだけど、精霊ハーレムって何なんだよ。
「ご依頼いただいた通り、ニンジンを百本用意いたしましたので、ご確認いただけますか?」
「いえ、確認するまでもなく、これだけあれば十分です。あなたがすごい魔法使いだということを疑ってしまい、本当に申し訳ありませんでした。それから、これをどうぞ」
そう言って、ラヴィのお父さんが小さな箱を手渡してきた。
「あの、これは?」
「ラヴィが持っているもの程の大きさはないのですが、火の精霊の力を込めた精霊石です。お持ちください」
「えっ!? よ、宜しいのですか!?」
「はい。ニンジンと娘がお世話になっているお礼です」
もしかして、これで遠慮なく料理が出来るってこと!?
ラヴィの腕輪も借りられたら、コンロが二つになって、スープを作りながら鳥を焼いたり出来るな。
「おとんも、おかんも、カイ先生のすごさがわかったし、またウチも勉強しに行ってえーやろ? ちゃんと定期的に帰って来るし、ゆくゆくはカイ先生とウチは結婚するんやし」
「ごはぁっ! け、結婚はさておき、カイさんの所で魔法の勉強をさせてもらうのは良いと思うぞ。魔法の勉強をな」
「おとんは、何で同じことを二回言ったん? というか、魔法以外に何の勉強するん?」
「えっ!? いやその、だ……大事なことだから、二回言ったんだ」
日本でも俺に子供はいなかったけど、ラヴィのお父さんの気持ちはよくわかる。
だけど、ラヴィに手を出したりすることはないので、安心して欲しい。万が一そんなことをしでかしたら、リアやノエルから何を言われるか。
そして、ディーネやメルから質問攻めに遭い、何て説明をすれば良いかわからなくなるのが目に見えているからね。
「大事なこと……あっ! せや、カイ先生と結婚する前提やねんから、あれも教えてもらわな!」
「ら、ラヴィ! な、何をだっ!? カイさんに結婚前提で何を教わるつもりなんだっ!?」
「料理やで。カイ先生の作る料理は、ホンマに絶品やねん!」
ラヴィ。ラヴィが発言する度に、お父さんの顔が真っ青になっているから、ちょっと黙ってあげような。
色々と……主にラヴィのお父さんが大変そうだけど、ひとまずラヴィが再びリアの所へ来ることになり、また騒がしい日々になりそうだ。
ラヴィのお父さんにニンジンを渡し、再びここで一緒に暮らすようになって数日が経った。
「カイ先生ー! 今日は何の実験なん?」
「えっとね。俺の故郷でオーブントースターって呼ばれていた物だよ」
ラヴィのお父さんから火の精霊石をもらったので、ラヴィに腕輪を借りなくても、火を使う魔法陣に挑戦出来るようになったのはありがたい。
加えて、兎耳族の村へ行く時に作った移動用の魔法陣の様に、かなり長めのプログラム……もとい、条件が書けることもわかったので、日本の家電の再現が出来ないか、いろいろ試しているところだ。
「へぇー。よくわからんけど、カイ先生の作る物やからすごいんやろなー。昨日の製氷機やったっけ? 氷が出てくる魔法なんて、初めて見たもん」
ラヴィが言った製氷機は、先日の速度がマイナスになった時の応用で、ディーネの水の温度をマイナスにしたら出来てしまったんだよな。
ディーネによると、氷は滅多に人前に出ない別の精霊が担っているらしくて、氷が作れる魔法陣は、革命だと言われてしまった程だ。
「さて、製氷機は上手くいったけど、オーブントースターはどうかな?」
≪もしも、設置された金属の箱の扉が閉められたら熱を発し、扉が開けられたら熱を止める≫
火の精霊の力が込められた精霊石で、こんな魔法陣を作ってみた。
肝心の金属の箱――オーブントースターのイメージをメルに伝え、既に作ってもらっているので、底に精霊石を設置すると、リアに出してもらったコーンを、蓋と連動して動く金網の上に乗せる。
そのまま蓋を閉め、少し待って蓋を開けてみると、良い感じに焼けていそうだ。
なので、コーンを少し回転させ、熱される部分を変えて再び蓋を閉める。
