目が覚めたら、見知らぬ部屋にいた。
 重い体を半分起しながら、覚めない頭で辺りを見渡して自分の部屋でないことに気づき飛び起きた。

 眠っていたのはベッドらしく、音をたてて起き上がるが一度ふらつき、頭をおさえる。
 再度部屋を見渡すと、クマやウサギのぬいぐるみが置いてあり、可愛らしい雑貨も飾られていたりと、若い女性を連想させる物ばかりが目に入った。

 何故自分はここで眠っていたのだろうか。

 ここへ来るまでの記憶が思い出せない。
 仲が良い女性というと、幼馴染の聡里だが、聡里はこんな女性らしい部屋ではない。
 聡里以外の女性で、部屋を訪れるような関係の女性はいない。

「あら、起きたんですね」

 腕組みをしてこの部屋から出ようか悩んでいると部屋の扉が開かれた。
 女の子らしい声が聞こえたので、勢いよく俯いていた顔を上げる。

「お茶、いかがですか?」

 お嬢様、という言葉が似合う子だった。
 大きな瞳と綺麗な黒髪。控え目なレースを付けたワンピースを着た彼女を天使かと錯覚する程だった。
 こんな子がこの世に存在するんだ、それが彼女の第一印象だった。

 清楚系アイドルグループにもいないような、自然な綺麗さ。
 化粧っ気のない顔だが、目鼻立ちがはっきりしており、天然美人とはまさにこのことだ。
 漆黒の髪は重たい印象を与えず、彼女の綺麗さを際立てる役割を全うしている。手入れの行き届いた髪と、きめ細かい肌が彼女の美を作り上げている。
 彼女に見惚れてぼーっとしていると、困ったように口を開いた。

「あの、お茶は…」
「あっ、お茶ですね!はい!いります!」

 その場に正座し、焦って大きな声を出してしまった。
 くすくす笑いながら歩み寄る彼女は、やはりどこからどう見ても天使だった。
 
「どうぞ、麦茶です」
「あ、ありがとうございます」

 傍にあったテーブルに小さく音をたててグラスが置かれる。
 近くに彼女が来たことにより心臓が忙しく動いた。
 彼女はお茶を置き終えるとテーブルを挟み、向かい側に腰を下ろした。
 目の前に置かれたお茶を飲むべきか迷い、コップに触る。

「私がこんなことを言うのも変な話ですが、聞かないんですか?」
「へっ?」
「ですから、ここにいる経緯とか」
「え、えっと」

 美人に耐性がないため狼狽える。

 クラスでも目立つ方ではないので、可愛い子と話す機会なんて滅多にない。
 それに、こんなレベルの高い女の子はクラスにいない。
 どこを見て話せばいいか分からず、左右に視線を泳がせたり、彼女の顔を見たり、意味もなくお茶を見たりと目玉が忙しく動き回る。

 しかし、経緯は大事だ。どんな経緯で自分はここにいるのか、知りたい。

「あ、えっと、聞かせてください」
「うふふ、もちろんです」

 おかしそうに笑う彼女に思わず鼻の下を伸ばす。

「二時間くらい前、ウチの前で倒れていたんですよ。救急車を呼ぼうと思ったのですが、見たところ寝ているようだったので運んじゃいました」
「そ、そうだったんですね。おかしいな、覚えてないや」

 思い出そうとしてみるが、道端で眠った記憶はない。
 失礼ながらも窓の外を見せてもらったが確かにこの家は帰り道にある。
 今日はいつも通り、学校が終わって帰り道を歩いていたはずだ。
 道端で寝る程疲れてはいないし、睡眠不足でもなかった。
 けれど、目の前の天使がそう言うのだから、道で寝ていたというのは本当なのだろう。

「な、なんか申し訳ないですね。重かったですよね」
「そんなことないですよ、こう見えても力持ちなんです。ちょっと苦戦しましたけどね」

 ペロっと恥ずかしそうに舌を出す少女の破壊力が凄まじく、瞬きが激しくなる。

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は城之内朱里と申します。高校二年生です」
「あ、これはどうもご丁寧に。白井幸雄です、高校二年生です」

 同い年でこの完成度は如何なものか。全国の高校二年女子を敵にまわす程の容姿を持っていながら、礼儀正しいなんてこの子は天使か何かだろうか。
 絶対天からの使者だ。
 自分の中で目の前の女性を天使と位置づけた。

「その制服.....もしかして北高校のですか?」
「え、あ、はい、そうです。えっと、じょ、城之内さんはどこの高校なんですか?」
「うふふ、秘密です」

 人差し指を口に当て、ウインクする姿が様になる。
 そんな仕草をした女子を今まで見たことがなかったが、これをブスがやったら批判ものだろうなと心の中で苦笑した。