幼子精霊使いはほのぼのしたい!~スローライフを送るはずが、規格外ゆえ精霊たちに構われすぎてままならない~


『あの、師匠って? 僕に師匠なんて人はいないよ?』

 師匠というか、姉みたいな存在に、娘や妹、母親みたいな存在の精霊はいるけどさ。

『ほな、その精霊語はどうやって学んだん?』

 ラヴィがジト目を向けて来るけど、そもそも俺は精霊語なんて……って、待てよ。

 そう言えば、初めてリアに会った時に、俺の精霊語が完璧だって言っていたよな。

 俺としては普通に日本語で話をしているだけで、ごく自然にリアたちと話が出来ている。

 で、リアがひらがなは読めたけど、アルファベットは知らないって言っていたことから、精霊語が日本語だって結論付けたんだ。

 ん? あれ、もしかして、これって……

『ラヴィは、ここに精霊がいるのが見えないの?』

『うん。見えへんで?』

『なるほど』

 なにげない会話を振ってみたけど、僅かこれだけの言葉でも、ラヴィの言葉を理解するのに少し間が空き、変なラグみたいなものを感じる。

 異世界転生時に自動翻訳は付けてもらえなかったと思っていたけど、リアたちとは日本語で会話が出来て翻訳されていなかっただけで、ラヴィとの会話では発動しているんだ!

 あと、これはただの推測だけど、俺の魔力を使って具現化している精霊――ディーネ、メル、ノエルは他の人には見えないのだろう。

 だけどリアは、誰かの魔力を使って具現化しているわけではないので、俺に見えているように、ラヴィにも見えてしまう。だから、ノエルは俺とリアに隠れるように言ったのか。

 俺は間に合わなかったけどさ。

「ちょっと、カイ。それより、精霊語は誰から学んだん?」

「いや、自然と覚えたんだ。この地で暮らしていこうと思ったら、精霊の力を借りるしかなかったから」

「え? 親とか兄弟とかは?」

「最初からいないんだ」

 うん。自動翻訳が掛けられているって認識したら、普通に会話できるようになった気がする。

 もしかしたら女神様が、認識できるようにあえてラグを設けていたのかも。

 とりあえず、ノエルの意図を汲み、リアの話をせずにラヴィの質問に答える。

 一応、嘘は言っていないはずだ。

 俺はこの世界では誰からも精霊語……というか日本語を習っていないし、こっちの世界の親は顔すら見たことないしね。

 だけど俺の言葉を、ラヴィは変な風にとらえてしまったらしく、なぜかポロポロ涙を流し始めたかと思うと、ぎゅーっと抱きしめてくる。

「ラヴィ!? どうしたの!?」

「どうしたも、こうしたもあらへんやろ! そーかぁ。幼い頃にこんな場所へ捨てられてもーて、一人で生きて来たんか。寂しかったやんな? ウチのこと、お姉ちゃんやと思って、甘えてえーんやで?」

 あー……思い返してみると、俺の発言は捨て子と受け止められても仕方がないか。

 とはいえ、抱きしめながら頭を撫でてくるのはやめて欲しいかな。

「カイちゃん! どうなっているの!? とりあえず、カイちゃんは抱きしめられるなら、ママの方が良いわよねっ!?」

「お兄ちゃん、離れてっ! 何を言っているかはわからないけど、お兄ちゃんを奪おうとする、その獣人を排除するからっ!」

「いや、ノエルまで抱きしめようとしないでよ。あと、メルは怖いから。排除とかじゃなくて、普通にお引き取り願うから大丈夫だよ」

 そもそもメルの言う、奪うっていう表現も違う気がするんだけど。

「カイ。何やったら、ウチの家に来―へんか? そんな大きな家やないけど、カイ一人くらいやったら養ったるで。ウチも一人暮らしやから、カイが来てくれたら寂しくなくなるし、どうや? まぁこれだけ精霊の力を使えるカイやったら、ウチが養わんでも、街に行けばいくらでも……」

 ラヴィが俺から顔を離し、ジッと見つめながら一緒に住もうって言ってきたけど……今、街って言った!?

 街があるの!?

 ラヴィにいろいろ聞いてみたいと思ったところで、スッと蔓が垂れて来た。

「ダメっ! カイ君は私と一緒にいるんだからっ!」

 リアが叫びながら、すごい勢いで蔓から降りてきたかと思うと、ラヴィから俺を奪うようにして、抱きしめてくる。

えーっと、リアはノエルに隠れろって言われていなかったっけ?