おそらく、小さな精霊石だから、ラヴィの腕輪みたいに強力な火力ではなく、正にイメージしていた通りの火力になっているのだろう。
それからしばらく待って扉を開けると……しっかりコーンが焼けていた。
「はい、ラヴィ。半分どうぞ」
「カイ先生。これは?」
「焼きコーン……もどきかな。俺の国では、豆から作ったソースを塗って焼いたり、バターを混ぜて焼いたりするんだよ。今回は塩を振っただけだから、どうかな? あ、熱いから気を付けて食べてね」
焼けたコーンをナイフで半分に切り、ラヴィと一緒にかじってみるけど……うん、悪くない。
たぶん、リアが作ってくれたコーンの味が良いんだろうな。
ただ俺には、どうしても日本のイメージがあるから、醤油の香りと味が欲しくなってしまう。
ノエルが作ってくれた、地下の発酵室にある醤油の完成が待ち遠しいな。
「熱っ! ……でも、美味しい!」
「ラヴィの口に合って良かったよ」
堀の外側でラヴィと一緒に焼きコーン……というか、焼きトウモロコシを食べ終え、安全のために使い終わった精霊石を取り出すと、ディーネがやってきた。
「パパ……きてほしいでち」
いつもと様子が違うディーネに呼ばれ、ラヴィを残してリアの所へ。
普段は木の傍にリアが立っているんだけど……何か様子が変だ。
「リア! どうしたの!?」
「あ、カイ君。ごめんね。リアお姉ちゃん……もっとカイ君と一緒にいてあげたかったんだけど、思っていた以上に早く時間が来ちゃったみたい」
「えっ!? 時間……って、一体何の話をしているのっ!?」
「あのね。リアお姉ちゃんは、この木に宿っていて、この木から魔力をもらって具現化しているの。だけど、この木の魔力がもう尽きかけているのよ」
そう言って、立っているのも辛そうに、リアが俺に抱きついてきた。
いつもなら、ここにメルやノエルが混ざって来そうなものだけど、二人共ジッと下を向いて動かない。
それはまるで、リアの最期の時を邪魔しないようにしているかのように見えてしまう。
「ま、待って。その木の魔力が無くなるっていうのなら、ディーネたちみたいに、俺の魔力を使う様にすれば良いんじゃないの!?」
「残念ながら、精霊は宿り主を変えることが出来ないの」
「そ、それなら、俺の魔力をこの木に分けられないの!? 俺は、魔力が多い人間なんだよね!? リアの分を与えるくらいの魔力はあるんだよねっ!?」
「カイ君。魔力の受け渡しが出来るのは、その魔力を持つ者だけなの。カイ君が魔力を分け与えるようなスキルを持っていれば可能性はあるけど、そもそも自身の魔力を宿っている精霊以外に渡すなんて、誰も出来ないと思うわ」
そ、そんな……だったら、どうすれば良いんだ!?
俺はリアに食べ物や寝床に、この世界の知識……色んな物を沢山与えてもらっていて、リアが助けてくれなければ、すぐに死んでいたんだ。
それなのに、俺はまだ何もリアに恩返しが出来ていないっ!
「あっ! ま、まさか。この木の魔力がなくなったのって、俺がいろんな物をもらったから!?」
「そ、それは……でも、待って! 私は、カイ君が来てくれたことで本当に救われたの。もう何十年も独りぼっちで、誰とも話すことなく、ただ時が過ぎるのを耐えていただけなの! カイ君が来てくれたから、私はすごく楽しい時間を過ごせたの! 本当に、すごく幸せだったんだよ! ……ありがとう」
「り、リア!? リアっ!」
リアが最期の力を振り絞るように叫ぶと、突然身体から力が抜けたかのように、俺に覆いかぶさってきた。
嘘だろ!? 嘘だって言ってくれ!
「そ、そうだ! メルの時は助けることが出来たんだ! リアっ! 戻って来てっ!」
以前に具現化している魔力を使い、消えかけていたメルを助けた時の様に、何度もリアを抱きしめたけど、リアはピクリとも動かず、何も反応してくれない。
どうすれば……どうすればリアを助けることが出来るんだっ!?
