「そうよ、あの女さえいなければ、あの女さえいなければ」

 背筋がゾッとするような顔でぶつぶつと呟く。

「おい、聡里、大丈夫か?取り合えず保健室に行こうぜ、な?」
「お前も、どうしてあの女なの!あんなの顔が良いだけの性格ブスだろ!!!いや、顔も醜い、性格クズの顔面ブスだ!!!」

 これも自分のせいなのだろうか。

 ギャンギャンと喚く聡里を前に、どうしたらいいかわからなかった。
 声はきっと届いていない、返事がない。
 階段を使う生徒や教師はいなかったため、助けは求められなかった。

「白井くん!!!」

 聡里の友人が髪を乱しながら必死に走ってきた。

「聡里は!?」
「ここにいる!」

 足音をたててここまで走る友人の姿にホッと胸を撫で下ろした。
 息を切らして聡里の様子を見た友人は目を見開いた。

「聡里?」
「あたしのはずなのに、あたしのはずなのに」

 普段の聡里とは明らかに違う様子を目の当たりにし、ゴクリと友人の喉が鳴った。

「さっきからずっとこんな感じで、俺が何言っても返事がないんだ」
「そうなんだ、これは保健室に連れていった方がいいね」
「うん」

 漸くその友人にバトンタッチすることができた。

「聡里、保健室に行こう?」
「何で、あたしじゃ….」
「聡里、大丈夫だから保健室に行こう。歩ける?」
「あの女は性格が悪い、悪魔だ、クズだ」

 友人に背を軽く押されても歩こうとしない。
 ピクリとも動かない聡里に友人も困っている様子だった。

「おい、聡里ってば」

 幸雄が声をかけると聡里は振り向いた。

「うるさい!!元はと言えばお前があたしを選ばないから!!あの女なんかに惚れやがって、よりにもよってあんな女に!!」

 それまでぶつぶつと言ってるだけだった聡里が急に声を荒げた。

「お前が!!お前が!!」

 再び鬼の形相で睨みつける聡里に、思わず一歩後ずさる。
 今にも飛びかかってきそうで、どうしたらいいのか考えていると、急に体の力が抜けたかのように倒れた。

 急いで聡里に駆け寄り、体を起こす。
 聡里の友人は「保健室に連れて行く」と言い、聡里を背負い始めた。

「ちょ、俺が背負うよ」
「大丈夫」
「でも、聡里がそうなったのは俺のせいかもしれないし」
「いや、それは違うと思う」
「えっ、でも」
「とにかく、わたしは聡里を保健室に連れて行く。時間的にホームルームに遅れるかもしれないから、そのときは担任に言っておいて」
「わ、分かった。ありがとう」
「じゃ、よろしく」

 聡里の友人なだけあって、やはりハキハキしている。
 その言葉に甘えることにして教室へ戻った。
 
 教室に戻り、ずっと心配していた天使を探す。

「あっ、白井くん。おはよう」

 何事もなかったようで幸雄は気の抜けた「おはよう」を返した。

「今日は聡里ちゃん、学校に来てるの?鞄が机の上に置いてあるけど」
「あぁ、色々あって今保健室に行ってる」
「そうなんだ、何かあったのかな」
「俺にもよく分からないけど、昨日聡里と何かあった?」
「えっ、特に何もないよ」
「そっか。なんか聡里、随分様子が変だったから」
「私のせいかな...?昨日聡里ちゃんと喋ったから、気分を害したのかも」
「そんなことないよ。あ、先生来たからもうホームルーム始まるかな。俺ちょっと聡里のこと伝えてくるね」

 聡里のことを伝えるため席を立って担任に話しかけた。

 聡里の言った「あの女」「性格悪い」等の発言に対して少し疑問に思っていた。
 聡里があんな状態になったのは自分のせいかもしれないし、朱里のせいかもしれない。

 後で保健室に、様子を見に行ってみよう。
 
 それにしても聡里に何があったのだろうか。
 どんなに悪口を言われてもあそこまで狂ったように豹変したことはなかった。
 相手を怒鳴りつけて喧嘩を売る、どこぞのヤンキーのようになったのを何度か見てきたが、それとはまた別だ。

 原因が分からないまま席に座った。