*
〈ユウヤ @ktrmqy7DmFWQ
動物園行ってきました〜。パンダかわいい!〉
「私の写真載せてくれないんだ」
ポストを見た瞬間、つい口から不満が漏れてしまった。ひとりごとは日頃我慢しているつもりなのだけど、やっぱりなにかあるとすぐ出てしまう。特にイライラしたとき。この前も、学校で先生にピアスの穴を指摘されて思い切り舌打ちしてしまった。高校一年生の女子の耳たぶに一ミリの穴が空いてたからってなんだっていうんですか? あなたがとやかく言うからピアスは外してやってんのに、これ以上私になにを求めるんですか? テストは学年一位、無遅刻無欠席で優等生やってますけどほかになんの文句があるんですか? は? は? って、ひとりごとというか思ったこと全部本人に伝えてしまった。また内申落ちたな、でもどーでもいい。私にはそんなことも気にならなくなるくらいの圧倒的学力があるから、結局先生だって私の評価を下げることはできない。
深夜一時、私は新潟に帰るはずだった新幹線に乗らず、東京の真っ暗な住宅街を歩きながらスマホを見つめていた。
これで今夜泊まるところがなくなったわけだけど、手持ちはあるから困ったら漫画喫茶か二十四時間営業のファーストフード店で夜を明かそう。それよりも、だ。私は今イライラしていた。優くんの投稿に。動物園で私と一緒の写真は何枚か撮ったはずなのに、アップしたのはパンダと自分のツーショってどういうことなの。私はパンダ以下かよ。
高校生になって、念願だったバイトをはじめた。お金を貯める目的は優くんに会うためだ。新幹線代と、優くんに見せるための洋服代と、優くんのお母さんへのお土産代。優くんのお母さんは私のお母さんのお姉さんで、私とも仲がいいから、「東京の大学に行きたいから東京見学させて!」と言ってみるとこころよく泊まらせてくれるようになった。目標は月いちで遊びに行くことだ。
そして今日は、一ヶ月ぶりに優くんと会えた日。なのに、優くんにとって私はパンダ以下の存在であることが判明してしまった。
腹が立ったので優くんにDMを送った。気を抜くとヒステリー感が出そうになる。溢れ出る感情をすべて殺して、かわいい年下の従兄妹を演じる。
〈今日は動物園楽しかったね! ポスト見たよ。優くんかわゆ〜。ほかにも画像あったから送るね〉
今さら画像を送ったところでポストを差し替えるわけないとわかっていても、気持ちがおさまらない。画像を見直して、パッと見、私たちが彼氏彼女の雰囲気であることを感じてほしい。私はデートのつもりだったのに誘い方がいけなかったのだろうか。〝動物園行きたい、東京で一番有名なとこ連れてって!〟……あの言葉を間に受けたのか、今日の優くんの態度はにこにこと私に主導権を託すばかりで、あからさまに保護者的立ち位置だったように思う。
私は優くんさえそばにいたらそれでいいのに。勉強だって、合格したら東京の大学に通わせてくれるって親が言ってくれたから今がんばってるのに。
少しずつ優くんに近づいてるのに、優くんはいつまで経っても私を子ども扱いする。
なんなの? これだけかわいい従兄妹がアピールしてるのに私は射程県外ですか? あなたの目は節穴ですか?