「ちょっ、リアちゃん!? どうして姿を見せたのよっ!」

「だ、だって、何を言っているかはわからないけど、その獣人の女の子が、カイ君を何処かへ連れて行ってしまいそうだったんだもん!」

 ノエルの呆れた言葉に、リアが泣きそうな声で応える。

「あ……あぁ。こ、この感じは……まさか精霊なんかっ!? 初めて見たっ!」

 ラヴィが声を震わせながらリアに目を向けているから、思った通りリアはラヴィにも見えているんだ。

精霊も何も知らない、この世界へ来た直後の俺にも見えていたから、当然と言えば当然なんだけど。

「すごい……けど、何でこの精霊だけ姿が見えるんや? 他にも精霊がいるんやろ?」

「この精霊、リアは俺が呼びだした精霊ではないんだよ。この木に宿っている精霊だからだと思う」

「おぉー! そういうことか! 長く存在する木や鉄に精霊が宿ることがあるっていう噂は聞いたことがあるけど、まさかこの木が……って、ちょっと待った! か、カイ!? 精霊を呼び出したって言った!?」

「え? ……い、言ったけど?」

 しまった。この世界のことが全然わかっていなかったけど、精霊を呼び出せることって言っちゃダメだったのかも!

 ノエルたちに確認してから答えるべきだったと反省するが、後の祭りでしかない。

「て、天才やっ! まさか千年に一人と言われる、精霊を召喚出来る魔法使いがいるなんて! カイ……いや、師匠! ウチを弟子にしてくださいっ!」

 あれ? 余計なことを言ってしまった……と思ったら、突然ラヴィが深々と頭を下げてきた。

「これはもしかして、カイちゃんがビシッと獣人の子に言ってくれたのかな? リアちゃんに手を出すなって」

「わぁ! カイ君、そんなことを言ってくれたの!? 嬉しいっ! カイ君、大好きっ!」

「お兄ちゃん! メルたんは!? メルたんのことも話してくれたよね!? お兄ちゃーんっ!」

俺とラヴィの会話の内容がわかっていないノエルたちが色々言っているが、申し訳ないけど全然違う話なんだ。

「いきなり弟子って言われても……そもそも、俺が嘘を吐いているかもしれないよ? 精霊を呼び出したとか」

「いや、この堀を見ればわかるって。こんな何も無い土地やのに、綺麗に直線で、しかも広くて深い堀を作るなんて、土の精霊の力を借りな無理やもん。精霊石を使っている感じもせーへんし」

 あー、それは確かに。

 堀もそうだけど、メルが出してくれた薄い鉄板も新品そのものだし、そもそもこんな所に綺麗な形の鉄板が存在するのもおかしいか。

「師匠! まず何から始めたらえーかな? とりあえず、この辺りの雑草を抜いて、綺麗にしよか?」

「待って、待って! 師匠って呼ぶのは止めて! あと、ラヴィを弟子にするのは無理だよっ! 俺に教えられることなんて無いってば」

「師匠……があかんなら、カイ先生! そう言わずに、お願いや! ウチは、何としても優秀な魔法使いにならなあかんねん!」

 いや、そんなことを言われても、ただただ困るんだけど。

 仮に俺がラヴィに教えらえることがあるとすれば、日本語……というか、精霊語くらいだろうか。

 魔法の使い方なんて本当にわからなくて、ただディーネたちにお願いしているだけだしさ。

 そんなことを考えて言えると、急にラヴィが俺の手を握り、まっすぐに俺の目を見つめてくる。

「カイ先生。ウチへ招く話は取りやめや! ウチがここに棲むわ!」

「えぇっ!? ま、待って! どうしてそうなるのっ!?」

「カイ先生がウチを弟子にしてくれへんのやったら、精霊魔法を極めるにはどうしたらよいか、先生から見て学ばせてもらうことにしてん! えーやろ? というか、勝手に居座るで」

「いや、そう言われても困るんだけど」

 勝手に居座るって、完全な居直りだよねっ!?

