「白井くん、はいこれ。ごめんね昨日持って来なくて」

 翌日の朝、朱里は生徒手帳を持ってきて笑顔で手渡した。
 それにより、今日の放課後、朱里の家に行けるかもしれないという希望は見事に打ち砕かれた。

「あ、ありがと」

 後ろでは聡里が笑いを堪えている。

「そ、それにしても城之内さん来るの早いんだね」
「まだ引っ越してきたばかりで場所とかよく分からないから念のためにね」
「あっ、じゃあ俺が校内案内するよ!」
「本当?すごく助かる」

 確かに転校して二日目だし遅刻するよりは早く来たほうが良い。
 下心を持って校内の案内役を申し出た。

「ちょっと、幸雄。あんた朱里ちゃんと二人で校内歩く気?」
「なんか文句あんのかよ」
「あるに決まってんでしょ。人気のない場所で何をするか分かったもんじゃないわ。あたしも一緒に行く」

 朱里と二人きりで校内を歩き回り、もっと仲良くなろうと思っていた幸雄にとってショックは大きかった。
 聡里の目を気にしながら歩かなければならない。

「じゃあ、二人に案内してもらおうかな」

 ふにゃりと笑う朱里の笑顔を見たら別に三人でもいいかと幸雄は妥協した。転校してきたばかりで不安だろう。男と二人で歩くよりは女も居たほうが心強いのかもしれない。

「取り合えず重要な所は職員室と保健室ね、後は体育館とか。教室移動でよく使う理科室とかも時間があれば案内するわ」

 朱里を間に挟んで校内を歩く。朱里の隣で歩きたかった幸雄は不満を隠しながら大人しく聡里に従う。
 聡里は仕切って「まずは職員室からね」と朱里を案内する。

 聡里はクラスでも仕切り役をすることが多い。
 サバサバしているところが女子にとっては好感が高いらしく、友達も多い。そういうところは素直に尊敬している。

「二人は部活をしているの?」
「俺は帰宅部」
「あたしはバスケ部よ」

 やりたいこともないし、部活はやっていない。
 特にスポ根はどうも苦手だった。

「城之内さんは部活してたの?」
「私もしてなかったよ。両親の帰りが遅いからいつも夕飯作らなきゃいけなかったの」

 料理できる女子はポイント高い。
 聡里は料理ができないことを幸雄は知っているため、聡里と朱里を内心比較する。
 やはり女子は家庭的な方がいい。

「朱里ちゃんは何で引っ越してきたの?しかも一人で」

 聡里は昨日朱里のことが嫌いと言っていた。
 何かを探るような目で朱里に話しかける聡里は、幸雄から見て、こいつ失礼だなと思うような視線だった。

「私が住んでた所は田舎で、大学とかないの。だから両親が、どうせ田舎を出るんだから今のうちに行ってきなさいって」
「ふうん、でも一軒家って聞いたんだけど」
「あの家は知り合いのお姉さんの家なんだよ。暫く使わないらしくて貸してくれたの」
「高校は何でここにしたの?」
「お姉さんの家から近いから、かな」

 朱里は特に気にした様子はない。
 幸雄は聡里の質問に眉を寄せる。土足で人の心の内に入り込むのはいただけないと思ったからだ。
 そんな幸雄に聡里は気づかず、質問を続ける。

「じゃあ、なんで見ず知らずの男を家に入れたの?もしかしたら、倒れた演技をした強盗かもしれないじゃん」
「ここの制服を着てたからだよ。明日から通う高校の生徒が倒れてたら助けるよ」
「でも、制服を着たオッサンかもしれないじゃん」
「えぇっ、おじさんには見えなかったよ」

 朱里も怪訝な顔になった。
 聡里が何を言いたいのか分からないのだろう。

「おい聡里、さっきからなんなんだよ。城之内さんも困ってるだろ」
「幸雄のくせに…じゃあ、次は体育館ね」

 ふんっ、と幸雄から顔を背けてずんずんと先に行ってしまう。
 朱里と幸雄は顔を見合わせて疑問符を浮かべた。

「なんか、ごめんな。聡里の奴あんな性格だから」
「ううん、私の方こそ何か気に障ること言ったんだよ。後で謝らなくちゃ」

 聡里が一人で先を歩くので、朱里の横で聡里に聞こえないよう小声で会話をする。
 困ったように笑う朱里が健気に映った。

「白井くんは聡里ちゃんと仲が悪いの?」

 率直な疑問なのだろう。
 確かに第三者から見たらそういう風に映るかもしれない。今までだって幾度となく言われた。

「悪くはないよ、幼馴染みたいなもんだしな」

 根本的に、幸雄は聡里が嫌いじゃない。
 幸雄がそう言うと朱里は「そっか」と安心したように微笑んだ。