真っ暗な道を進む。どんどん気持ちは暗くなる。それでも諦められず、指は今日の私と優くんの写真をたどる。幸せだったはずの、優くんとのデートがぼやけていく。
私の努力は実るのだろうか。虚しい。
「……こいつ、やっぱり見覚えあるんだよなぁ」
ふと指を止め、ある写真を睨みつけた。
トラの檻の前で撮った写真だ。優くんのうしろに女が写り込んでいる。はじめは動物好きのただのひとり客かと思ったけれど、違うらしい。どの写真にも写ってる。ていうかなんなら、女が優くんの写真を隠し撮りしている姿さえある。
キモ。ストーカーかよ。
そういえば、優くんは昨日〝明日はゆめのしま動物園行ってきます。動物園なんて小学生以来だなー〟とポストしていた。ストーカーがそれを見ていたとしたら落ち合うことなんて容易だ。キモいキモい。そして優くんも優くんだ。バカ正直すぎる。優くんはそこそこかっこよくてそこそこモテるんだから、明日どこに行くとかそういう不用意なポストは控えたほうがいいのに。
ストーカー女の顔をじっと睨みつけていると、ようやく思い出した。
この人、最近現れた駆け出しのインフルエンサーだ。美容系のインフルエンサー。今はたしか、フォロワー一万人くらいだっけ。名前は〝MEG〟。
鬱陶しいな。
とりあえず彼女のアカウントに飛び、裏アカで〝フォロワー買ってるくせに有名人気取んな〟とコメントした。みんなから好かれようと必死なくせに、意中の一般人には視界にも入れてもらえずこそこそ付きまとうしかないなんてさみしい女。あーあ、また優くんに近づくようなら対策を考えなきゃ。……それより、今は。
歩いていた足を止めた。
目の前には〝フタバ〟の自宅があった。
彼女はおそらく、いま優くんが気になっている人だ。先月優くんの家に遊びに行ったとき、優くんのスマホを隠れて見ていて気づいた。画像フォルダに女性が撮ったと思わしき写真がたくさん保存されている。そこに時々写っている女性モノの小物にはどれもパンダのキャラクターがついていて、SNSを開けるとおすすめ欄にも同じパンダグッズの写真が流れてきた。それを流しているアカウントの名前は〝フタバ〟。間違いない。優くんはこのアカウントをフォローせず、こっそりチェックして画像を収集している。
そして今日、優くんがあまりにパンダと写真を撮りたがるからさりげなく指摘してみたら、〝パンダが好きな人がいて俺も好きになったんだよね〟と言いのけた。はい確定。
先月から私はフタバのアカウントを調査しはじめた。家の前で撮られたと思わしき画像をもとに、住所を割り出す。優くんの家からたったの数駅だった。近い。元同級生かなにかだな。
〈アンズ @12Pqxw4xcFMx
ライバルのお宅到着〜。外観は普通の一軒家、いや、どっちかというとお金持ちかも。腹立つぅ〜〉
ポストすると、イップレッションはみるみる増えていった。いいね数は数分で百を超えていく。裏アカでは〝年上の従兄妹にいかに接近するか〟をずっと実況してきたから、かなりの追っかけフォロワーがいる。どうするの? 攻め込んでみる? と、コメントもどんどんついていく。私はしばらくその光景を眺めると、SNSを閉じ、フタバの家を見上げた。
私の人生は、恋がすべてだ。
ほかにはなにもいらない。手に余るほどのお金も、名声も名誉もなにもいらない。私はなによりも愛が欲しい。お父さんは仕事で家に帰らず、お母さんは料理教室の先生と不倫中。私は家の中で本物の愛を感じたことがない。愛ってなんだろう。それがあるとなんかいいことあるの?