「カイ君。どうして獣人の女の子から、手を握られているのかな? どういう話なのかを説明してくれる?」

「お兄ちゃん! メルたんも! メルたんも手を繋ぐのっ!」

「パパー。けっきょく、どうなったのー?」

 リアとメルとディーネが詰め寄ってきたけど、どうしてこうなったのかは、俺が聞きたいくらいなんだ。

 だけど、兎耳の少女ラヴィの決意は固く、一緒に生活することになってしまった。

「カイ君。ラヴィさんは、どうしてカイ君に抱きついているのかな?」

「カイ先生! リアは何て言ってるん?」

「お兄ちゃん! メルたんも抱っこー!」

 ラヴィが、ここへ押しかけてきて、早数日。

 リアたちはラヴィの言葉がわからず、ラヴィはリアたちの言葉がわからないため、意思疎通ができなくて、毎回俺が双方の通訳をする羽目になっていた。

 ……なんて言うか、精神的に疲れるね。

 ただ、ラヴィは精霊語を覚えたいと言っていて、勉強には意欲的に取り組んでいるので、それは救いだろうか。

 でも教科書などはなく、俺もラヴィと会話は出来るものの、文字は自動で翻訳されないみたいなので、口頭で教えるしかない。

 そのため、なかなか成果が出ず、どうすればよいのかと、悩まされる日々だ。

 そもそも、俺は人に何かを教えたりしたことなんてほとんど無いし……とりあえず、休憩にしようか。

「ラヴィ。そろそろお昼ご飯にしよう」

 そう言って、俺の手元にある本を閉じる。

 この本はラヴィの数少ない荷物のあった物で、元は日記用として使い始めたばかりだったらしい。

 それを、鉛筆みたいなペンと共に、俺がラヴィの文字を教えてもらう為に使わせてもらっている。俺がラヴィの文字を扱えるようになったら、ラヴィへ精霊語を教える効率もよくなりそうだしね。

 という訳で、ラヴィが来てからの数日で、ここの暮らしも大きく変わっている。

 食器類はメルが来た時に作ってもらっていたけど、これをラヴィの分も用意してもらったのと、リアがそれらを片付ける棚や、勉強や食事に使うテーブルと椅子も作ってもらった。

 まぁ作ったと言っても、リアに棚やテーブルのイメージが伝わらず、大雑把な材料を用意してもらって、俺とメルで完成させたんだけど。

 あと服装は相変わらず異世界へ来た時のままだけど、家具がかなり増え、生活レベルがかなり向上した気がするね。

「お昼ご飯はえーんやけど、それより前から気になってたことがあって、カイ先生ってお肉は嫌いなん?」

「え? そんなことはないよ?」

「でも、その割にリアから出してもらった野菜しか食べてへんやん」

 ラヴィが不思議そうに聞いてくるけど、俺だってお肉があるなら食べたいよ?

 でも、この辺りで唯一食べられそうな動物といえば、あの魔物のワイルド・ウルフだけなんだよね。

 魔物っていうのが、動物となにが違うかわかっていないからなんとも言えないけど、狼の肉を食べるっていうのはちょっと抵抗がある。他に食べ物がまったくなければともかく、リアが美味しい作物を出してくれるから、なおさら食べようとは思わない。

 そんなことを考えていると、俺の顔をジッと見つめていたラヴィが、突然立ち上がる。

「よっしゃ! ほな、ウチが美味しい鳥料理を食べさせたげるわ! ちょっと待っててや!」

「えっ!? 鳥料理!? 確かに時々飛んでいるのは見かけるけど、ものすごく高い所を飛んでいるから、どうやって……って、ラヴィー!」

 残念ながら、止めようとしたものの、ラヴィがそのまま何処かへ走り出してしまった。

「カイ君。ラヴィさんは突然何処へ行っちゃったの?」

「鶏料理を作るって言っていたけど……」

「うーんと、あの感じだと、作って来ちゃうよね?」

「たぶんね。どうやって鳥を捕らえたり、調理したりするかはわからないけど」

「んー……とりあえず、準備はしておこうかな」

 そう言って、リアが見知らぬ植物を生やし始めた。

 リアは一体、なんの準備をしているのだろうか。

「リア。それは?」

「これ? こっちは猫手草っていう草で、腹痛に効く薬草なの。あと、こっちは解毒効果がある毒消し草で……」

「ま、待って。準備って、そっち系の話なのっ!?」

 やっぱりラヴィが俺に食べさせようとしているのは鳥の魔物とかで、食べると危険ってことなの!? だから、事前に薬草を準備しているってこと!?

 悪いけど、そんな危険を冒してまで食べたくないからね!?

