「パパー! すごいでちー! まものがきえたでちー!」
「カイはすごいんだねー! ボクは、さっきのが魔法陣で作られたものだなんて、全然わからなかったよー」
そう言って、ディーネとシルフィが抱きついてきたかと思ったら、遅れてやってきたノエルも抱きついてきた。
「カイちゃーんっ! 大丈夫!? 怪我はしていない?」
「お兄ちゃん! メルたんもー!」
「えっと、とりあえず奥を確認しようか。他にも同じような魔法陣があって、またリアの木の魔力が奪われたら困るしね」
とりあえずみんなに離れてもらい、通路の奥へ。
少し通路が下り坂になっているからか、奥の部屋にディーネが出した水が溜まっているんだけど……何というか、何かの研究をしていたのだろうか。
沢山の朽ちた机があり、本棚だったと思われる空の棚や、よくわからない空のビンが並ぶ棚などが沢山ある。
大昔に、ここで誰かが何かの研究をしていて……あの魔法陣だけが残っていたということだろうか。
ひとまず、先程のアイアン・ドラゴンのようなものはいなさそうなさそうなので、遺跡を出て、リアの所へ戻ることにした。
◇◆◇
それなりに長い間、遺跡の中にいてしまったようで、外へ出た時は外が茜色に染まっていた。
シルフィに頼み、大急ぎでリアの所へ戻ると、改めてバケツを手にする。
これでダメだったら、もうリアは間に合わない。
一瞬、嫌な考えが過ってしまったものの、きっと大丈夫だと言い聞かせ……メルにバケツの蓋を開けてもらった。
「じゃあ、いくよ」
最後のバケツをゆっくりとリアの木に注ぎ、リアの様子をみんなで見守る。
だけど、リアは何も反応しなくて、ラヴィが不安そうな声を上げ、俺を見つめてきた。
「か、カイ先生……」
俺も少し不安になりながらも、まずはディーネたちの見解を聞く。
「ディーネ。このリアの木の魔力は回復しているの?」
「……しているでち。リアがうごけるだけのまりょくは、じゅうぶんにあるでち」
「そうね。リアちゃんの宿り主である木には、自然の魔力がちゃんと注がれたわ。それに、さっきみたいに、回復したそばから無くなったりしていないわ」
ディーネとノエルによると、ひとまず木の魔力は回復したが、その魔力がリアに渡っていないそうだ。
「お兄ちゃん。メルたんは少し離れておくね。もしかしたら影響があるかもしれないし」
「……ごめんね」
「ううん。大丈夫」
木の精霊と相性の悪いメルが離れてくれたが、それでも何も変化がない。
もしかして、リミットは夜だと聞いていたが、それは推測でしかないので、間に合わなかったということなのだろうか。
いや、違う。本当に間に合わなければ、そのままリアが消えてしまうとシルフィが言っていた。
だから、間に合ってはいるんだ。
だけど、何かが……何か変な状態になっているんだ。
これがプログラムなら、デバッグ作業で、おかしなところを取り除くことが出来る。
でもリアはプログラムや魔法陣ではないから、今のこの現状から推測するしかない。
考えろ……考えるんだ。
「ディーネ、ノエル、シルフィ。この木は問題ないということだけど、リアに何かおかしい所はないかな?」
「カイ。ボクたち精霊は、宿り主が異なる精霊には干渉できないんだ。だから、残念だけど見ただけでわかることしかボクたちにもわからないんだ」
「見ただけでわかること……か。そうだ! 俺は、まだ全然リアのことを調べていない!」
視覚での情報は、リアが眠ったように動かないということだけしかわからない。
だけど、俺に魔力のことはわからなくても、まだ調べられることはあるはずだ。
まずは嗅覚だけど、匂いは特に何も変わりないと思う。
次に触覚。リアの手を握ってみると……冷たい。リアはいつも抱きしめられた時に、優しい温もりを感じていたので、手が冷たいというのは変だ。
次は聴覚だけど……聴くとしたら、心臓の音だよね? 医療知識のない俺が、心臓の音を聞いたところで何かがわかるわけでもないけどさ。
とはいえ、調べられることは全て調べようと思い、リアの胸に耳を当て……な、何にも音がしないっ!?
