理科の授業も終わり、昼休みに突入した。
 授業中、幸雄は何度か朱里を盗み見たが彼女は熱心に授業を受けていた。
 何かの拍子で話せるのではないかと期待していただけに、落ち込んだ。例えば、教科書を持っていないから見せて、と何かしらのアクションがあるかと思ったのだ。彼女は転校初日にも関わらず教科書を持っていたのでそんなことは起きなかった。
 他にも、消しごむが落ちたから拾って「ありがとう」等のやり取りもなかった。
 幸雄は少し観察して思ったのだが、彼女は真面目な人間らしい。

「白井くん」

 弁当を食べ終わり、本を読んでいると朱里が歩み寄ってきた。
 朱里はクラスメイトの女子と中庭で食べていたはずだが、一人抜けてきたようだ。

「じょ、城之内さん」
「昨日ぶりだね」
「そ、そうだね」

 普通に喋れると思ったが、緊張してしまう。

「びっくりした?私がこの学校に来たこと」
「うん、まさか転校してくるとは….」
「うふふ、驚かせようと思って。同じクラスになるなんて想像してなかったけどね」

 柔らかく笑う天使に胸はときめく。

「城之内さん、幸雄と友達だったんだね」

 幸雄の前の席に座っていた聡里が、後ろを振り向いて会話に入る。
 聡里が入ってきたことで二人の会話ではなくなり、空気読めよと念を送ったが聡里は気づいていない。

「えっと、ごめんなさい。まだ名前と顔を把握できていなくて」
「自己紹介してなかったからね、あたしは竹下聡里」
「サトリ?珍しい名前だね、私は城之内朱里です」
「城之内さんも珍しい苗字だよね」
「そうかな、長いからあまり好きじゃないんだよ」
「城之内さん、モテるでしょ」
「えぇ、全然だよ。告白とかされたことないもん」

 嫌味のない笑顔で答える。
 そこらの女子が同じ事を言ったら「こいつうざい」と思われるが、美少女が言うと「可愛すぎるから告白する男はいないんだ」と思われそうだ。

「城之内さんはさ」
「朱里でいいよ」
「朱里ちゃんはさ、好きなタイプってあんの?」
「好みのタイプかぁ…んー」

 顎に手を当て、目を瞑って考え込む。
 男友達がいないと言っていたから過去に彼氏なんて恐らくいなかっただろう。
 もし今までに彼氏がいたら、精神的ダメージは大きい。過去のことは仕方ないと思えるような器は幸雄になかった。

「私、男子に嫌われてたみたいだから、好きな人もできたことないの。だからタイプって言われても....うーん」

 嫌われていたわけではないだろう。話しかけたくても恥ずかしくて話しかけられない気持ちは、幸雄も共感する。
 話しかけようと思っても、男子からは「抜け駆けかよ」と睨まれ、女子からは「下心見えすぎ」と睨まれる結末が予想できる。

「へえ、朱里ちゃん可愛いのにね」
「えへへ、そうかな、ありがとう」
「実は今日、ちょっとだけお化粧してるんだよ。お母さんが、第一印象は大事だって言って...えへへ」

 すべてあざといようであざとくない。
 本物の美少女はレベルが違う。
 一人で納得していると、朱里と目が合った。

「あ、白井くん」
「は、はい!」
「昨日、私の家に生徒手帳忘れてたよ」
「えっ、そうなの?」

 生徒手帳を持っているかどうかを普段チェックしないため、今持っているか持っていないかなんて分からない。
 それにしても、生徒手帳はいつも鞄の中に入れているから、忘れるなんてないはずだが、いつ落としたのだろうか。
 もしかして、家に運んだのはいいが、念のため身元を確認するために鞄を漁ったのか。見ず知らずの男を家に入れたのだから、身元くらい確認するか。

「今日、家に取りに来る?」
「いいの?」
「うん、本当は持って来ようとしたんだけど、忘れてて自分の生徒手帳だけ鞄に入れてたの。ごめんね」
「や、いいよ。じゃあ今日一緒に帰らない?城之内さんの家って俺の帰り道だし」
「ちょっと、今日はあたしと帰るんじゃなかったの?」

 横から聡里がじとっと睨みつける。
 聡里と一緒に帰る約束なんてしていない。

「まさか忘れたとか言わないでしょうね。昨日、カフェに連れてってくれるって言ったでしょ、この前のお礼で」

 そういえば、この前のテストでノートを全部コピーさせてもらったので、そのお礼として今日カフェで奢るという約束をしていた。
 幸雄としては朱里と一緒に帰りたいし家に行きたいのが本音だ。しかし先約があったのを思い出してしまった。

「白井くん、もしかして今日用事があったの?」
「う、うん。本当にごめん、明日でいいかな?」
「うん、大丈夫だよ。先約があるなら仕方ないよ、明日持ってくるね」
「う、うん…お願いします」

 幸雄は、明日もうっかり忘れてきますようにと祈った。