 日本だと、何かあれば救急車を呼んで病院へ行くけど、ここにはそんなの無いわけだしさ。

 というか、リアが薬草を用意しだして気付いたけど、ラヴィは生の鳥肉を食べさせるつもりなの!? それは確実に死ぬよ!? いや、死ぬまでいかなかったとしても、大変なことになるからね!?

 鶏肉と豚肉は怖いんだって。

 いやまぁ、生で食べられる鶏肉もあるけど、あれはものすごく厳重な衛生管理の下で……

「カイ先生、お待たせー! ウチの手料理やで! 嬉しいやろ? 遠慮せずに食べてやー!」

 って、ラヴィが戻って来たーっ!

 ひとまずリアからもらった毒消し草を、前にもらった薬草と一緒に腰の包みへ入れておく。

「ラヴィ。随分と早いけど……って、あれ!? これは、鳥の丸焼き!?」

「せやでー。この鳥笛を使って、飛んでる鳥を呼び寄せるやろ? で、降りて来た所を短剣で仕留めるねん」

「そこは魔法じゃないんだ」

「いや、近くにおるんやから、短剣で十分やん。ただの鳥やし」

 うーん。そういうものなのか。

 そんなことを考えながらも、クリスマスのシーンを描いた漫画に出て来るような、まんま七面鳥の丸焼きみたいな料理を前に、思わず涎が出そうになってしまう。

 そんな俺に気付いたのか、ラヴィが短剣でお肉を切り分け、差し出してくれた。

 メルが作ってくれたナイフとフォークで一口サイズにカットし、久々過ぎるお肉を口へ運ぶ。

「わぁ、美味しい!」

「せやろー! カイ先生、後で鳥笛の使い方を教えてあげるから、一緒に狩りに行こーやー!」

 おぉー! なんだか一気にファンタジーっぽくなって来た。

「とりあえず、これを食べ終えてからね」

「おっけー! ほな、ウチもいただこーっと」

 ラヴィと一緒に、しっかり中まで火が通った鳥肉を美味しくいただき……えっと、こんなことを言ったら怒られそうだけど、最初は久しぶりのお肉で感動していたものの、ぶっちゃけ味が無いね。

 火を通しただけで、何の味付けもされていないササミをかじっている気がする。

「塩が欲しいかな……」

「カイちゃん。お塩が欲しいの? ママが出してあげよっか?」

「え? ノエルは塩が出せるの?」

「もちろん。ただ、ちょっとカイちゃんにお手伝いしてもらわないといけないけど」

「するする! 何でも手伝うよ! 是非、お願いっ!」

 ポツリと呟いてしまったのを聞いたノエルが、塩を出してくれると言うので、思わず立ち上がって、その手を握る。

 塩があると無いとで、食事の味が全然違うもんね。

 ラヴィが来る前に食べていた、生野菜サラダも味が変わるだろうし、もっと早く言っておけば良かったな。

「カイ先生? 急に立ち上がってどないしたん?」

「ちょっとだけ待っていて。このお肉の味を少し変えようと思うんだ』

「味を変える? 何か香草でも出すん?」

 確かに香草もありかも。よく、料理に使うよね。

 だけど、まずは塩かな。

「むー……お兄ちゃんが、ノエルさんの手をずっと握ってるー!」

「ふふっ。カイちゃんはママにお塩を出して欲しいのよねー」

「ノエルさん。それなら早く出してよー!」

「はいはい。じゃあ、カイちゃん。リアちゃんから少し離れましょうか。魔力をもらうわよー」

 木の精霊の力の影響を受けないようにするためか、ノエルが俺を連れてリアから離れ、堀の外側へ。

それから、俺の魔力を使い……一抱え程ある岩を生み出した。


「え? 岩?」

「そう。岩塩よ。これを削れば、お塩になるわよ」

「なるほど。そういうことなら頑張るよ」

 メルに以前作ってもらったペティナイフを取り出すと、カリカリと少しずつ岩塩を削っていく。

 何とか、拳大の岩塩を切り出すことが出来たので、今度はメルの番だ。

「メル。ちょっと作ってもらいたい物があるんだ」

 この岩塩を使うために作ってもらいたい調理器具について説明する。

 このナイフより少し大きいけど、ノエル曰く、それくらいならリアにも影響がないだろうという話に。

「じゃあ、お兄ちゃんのために、メルたん頑張るねー! えーいっ!」

 メルが俺の要望を聞いて、岩塩を削るためのおろし金を作ってくれた。

 早速、おろし金と岩塩を持ってラヴィの所へ戻ると、まずは自分の肉で試してみる。

「カイ先生ー。それはー?」

「塩だよ。ちょっと待っていてね」

 ある程度削ったら、お肉に振りかけ……旨っ!