「り、リアの心臓が動いてない!」
「カイちゃん。精霊に心臓は無いわ」
「え!? そ、そうなんだ」
ノエルの言葉で、俺のやっていることが、ただリアの柔らかくて温かい胸に顔を埋めただけみたいになってしまい、少し恥ずかしく……って、待った!
リアの胸は温かいんだ。でも手が冷たくて、意識がない。
これが人間だったら……脱水症状か? 確か、重要な器官に血液が集まるから、末端に血液が届かず、手足が冷たくなるって聞いたことがある気がする。
リアの足は……冷たい。顔や胸、お腹は温もりがある。
「カイ。一体、何をしているの? リアの身体を触って……」
「俺の知っている人間の症状で、水が不足している脱水症状っていう状態に似ていると思って」
「水じゃなくて、魔力が不足している魔力枯渇の状態だから、似ているといえば似ていると思うけど……って、カイ? どうしたの!?」
「そ、そっか! リアは魔力枯渇の状態なんだ!」
どうしてこれに気付けなかったのだろうか。
シルフィに言われて、やっと気付くことができた。
魔力枯渇を起こすと、体内で毒を生み出してしまうので、毒消し草が必要だって、リアが言っていたのに!
大慌てで腰に吊るした包みから、毒消し草だと言って持たされた草を取り出すと、すり潰してリアの口へ。
だが、意識が無いから取り込むことは出来ず……いや、迷っている暇はないっ!
「ディーネ! 少しだけ水をお願い」
「は、はいでち!」
ディーネに出してもらった水をリアの口へ注ぎ込む。
「んっ……」
リアの口が動いた!
顔を離してリアの様子を見ていると、ゆっくりと緑色の瞳が開く。
「カイ君……あれ? お姉ちゃんは魔力枯渇で……」
「リア、良かった! 本当に良かった!」
やった! リアの意識が戻った!
「まりょくがリアにわたされてるでち。もうだいじょうぶでち」
「リアちゃん……良かった。本当に良かった」
「カイ、良かったね! みんなで協力して頑張った甲斐があったよね」
やっと安心できると、胸を撫でおろしていると、ディーネにノエル、カイが抱きついてくる。
「お兄ちゃん! リアさん……目覚めてるーっ! 良かったよぉぉぉっ!」
「カイ先生。リアさん、目を覚ましたんやな。ホンマに良かったわ」
リアが目覚めて騒がしかったからか、少し離れていたメルとラヴィも近寄ってきて、抱きついてきた。
そして……
「カイ君。また私を助けてくれたんだね」
リアが俺を優しく抱きしめてくれて……俺は大切な人を失わずに済んだみたいだ。
リアが魔力枯渇を起こしてから数日。
一日一回は泉まで水を汲みに行き、リアの木の魔力を回復させることが日課となった。
ディーネ曰く、リアの木の魔力が順調に回復しているので、余程のことが無い限り、リアが魔力枯渇を起こすことはないそうだ。
それに、そもそもリアが植物を出すのに使う魔力はそれほど多くないようで、あの遺跡の地下にいたアイアン・ドラゴンが、全ての元凶だったらしい。
というわけで、
「カイ先生! 今日のお昼ご飯は、からあげ? それともチキンソテー? ウチは、あのお好み焼きも好きやで!」
リアに小麦粉などを出してもらいながら、今日もラヴィに文字を教えてもらい、俺は精霊語を教える。
まぁ精霊語よりも、料理を覚える方が早いのではないかって程に、ラヴィは俺が作る料理に興味津々のようだけど。
そんな中で、昼食を終えて後片付けをしていると、リアに呼ばれた。
「ねぇねぇ、カイ君。ディーネちゃんから聞いたんだけど……私が魔力枯渇で動けない時に、二回も魔物みたいなのと戦ったって本当?」
「あ……う、うん。緊急事態だったから」
これは……危ないことをするなってお説教かも。
前に弓矢を作って、危ないって怒られたからな。
そんなことを考えていると、リアから意外な言葉が返ってきた。
「そっかぁ。カイ君が私のために……これはもう、いわゆる夫婦だよね! 結婚だよね!」
気付いたら、リアが俺に距離を詰めて来ていて、ぎゅっと抱きしめられる。
待って! これ、顔がリアの胸に埋もれて、息が出来なくなるパターンなんだけどっ!
