「優……ゆう……You……」

 謎の声が頭に響く。割れそうだ。この原因不明の病気は俺が18歳の高校3年生の時に突如として現れた。最初は耳鼻科にかかったが健康そのものだということで、あとは精神病院に行くしかないですね、と医者には冷たく突き放された。そこから俺の人生はめちゃくちゃだ。せっかく勉強を頑張って地元の進学校に進学したのに出席日数ギリギリの成績でなんとか卒業。行きたかった大学にも進学が出来ず、就職も出来なかった。それは幻聴と共に併発した不安障害とかいう病気のせいでもある。外に出るのが怖くなってしまったのだ。人生が真っ暗になった瞬間だった。
 同級生は次々大人への階段を上っていくのに、俺だけが家の中でヤドカリのように閉じこもり、どこへ行くことも出来なかった。

「俺みたいな人間はどうしたらいいんだよ。働けないし、学校へも行けないし! 友達も彼女もできない!」
 女性だったらというと差別みたいに聞こえてしまうかもしれないが、女性なら精神病でも結婚できている人も結構いるような気がするが、男の精神病は外に出て稼げなければ女からはまるで相手にされないのだ。人間扱いすらしてもらえない。
 そんな経験を多くネットでしてきた。あくまで、自分の経験であって、男性の精神病者でも幸せに結婚出来ている無職の孫悟〇みたいな人もいるのかもしれないけれど。
「結婚相談所のお見合い診断か」
 ダメ元でアンケートに答えてみる。趣味はゲームとアニメと動画視聴。なるべく金がかからなくて、家でもできるものだ。年収は0万円と。送信のボタンがスマホの画面に映し出されたのでタッチすると、メールが届いた。俺にもお似合いの相手はいるのだろうか!?


『年収がない人は会員登録できません。就職してからメールを送ってください』


「ふざけんなっ!」
 全てが否定された気がして、暗闇の中、スマホを壊さないように計算しつつ、布団に叩きつけた。
「しかたない、行くか……」
 スマホを拾い上げて駅前の心療内科へと向かう。外に出ると脈が速くなって、背中には冷や汗をかいた。なんとも言いようのない得体の知れない不安感。死んでしまうんじゃないかというくらい体の調子が悪い。医者の話や本で読んだ知識によると10分くらいで発作は収まると書いてあったし、自分でも少しずつコントロール出来てきてはいるのだが慣れない。こんな感じだから電車やエレベーターなどの閉所も苦手で、俺は吐き気を我慢しながら階段を上っていった。

 ドアを開けるとこういうご時世だからなのか普段の病院は患者でいっぱいなのだが、今日はたまたま一人しか来ていなかった。マスクをつけた若い女性だ。はぁ、彼女が欲しいな。そんなことを考えながら、俺も椅子に座った。

「ゆ……う……ゆう……優、優、優!!!!」

 なんだよ、うるさいな。頭が割れそうだ。苦しい。

「鈴木さん! 大丈夫ですか?」
 院長の若い女医が俺の名前を呼ぶ。
 だめだ、横になりたい。そうしたら少しは楽になれそうだ……。

 ……どこだ……ここは?

 上も下もないような不思議な感覚。海の中を漂っているみたいだ。


「わたしは女神ネフューム。ずっとあなたのことを探していました」

 金髪の女神様は白いローブを纏って、空間に浮いていた。

「あんたが俺の病気の原因だったのかよ」
「あ、はい。わたしがあなたの名前を呼び続けていました。そちらの時間で10年くらいでしょうか」
「ふざけんな! お前のせいで、お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ……ぶっ殺してやる!」
「まあまあ、そんなに怒らないでください。こちらにも都合というものがあったのですよ」
「ふざけんなよ……失った時間を返してくれ……」
「はい。それも出来ますが、もっといいものを授けましょう。あなたはこの世界で十分に苦しみました。ですが必要な修行だったのです。病み魔法を使うために。あ、闇魔法ではなく、病と書いて病み魔法です。次は異世界ネフュームで幸せに暮らしてください。わたしの加護を授けましょう。心の病もわたしの加護で良くなっていくはずです。女神の加護です。あなたの病気はみるみるよくなり、病み魔法の力もさらに増すでしょう」

 目が覚めると俺はハリウッドで有名なレッドカーペットのような豪華な赤いカーペットの上に倒れていた。囲むように鉄製の鎧を全身に纏った兵士たちが立っている。
 俺はこれがかの有名な異世界転移かと呆然と座り込んでいた。そういえば、手にやけに柔らかな感触がある。
 視線を落とすと、そこには待合室で座っていた女子高生が横たわっていた。他にも女医の先生も倒れている。どうやら待合室にいた3人が異世界に転移してしまったようだ。

「お主が異世界からやってきた勇者か?」
 宝石の散りばめられた王冠を被り、黄金の杖を手にしている人物は国王か何かだろう。黄金に宝石の散りばめられた豪華なティアラをつけた栗色の髪の女性は好奇心に満ちた視線でこちらを向いている。
「セシリア、セシリア・ブライド! 聖騎士であるあなたが勇者の実力を確かめなさい」
 お姫様はかわいい顔をして残酷なことをいう。剣を持った相手に丸腰で戦えと?

 俺は眠っているふたりを起こさないように、立ち上がり、拳を構えた。夢の中で女神ネフューム様が病み魔法という力をくれた。それを試すチャンスかもしれない。不思議と自信があった。10年間悩まされていた幻聴が聞こえなくなったからだ。女神様のご加護も本当にあるかもしれない。

 ……しかし、病み魔法ってどうやって使うんだ?

 セシリアは剣を構え、こちらの出方を伺っている。先手必勝か、外して死ぬかかもしれない。

「ふんっ!」

 拳を前に突き出すと、赤色の闘気が全身を包み、セシリアの動きはスローモーションに見えた。素早く剣をかわした俺は拳をみぞおちに突きつける。地球だったら鋼鉄の鎧にパンチなんてしたら手から血が出るだけだろうが、俺の拳は鎧を叩き割った。

「これでいいだろ、あんたを無駄に傷つけたくない」
 俺の言葉にセシリアは剣を鞘におさめると王様は満面の笑みで俺に向かって拍手をした。

「素晴らしい力だ。セシリアはこの国でも5本の指に入るつわもの。それをよくぞ見事に倒してみせた。お主こそが勇者だ! 名を聞かせてもらおう」
「俺の名は鈴木優」
「勇者鈴木優よ、魔王討伐の旅に出てもらえないかな?」
「……それって、すぐじゃなきゃダメなんですか?」
「う、うーん、別にすぐにというわけではないが……なるべく早いと嬉しいのう。なにか理由があるのか?」
「わたしは病気なのです。ここで眠っている少女も。もうひとりの大人の女性は医者です。少し療養期間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「そうか。そういうことならばしかたない。厳しい旅になるだろう。病気はしっかりと治療するのが良い」
「なにかありましたら、俺が全力でこの国を守ります」
「ほっほっほっ、気に入ったぞ! では、勇者鈴木優に領地と騎士の称号を授ける。ゆっくりと休むようにな」
 俺はほっと、ため息を吐いた。勝てる算段はあったが100パーセントじゃない。殺される可能性もあった。俺、自分でも信じられないくらい異世界に来て強くなったかもしれないな。