「誰か教えて。リアは……どうすればリアを助けられるの!?」
藁をもつかむ気持ちで三人に聞いてみる。
「お兄ちゃん。リアさんは、幸せだったって言っていたよ」
「メル!? 待って! 俺は、そういうことを聞きたいんじゃないんだ! どうにかしてリアと、これまで通り一緒に暮らしていく方法を教えて欲しいんだ!」
「お兄ちゃん、ごめん。リアさんからは、魔力のことは聞かされていたの。でも、お兄ちゃんには黙っていて欲しいって。最期まで、いつも通りに過ごしたいからって……」
メルが話の途中で泣き出してしまった。
くそっ! どうしてみんな教えてくれなかったんだ!?
もしかしたら、何か手が打てたかもしれないのに!
「カイちゃん。宿り主の魔力が失われること……これは精霊の寿命でもあるの。カイちゃんは、なぜか魔力の量がすごく多くて、魔力の回復もすさまじいけれど、普通は使った魔力は徐々にしか戻らないのよ」
「リアは、それをわかった上で、俺に毎日食事を用意してくれたりしていたんだ……」
「えぇ。リアちゃんが話していたのは、全て本心よ。リアちゃんはすごく長い時間、ずっと孤独な時を過ごしていたから、カイちゃんに出会えて本当に嬉しかったって。だから、カイちゃん。泣かないで、笑顔でリアちゃんを看取ってあげて」
ちくしょう……俺は異世界へ転生してきたんだ!
女神様から魔法に関するチートな力をもらっているんだ!
それなのに、どうして恩人であるリアを助けることが出来ないんだよっ!
「リアっ!」
「まつでち! パパ……ひとつだけ、ほうほうがあるでち!」
「ディーネ! ほ、本当なのっ!?」
「ほんとうでち。みずのせいれいにきくと、むこーのほうに、きれいないずみがあるでち。そこのみずを、このきにあげると、まりょくがかいふくするでち」
ディーネによると、リアが宿る木の魔力を回復するには、同じように魔力を含む自然の水を与える必要があるらしい。
俺がディーネの力で生み出した水だと、俺の魔力を含んでいるのでダメで、この木と同じく長年自然の魔力を溜めている、泉の水ならば大丈夫なはずだと。
「木の精霊と相性が良いのが水だから、自然の水なら、魔力を回復させられるんだね?」
「そのとおりでち!」
「わかった! メル。リアはどれくらいまで魔力が持つと言っていたの!?」
ディーネの言葉で、リアが何とかなるかもしれないとわかると、突然頭が働きだす。
とにかく、絶対にリアを助けるんだ!
「は、ハッキリとは聞いていないけど、おそらく今日の夜にはもう……」
「今は昼だから、残り数時間で、現時点で見えてすらいない山まで行って、水を汲んで戻って来られればよいんだね?」
「そ、そうだけど……お兄ちゃん。どうするの?」
「わからない! だけど、絶対に何とかしてみせる!」
ハッキリ言って、見えてもいない山に日没までに行って帰って来ることは、かなり難しい。
それこそ、空でも飛ばないと……って、待てよ!
「ディーネ! 風……風の精霊っていないの!? 元々聞いていた精霊は、木、水、金、土、火の五種類だったけど、昨日氷を作った時に、別の精霊の担当だって言っていたよね!? 五種類以外にも精霊はいるんだよね!?」
「いるでち……けど、かぜのせいれいシルフは、きまぐれでち。きょうりょくしてくれるか、わからないでち」
「協力してくれるかわからなくても、協力してもらうんだ! 風の精霊シルフ! 出て来てくれっ!」
大声で叫び、風の精霊を呼びだそうとしたけれど、どういうわけか何も起こらない。
「なぜっ!? 風の精霊シルフっていうのがいるんだよね!?」
「パパ……いま、かぜがふいていないでち」
そうだった。精霊の力を借りるには、その借りる元が自然に存在している必要がある。
だけど、風が吹くのを待っている時間なんて無い!
