聡里に朱里のことが好きだと伝えた、その翌日、担任に頼まれて社会科準備室に世界地図を取りに行こうと人が少ない階段を下りていた。

 理由はよく分からないが、聡里は最近あまり好ましくない態度を朱里にとっている。
 今この瞬間も、酷いことを言ってなければいいな。

 朱里と聡里のことを考えていると、知った声がした。

「あたしは幸雄が好き。あんたはどうなの!」

 叫ぶように、自分の名前が呼ばれた。

 なんだなんだと当事者から見えないように隠れて話を聞いていると、どうやら今考えていた二人がいるらしい。
 しかも聡里は自分のことを好きだと言った。聞き間違いではない。衝撃の事実に思わず口が開く。

 聡里をそういう目で見たことはないし、ただの女友達だと思っている。それ以上でも以下でもない。
 だが聡里は違ったようだ。いつからだろうか。続きが聞きたいような、聞いてはいけないような、複雑な気持ちだ。

 そして、朱里が現れてからの聡里の様子を察した。
 自分が朱里を可愛い可愛いと言っていたから焦っていたのか。

「わ、私は...」

 朱里が口を開いたと同時に、幸雄は冷や汗をかいた。
 待って待って、待ってくれ。

 今、聡里は朱里にどうなのと聞いていた。どうなのとは、幸雄についてどう思っているか。つまり朱里が今から言う言葉は百パーセント幸雄に対する恋愛感情についてだ。
 まだ告白すらしていないのに振られたくない。
 その一心で二人の元へ飛び出した。

 幸雄には「城之内さんに振られたくない。答えを聞きたくない」という思いしかなかった。聡里のことは頭になく、とにかく自分のことを考えていた。
 二人の前に姿を出すと朱里は驚き、聡里に至っては顔を青くしていた。その反応を見て、冷静になる。もしかしたら、出て行かない方がよかったのかもしれない。

「あ、えっと」

 さすがに空気が読めない行動をした、その自覚はある。飛び出していったのはいいが、ここからのことを考えていなかった。

 聡里は何かが弾けたように、走り出した。
 追うべきか分からなかったが取り合えず後を追おうため、朱里の横を通ったのだが、その朱里が幸雄の腕を掴んで止めた。

「待って、白井くん!」
「で、でも」
「今は、追わない方がいいよ」
「どうして?」
「白井くんは、聡里ちゃんが好きなの?」
「い、いや...それは」
「好きなら追うべきだと思う。でも、好きじゃないのなら追わない方が良いと思う」

 聡里を恋愛対象として見たことがない。聡里は女として好きではない。

「聡里ちゃんは、白井くんに告白していないの。私に言っただけなの。この意味、分かる?」
「え、...ごめんなさい、分かりません」
「今白井くんに追われると期待するの。もしかしたら自分のことが好きで追いかけてきてくれたのかも、って」

 想像してみる。追いかける自分と、逃げる聡里。聡里に追いつき、振り向かせて、その瞳に期待が込められている。
 
「だから、今はそっとしてあげるのが良いと思う」

 恋だのなんだのに今まで関わったことがなかった。
 今、この状況でどう動けば良いのか、それすら知らない。
 案の定、聡里を追いかけようとしていた。
 これは良くない選択らしい。
 恋愛経験が豊富であったなら対処できたのだろう。

「私は聡里ちゃんじゃないから、詳しくは知らないけど。でも今は、そっとしておくのが一番だと思うよ」
「そっか、ごめん。ありがとう」
「ううん、私の方こそいきなり腕を掴んでごめんなさい。痛くはなかった?」
「平気だよ」
「良かった」

 そう微笑む朱里はとても美しかった。