何とかリアの胸から脱出しようともがいていると、メルの声が聞こえてきた。
「リアさん。それならメルたんが魔力枯渇を起こした時、お兄ちゃんが助けてくれたもん! お兄ちゃんは魔力の制御が苦手なのに、メルたんへ魔力を分けることができて……つまり奇跡が起きたんだもん! 奇跡を起こすほどの愛情を注いでもらったんだから、メルたんがお兄ちゃんのお嫁さんなの!」
メルが助けてくれるのかと思ったら、背後から思いっきり抱きついてくる。
あぁぁぁ、さらに脱出し難くなったぁぁぁっ!
酸素っ! 酸素をぉぉぉっ!
「それを言うなら、カイはいつもボクの一部を吸い込んでいるよ? というか、ボクはカイにとってなくてはならない存在だから、夫婦以上だよね?」
今度はシルフィがやって来たけど……いや、シルフィはそんなキャラじゃないよねっ!? 今こそ、シルフィの風というか、酸素が欲しいんだっ!
「パパは、ディーネのパパでちー!」
うん。そうだね。ディーネの言う通りだから、みんなを離してくれないだろうか。
魔力枯渇どころか、酸素が枯渇して死んじゃうよっ!
声が出せず、何も見えない状態で、ひとまずリアの身体をペチペチ叩いて放してもらおうと試みる。
だけど、リアが俺の手に気付いておらず、離してくれない。
「みんな。カイちゃんが苦しそうだから、放してあげて」
本当にヤバいと思ったところで、ノエルが助け舟を出してくれて、ようやく脱出出来た。
「の、ノエル……ありがとう」
フラフラになりながらも、ノエルに礼を言うと……ぎゅっと抱きしめられた!?
「ふふっ。みんな……カイちゃんと結婚したければ、ママの眼鏡に適うことね」
リアから解放されたかと思うと、ノエルが謎の母親ごっこを始め……いや、みんなマジで何をしているのさ!
どうやらノエルは俺をからかおうとしているだけみたいだけど、リアとメルは若干目がマジなので、ちょっと怖いんだが。
ノエルの腕の中から脱出後、二人の気迫に気おされて後ずさりすると……
「きゃぁっ!」
背後にいたラヴィに気付かず、一緒に倒れてしまった。
「ラヴィ、ごめん。怪我はない……ぃっ!?」
ラヴィの上に倒れてしまい、慌てて身体を起こそうと手をだしたら、その……偶然手がラヴィの胸に触れてしまっていた。
「い、いや、別にえぇんよ? その、カイ先生はウチの将来の旦那様やし」
ラヴィが顔を赤らめながら、俺を見つめてくる。
「あぁぁぁっ! カイ君っ! なにしてるのぉぉぉっ!」
「お兄さんっ! メルたんも! メルたんもーっ!」
「あらあら。カイちゃん。ママの方が大きいわよ?」
その直後に、リアたちが俺を取り囲み……いや、事故だっ! 今のは事故なんだっ!
リアの一件が収まったので、今度こそのんびりスローライフが送れると思ったのに!
残念ながら、騒がしい日々を過ごすことになってしまった。