何か……何か手段はないのか!? リアを助けるために……そうだ!
「ぱ、パパ!? なにをつくっているでち!?」
「風が吹いていないから、風が吹いているところへ行ってくる!」
「え!? どういうことでち!?」
ディーネに説明するよりもやってみせた方が早いと考え、リアを木の根元に座らせると、大慌てで魔法陣を作る。
≪もしも、人が触れたら、真上に吹き飛ばす≫
「ディーネ! これに力を込めてほしい!」
「ま、まつでし! これじゃあ、パパがおおけがするでち!」
「大丈夫だよ。ほら、この橋の上で使うから。そうすれば、落ちるのは堀の中だ。高い所から落ちても、水に落下するなら大丈夫だよ」
「え……ほんとうでち? パパがケガしたりしないでち?」
「うん、大丈夫! それより、リアに時間がないから、お願いっ!」
「うぅ……ほんとうに、むりしないでほちいでち」
そう言いながらも、ディーネが魔法陣に力を込めてくれたので、躊躇なく魔法陣の上へ。
踏んだ瞬間、魔物を飛ばす時のように水が噴き出てきて、俺の身体を真上に飛ばす。
どれくらい飛んだかはわからないけど、少なくともリアの木よりは遥かに高い所で上昇が止まり、一瞬無重力状態になったので、先程同様に風の精霊に呼びかける!
「風の精霊シルフ! 出て来てっ!」
俺の言葉に反応し、十歳くらいに見える銀髪の女の子が現れた。
思った通りだ! 高い場所なら風が吹いていると思ったんだよ。
「やぁ! ボクはシルフィって言うんだ」
「良かった。俺はカイって言うんだけど、力を貸してほし……」
「……って、カイーっ! どこに行くのーっ!?」
上手く風の精霊シルフィが現れたけど、自己紹介も碌に出来ないまま落下していく。
だけど、落ちるのは堀――水の上だから大丈夫なはずだ。シルフィには、水から出たら事情を説明しよう。
「あ、危ないっ! カイ! ボクに魔力を渡してっ! 死んじゃうよっ!」
「いや、落ちるのは水の上だから大丈夫……って、あれ!? そうか! 風で位置がズレたのか!」
落下地点が水だと思っていたのに、思っていた以上に空の上は風がキツかったようで、このままだと地面に激突してしまう!
「カイちゃん! 土を柔らかく……ダメっ! 間に合わないっ!」
「お兄ちゃんっ! メルたんが受け止めるっ!」
「くぅっ! パパ……おもいでち!」
ノエル、メル、ディーネがそれぞれ俺を助けようと何とかしてくれているが、
「カイー! 魔力をもらうからねっ! 間に合えーっ!」
上からシルフィの叫び声が聞こえ……視界がメルの顔でいっぱいになったところで、ピタッと止まった。
「ふぅー。ちょっと、ボクの宿り主さん……魔力の量はすごいけど、行動がメチャクチャだね」
どうやらシルフィが風の力で俺の落下を止めてくれたらしい。
「シルフィ。呼び出していきなり助けてくれて、ありがとう」
「カイ。人間は空を飛べないんだよ? 何してるの?」
「いや、その通りなんだけど、それを承知で頼みがあるんだ。俺をあの向こうにある山へ連れていって欲しいんだ! 大至急!」
「向こう……って、確かにあるけど、メチャクチャ遠いよっ!?」
「だけど、俺の大切な命の恩人を救いたいんだ! お願いしますっ!」
シルフィに頭を下げ、木の根元に座らせたリアの状態を説明する。
「どうして、魔力のことを知らずに精霊の力を使うかなー。まぁ今更言っても仕方ないし、状況は理解したよ。結論から言うと、ボクはカイを向こうにある山まで連れて行くことは出来るよ」
呆れた様子ではあるけれど、シルフィが承諾してくれた。
「ありがとう! 本当に助かるよ!」
「カイ、話は最後まで聞いて。ボクはカイを連れて行くことが出来るけど、風の精霊であるボクからしても、かなりの距離がある。おそらく、日没にギリギリ間に合うかどうかという距離だ。もしも間に合わなかったとしても、ボクは責任をとれないよ?」