 塩を振りかけただけなのに、味が引き立つというか、こんなに味が変わるのか。

「ラヴィも、食べてごらんよ」

 ラヴィのお肉にも削った塩を振りかけてあげると、一口食べてラヴィが目を丸くする。

「わっ! な、何これっ!? めちゃくちゃ美味しいんやけどっ!」

「あっちに土の精霊が出してくれた、岩塩っていうのがあるんだけど、それを削ったものだよ」

「知らんかった……岩って、美味しいんや」

「いや、それは違うからね? 岩は食べられないよ!? 岩の中に、こういう調味料として使える種類があるだけだから、そこは間違えちゃダメだよ?」

 そこからは、二人ですごい勢いで鳥肉を食べ……気付いた時には、かなりの量があったはずなのに、二人で完食していた。

 とはいえ、内臓や骨なんかは食べていないけど。

 食べられなかった部位の匂いで魔物が寄って来ないようにと、ノエルの勧めで土の中に埋めて、食事を終える。

 ただ普段と比べてかなり沢山食べてしまい、お腹がいっぱいなので、草むらで寝転んでウトウトしていると……気付いた時には夕方だった。

 しかも、いつの間にかラヴィが俺に抱きつくようにして眠っていて……さすがに寝相が悪すぎじゃないか!?

 いや、ラヴィだけじゃないな。

 他にも何かが抱きついて……いや、メルも何をしているんだよ。

 俺にくっついて眠るラヴィとメルをどうしようかと考えていると、ふよふよと浮かぶディーネが近付いて来た。

「パパー、おはよーでち」

「ディーネ、おはよう。ごめんね、眠ってしまって」

「だいじょーぶでち。まものは、こなかったでち」

「見張りをしていてくれていたんだね。ありがとう」

「そうでち。というか、ねていたのはパパとラヴィだけでち。メルは、おきてるでち」

「えっ!?」

 メルが起きているというディーネの言葉で、慌ててメルに目を向けると、薄目を開けているのか、ビクッと身体を震わせる。

「メル……何をしているの?」

「え、えーっと、お兄ちゃんがラヴィちゃんと一緒にご飯を食べて、メルたんと遊んでくれないから……ふ、不貞寝?」

 メルは食事中に力を使ってもらったんだけどな……と、ディーネたちと話していたからか、ラヴィも目を覚ます。

「うわっ! もう夕方やん! しもたー! あまりにもカイ先生のご飯が美味し過ぎて食べ過ぎてもたー!」

「あー、それは俺も思ったよ。何もせずに一日が終わっちゃったもんね」

「まぁしゃーないかー。とりあえず、完全に陽が沈む前に寝る準備をせんとなー』

 そう言うと、その場でラヴィが服を脱ぎ始める。

「ら、ラヴィ! だから、いつも言っているけど、いきなり服を脱ごうとしないでよっ!」

「え? いつも一緒に水浴びしてるやん」

「いや、確かにそうだけど、そもそもそれも……」

「はいはい。えぇから、早く。夜になってまうでー」

 ラヴィにスポーンと服を脱がされ、水浴び用の浴槽へ。

 まぁ幸いというか、当たり前というか、リアにバスタオルみたいな大きな布を作ってもらい、必ずそれを身体に巻くように言っているので、そこは守ってくれているけどね。

 ただ、ディーネに出してもらっている水で汗を流すんだけど、そこへメルも入って来るから、スペース的にあまり余裕はないんだよね。

 一緒に入らなくても順番で入ればよいのに……まぁ今日は時間が無いから仕方ないか。

「そうだ、ラヴィ。一つ聞きたかったんだけど、ラヴィは火の精霊が使えるんだよね?」

「え? まさか。直接精霊の力を使える魔法使いなんて、カイ先生くらいやで?」

「でも、あの鳥は? どうやって丸焼きにしたの?」

「あー、あれは精霊石を使ってん。……って、カイ先生は、精霊を使えるから、ものすごく一般的な精霊石のことを知らんのか」

 精霊石? いや、どこかで聞いたことがあるな。何だっけ?