そんな私に、優くんは小さい頃からやさしく接してくれた。年に一度お母さんと優くんの家に遊びに行くと、優くんは必ず予定を開けて遊びに連れていってくれた。あぁ、これが愛なんだと子どもながらに実感した。それが仮に異性としてではなく家族愛のようなものであったとしても、優くんが私に微笑みかけてくれるだけで胸が温かくなった。
誰でもよかった。私に愛をくれる人なら、誰でも。
だから私は優くんを手に入れてみせる。
どんな手を使ってでも、愛を勝ち取ってみせる。みんなが当たり前に手にしている幸せを私も手に入れる。誰を蹴落としてでも。誰を不幸にしてでも。
愛というものさえあれば、幸せになることができるんだ。いつも笑っている、お母さんみたいに。
門を開け、私は狭山家に一歩足を踏み入れた。
〈ユウヤ @ktrmqy7DmFWQ
動物園行ってきました〜。パンダかわいい!〉
「私の写真載せてくれないんだ」
ポストを見た瞬間、つい口から不満が漏れてしまった。ひとりごとは日頃我慢しているつもりなのだけど、やっぱりなにかあるとすぐ出てしまう。特にイライラしたとき。この前も、学校で先生にピアスの穴を指摘されて思い切り舌打ちしてしまった。高校一年生の女子の耳たぶに一ミリの穴が空いてたからってなんだっていうんですか? あなたがとやかく言うからピアスは外してやってんのに、これ以上私になにを求めるんですか? テストは学年一位、無遅刻無欠席で優等生やってますけどほかになんの文句があるんですか? は? は? って、ひとりごとというか思ったこと全部本人に伝えてしまった。また内申落ちたな、でもどーでもいい。私にはそんなことも気にならなくなるくらいの圧倒的学力があるから、結局先生だって私の評価を下げることはできない。
深夜一時、私は新潟に帰るはずだった新幹線に乗らず、東京の真っ暗な住宅街を歩きながらスマホを見つめていた。
これで今夜泊まるところがなくなったわけだけど、手持ちはあるから困ったら漫画喫茶か二十四時間営業のファーストフード店で夜を明かそう。それよりも、だ。私は今イライラしていた。優くんの投稿に。動物園で私と一緒の写真は何枚か撮ったはずなのに、アップしたのはパンダと自分のツーショってどういうことなの。私はパンダ以下かよ。
高校生になって、念願だったバイトをはじめた。お金を貯める目的は優くんに会うためだ。新幹線代と、優くんに見せるための洋服代と、優くんのお母さんへのお土産代。優くんのお母さんは私のお母さんのお姉さんで、私とも仲がいいから、「東京の大学に行きたいから東京見学させて!」と言ってみるとこころよく泊まらせてくれるようになった。目標は月いちで遊びに行くことだ。
そして今日は、一ヶ月ぶりに優くんと会えた日。なのに、優くんにとって私はパンダ以下の存在であることが判明してしまった。
腹が立ったので優くんにDMを送った。気を抜くとヒステリー感が出そうになる。溢れ出る感情をすべて殺して、かわいい年下の従兄妹を演じる。
〈今日は動物園楽しかったね! ポスト見たよ。優くんかわゆ〜。ほかにも画像あったから送るね〉
今さら画像を送ったところでポストを差し替えるわけないとわかっていても、気持ちがおさまらない。画像を見直して、パッと見、私たちが彼氏彼女の雰囲気であることを感じてほしい。私はデートのつもりだったのに誘い方がいけなかったのだろうか。〝動物園行きたい、東京で一番有名なとこ連れてって!〟……あの言葉を間に受けたのか、今日の優くんの態度はにこにこと私に主導権を託すばかりで、あからさまに保護者的立ち位置だったように思う。
私は優くんさえそばにいたらそれでいいのに。勉強だって、合格したら東京の大学に通わせてくれるって親が言ってくれたから今がんばってるのに。
少しずつ優くんに近づいてるのに、優くんはいつまで経っても私を子ども扱いする。
なんなの? これだけかわいい従兄妹がアピールしてるのに私は射程県外ですか? あなたの目は節穴ですか?