「だけど、可能性があるなら、俺はそれに賭けたいんだ」
「……魔力切れの精霊は、霞のように消えてしまう。間に合わなければ、最期の時を看取ることすら出来ないけど、後悔しないね?」
シルフィの言葉に大きく頷くと、小さく溜息を吐きながらも、わかったと言ってくれた。
ひとまず、リアを救える可能性が残っていることに安堵していると、困惑した表情のラヴィがやってくる。
「か、カイ先生。さっきから一体何が起こってるん!? いきなり空高くに飛んだかと思ったら、空中でピタッと止まったりしてたし」
「ラヴィ。ちょっとわけありで、出掛けなければいけないんだ。申し訳ないけど、少しの間この木とリアを守っていて欲しいんだ」
「えっ!? リアって木の精霊やんな!? なんで、こないにグッタリしてるん!?」
「説明は戻ったらするけど、俺はそのリアを助けたいんだよ」
「……わかった! まだ何のことか全然わかってへんけど、とにかくリアを守ったらえーねんな? ウチに任せとき! 将来の旦那さんの頼みや! 魔物が来ても追い返したるわ!」
ひとまずリアをラヴィに看てもらうことにして、早速シルフィに力を借りる。
「行くのはカイだけだよね? その兎耳族の女の子はお留守番で良いんだよね?」
「うん。頼むよ」
「わかった。じゃあ、カイ。魔力をもらうよ」
シルフィの言葉で、俺の身体が浮かび上がり……メルとノエルが慌てて抱きついて来た。
「みんな一緒に行くの!?」
「当然! お兄ちゃんと離れるわけないでしょ」
「ママもカイちゃんの傍にいるわよ」
気付けば、ディーネも既に俺の服の中へ入っている。
「カイ。ボクの力はカイにしか有効じゃないけど、他の精霊がどれだけカイにくっついても、速度は変わらないから、安心して」
シルフィから、メルやノエルがいても影響がないという話を聞いたので、一緒に行くことにして、メルの身体をぎゅっと抱きしめる。
なんでも、風の精霊は少し特殊らしくて、木や水、金や土の誰とも相性が良いというのが無い代わりに、苦手な精霊もいないそうだ。
「あぁぁぁ、お兄ちゃんに抱きしめてもらえるなんて……シルフィさんの力は何て素敵なんでしょうか」
「落ちたらマズいと思ったんだけど……メルは別に自力で平気なのかな」
「お、お兄ちゃん!? しっかり! しっかりメルたんを抱きしめてください!」
ノエルは俺が抱きしめるより力強く抱きついてきているから、きっと大丈夫だろう。
というわけで、大丈夫だとシルフィに伝えると、さらに高度が上がっていく。
「じゃあ、出発するよ! 行っくよー!」
俺と併走するシルフィは、ものすごい速さで空を飛び、文字通り景色が飛ぶように流れていく。
ただ、飛びながら周囲の風も一緒に動かしているのか、それともシールドみたいなのを貼っているのかはわからないが、ほとんど風を感じないのはすごいな。
「あははは! すっごくたのしいでちー!」
「はぁはぁ……お、お兄ちゃん」
「か、カイちゃぁぁぁんっ! シルフィちゃーん! ママにも風の防壁をぉぉぉっ!」
ディーネは楽しそうで、メルは息苦しいのか、呼吸が荒い。
ノエルに至っては、かなりヤバそうな雰囲気を感じるのだが……あ、シルフィがノエルの要望に応えて良いかと聞いて来たので、即答で許可を出しておいた。
それから、シルフィの力でしばらく空を飛ぶと、遂に山が見えて来た。
ただ、その山まではずっと平地が続き、街や村といったものはない。
もしかしたら、兎耳族のような地中で生活する者たちの村は、あるのかもしれないけど。
「パパ、シルフィ! あっちでち! このまままっすぐいってほしいでち!」
「シルフィ、お願い! ディーネの指し示す方へ進んでほしい」