 確か、ディーネに聞いた気がするんだけど……あ! あれか! 魔法陣の動力源だ!

 俺は自分の魔力を使って、ディーネやメルに魔法陣へ精霊の力を込めてもらうけど、その代わりに精霊の力が込められた、精霊石っていうのを使うって言っていたっけ。

「つまり、ラヴィは精霊石を使って魔法陣を作り、鳥を焼いたってこと?」

「魔法陣? カイ先生、魔法陣って何!?」

「え? 精霊の力で発動する魔法の力みたいなのだけど?」

 魔法陣っていう言葉は、翻訳魔法がこっちの世界の言葉に訳してくれなかったのかな? と考えていると、驚いた表情のラヴィが一気に顔を近付けてくる。

「ま、まさかカイ先生は、自分で魔法を作れるん!?」

「ら、ラヴィ! 近いよっ!」

 布を巻いているとはいえ、一緒に水浴びをしている時点で事案ものだから、迫って来ちゃダメだって!

「そんなんどーでもえーねん! それより、さっきの質問! カイ先生は自分で魔法を作ってるん!?」

「うん。どうやらそういうスキルを持っているみたいなんだ」

「アカン。カイ先生が思っていた以上にすごすぎるわ。この数日、カイ先生がその場で精霊の力を使っているのを目の当たりにしてすごいと思っとったけど、それだけやなかったんか」

 なぜかラヴィから呆れと尊敬が混ざった表情を向けられたけど、ラヴィが来てから魔法陣を作ったことってなかったっけ?

 思い返してみると、ラヴィが来てから、一度も魔物が来てなかったか。

 だから魔法陣も新たに作っていない……って、そんな話をしている間に、どんどん陽が落ちて暗くなってきたので、急いで浴槽から出て、今日は就寝することに。

「じゃあ、カイ君とメルちゃんは私の所へ来て」

「カイちゃん。ママはラヴィちゃんの寝床の準備が済んでいるから、いつでも大丈夫って、伝えてくれる?」

「わかった、ありがとう」

 俺はいつものようにメルとディーネと共に、リアの所へ。

 その一方で、土の精霊のノエルは地中で眠るのだけど、兎耳族のラヴィも地面に穴を掘って暮らす種族らしい。

 そのため、リアの周りは何も無くて地平線が見えているけど、割と近くにラヴィたちの集落があるそうだ。

「ラヴィ。ノエルがいつでも良いって」

「おおきに! ほな、カイ先生。また明日―! おやすみー!」

「うん、おやすみ」

 ラヴィがノエルの作った穴の中へ入ると、リアが俺たちを蔓で木の上へ運ぶ。

 久々に食べたお肉は美味しかったなーと、お肉の味を思い出しながら眠ることにした。


 ◇◆◇


 翌日。朝食を済ませると、早速ラヴィに精霊石について教えてもらうことにしたんだけど、いきなり待ったが掛かる。

「精霊石について話す前に、カイ先生は普通の魔法使いについて知った方が良いと思うねん」

「どういうこと?」

「カイ先生は、ずっと一人で暮らして来たんやろ? だから、普通の魔法っていうのがどういうものかわかってへんし、カイ先生がどれだけすごいことをしているかを理解してもらおうかと思って」

 まぁ、ラヴィの言う通りで、精霊を除けば、初めて会った人間……というか、獣人がラヴィだからね。この世界の普通がわかっていないと言われれば、その通りだと思う。

 ただ、この世界の普通はわかっていないけれど、リアに出会うことが出来たのは本当に僥倖(ぎょうこう)だったというのは俺もわかっているけどね。

「じゃあ、まずは普通の魔法使いについては、ウチのことやと思ってくれたらえぇわ」

「え……ラヴィが?」

「せやで? 何か問題でも?」

「いや、だって昨日鳥を捕まえるっていう話をしていたけど、鳥笛で呼び寄せた後、魔法じゃなくて短剣で鳥を仕留めたんだよね?」

 実際に狩りをしているところは見ていないけど、魔法使いって言ったら、杖とか掌から炎の弾とかを飛ばすイメージがある。

 短剣で鳥を倒しましたって言われたら、魔法使いって言うより戦士だよね?

「はぁ……まず、カイ先生のおかしい所の一つ目がそれな。昨日も言ったけど、普通の人は使える魔法の回数が決まってるねん。だから、魔法を使わなくても良い状況なら、使わへんねんって」