真っ暗な道を進む。どんどん気持ちは暗くなる。それでも諦められず、指は今日の私と優くんの写真をたどる。幸せだったはずの、優くんとのデートがぼやけていく。
私の努力は実るのだろうか。虚しい。
「……こいつ、やっぱり見覚えあるんだよなぁ」
ふと指を止め、ある写真を睨みつけた。
トラの檻の前で撮った写真だ。優くんのうしろに女が写り込んでいる。はじめは動物好きのただのひとり客かと思ったけれど、違うらしい。どの写真にも写ってる。ていうかなんなら、女が優くんの写真を隠し撮りしている姿さえある。
キモ。ストーカーかよ。
そういえば、優くんは昨日〝明日はゆめのしま動物園行ってきます。動物園なんて小学生以来だなー〟とポストしていた。ストーカーがそれを見ていたとしたら落ち合うことなんて容易だ。キモいキモい。そして優くんも優くんだ。バカ正直すぎる。優くんはそこそこかっこよくてそこそこモテるんだから、明日どこに行くとかそういう不用意なポストは控えたほうがいいのに。
ストーカー女の顔をじっと睨みつけていると、ようやく思い出した。
この人、最近現れた駆け出しのインフルエンサーだ。美容系のインフルエンサー。今はたしか、フォロワー一万人くらいだっけ。名前は〝MEG〟。
鬱陶しいな。
とりあえず彼女のアカウントに飛び、裏アカで〝フォロワー買ってるくせに有名人気取んな〟とコメントした。みんなから好かれようと必死なくせに、意中の一般人には視界にも入れてもらえずこそこそ付きまとうしかないなんてさみしい女。あーあ、また優くんに近づくようなら対策を考えなきゃ。……それより、今は。
歩いていた足を止めた。
目の前には〝フタバ〟の自宅があった。
彼女はおそらく、いま優くんが気になっている人だ。先月優くんの家に遊びに行ったとき、優くんのスマホを隠れて見ていて気づいた。画像フォルダに女性が撮ったと思わしき写真がたくさん保存されている。そこに時々写っている女性モノの小物にはどれもパンダのキャラクターがついていて、SNSを開けるとおすすめ欄にも同じパンダグッズの写真が流れてきた。それを流しているアカウントの名前は〝フタバ〟。間違いない。優くんはこのアカウントをフォローせず、こっそりチェックして画像を収集している。
そして今日、優くんがあまりにパンダと写真を撮りたがるからさりげなく指摘してみたら、〝パンダが好きな人がいて俺も好きになったんだよね〟と言いのけた。はい確定。
先月から私はフタバのアカウントを調査しはじめた。家の前で撮られたと思わしき画像をもとに、住所を割り出す。優くんの家からたったの数駅だった。近い。元同級生かなにかだな。
〈アンズ @12Pqxw4xcFMx
ライバルのお宅到着〜。外観は普通の一軒家、いや、どっちかというとお金持ちかも。腹立つぅ〜〉
ポストすると、イップレッションはみるみる増えていった。いいね数は数分で百を超えていく。裏アカでは〝年上の従兄妹にいかに接近するか〟をずっと実況してきたから、かなりの追っかけフォロワーがいる。どうするの? 攻め込んでみる? と、コメントもどんどんついていく。私はしばらくその光景を眺めると、SNSを閉じ、フタバの家を見上げた。
私の人生は、恋がすべてだ。
ほかにはなにもいらない。手に余るほどのお金も、名声も名誉もなにもいらない。私はなによりも愛が欲しい。お父さんは仕事で家に帰らず、お母さんは料理教室の先生と不倫中。私は家の中で本物の愛を感じたことがない。愛ってなんだろう。それがあるとなんかいいことあるの?
そんな私に、優くんは小さい頃からやさしく接してくれた。年に一度お母さんと優くんの家に遊びに行くと、優くんは必ず予定を開けて遊びに連れていってくれた。あぁ、これが愛なんだと子どもながらに実感した。それが仮に異性としてではなく家族愛のようなものであったとしても、優くんが私に微笑みかけてくれるだけで胸が温かくなった。
誰でもよかった。私に愛をくれる人なら、誰でも。
だから私は優くんを手に入れてみせる。
どんな手を使ってでも、愛を勝ち取ってみせる。みんなが当たり前に手にしている幸せを私も手に入れる。誰を蹴落としてでも。誰を不幸にしてでも。
愛というものさえあれば、幸せになることができるんだ。いつも笑っている、お母さんみたいに。
門を開け、私は狭山家に一歩足を踏み入れた。