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〈MEG @u03CUP6zPfiw
今日は美容院行ってました。前回よりちょっとアッシュ入れた! 色味どうかな、ちゃんと写ってる?〉
「なぁんちゃって」
自分のポストにツッコんでしまった。私は昔からひとりごとを言う癖があるのだけれど、ひとりで虚空に向かってつぶやくなんて話し相手のいないさみしい女の典型だから、まわりに人がいないときだけに留めている。いい女のまわりには常に人がいる。ぼっちになる瞬間なんて一秒もないほど友達や恋人に囲まれて賑わっている。だから私はひとりごとなんて言うはずがないのだ。唯一、ひとりごとを許可されている場所はここ、大学入学と同時にひとり暮らしをはじめた家賃五万二千円の我がアパートの中だけ。大丈夫、ちゃんと理性は働いている。私は孤独なんかじゃない。さみしい女にはならない、絶対に。
深夜一時、私はベッドの上に寝そべり、真っ暗な自室でスマホを見つめていた。
明日は一限から授業があるのだけど、正直どうでもよかった。なんなら一日くらい休んだってかまわない。それより大事なのはSNSだ。〝投稿が拡散されやすいのは何時と何時〟なんてIT関係のすごい人が言っていたけれど、私はだいたいその時間を逃してしまう。今日も櫛についた髪の毛を掃除していたらハマり出してしまい、気づけば夜の一時になっていた。バズるには時間的に遅すぎる、けど、更新はしなければ。
六ヶ月前に髪を切ったときの写真を撮り溜めていたので、髪色を変えて投稿した。最近のアプリは優秀で、自撮り写真の髪の毛だけをいろんな色に変えてくれる。ひと月に一度髪を染め直す私は、どこからどう見ても美を追求するおしゃれのエキスパートだろう。美容院代だってバカにならないのだからうまく立ち回らなくちゃいけない。
まだインフルエンサーと呼ばれるにはほど遠いけれど、一万人のフォロワーの中から何人がこのポストに反応してくれるかを見守る。そうしながら、私は今夜送られてくるであろう狭山双葉からのDMを待っていた。
先ほど、〝彼〟が今日動物園に行ったという投稿をしていた。だから双葉は必ず私に連絡してくる。今夜はそれを読むまで眠れない。彼女の第一声が楽しみでしかたなかった。
双葉とは高校の頃からの腐れ縁だ。双葉と出会ったときのことはよく覚えている。肌はツヤツヤ、唇はぽってり、毛量の多い地まつ毛は瞬きのたびに微風を生み出していた。間違いなくクラスいち、いや、学校いちの美少女だった。
正直、双葉と一緒にいるのはつらかった。彼女の横にいると私は彼女の引き立て役にならざるを得なかったから。双葉は顔に似合わず性格が暗くて、私以外に友達がいなかったから一緒にいてあげたけど、おかげで私の高校生活は双葉に対する嫉妬で散々なものになってしまった。
〝狭山さんって彼氏いるか知ってる?〟〝今度ご飯会しようよ。狭山さんも誘って〟〝狭山さんにこの手紙渡してくれないかな〟——はいはい、狭山さん狭山さん。私は狭山さんに近づくための仲介業者なんですね。でもいくらうちの高校はバイト禁止だからって、人を無償で働かせるのはいかがなものかしら。託された手紙は、廊下の角を曲がった瞬間に散り散りに破いて捨ててやった。
そんなこんなで三年間痛めつけられた私だから、今度、彼女にこのセリフを言うことをとてもとても楽しみにしている。
〝ごめんね。私、本当は高校のとき優弥に告られて、今日までずっと付き合ってたの。でも双葉があまりにも優弥のこと気に入ってたみたいだったから言えなかった。本当にごめんなさい〟
そう伝えたら、双葉はどんな顔をするだろう。
泣く? 卒倒する? それとも、双葉は私のことを純粋に好いていてくれてるから、案外涙を堪えて喜んでくれるかもしれない。
そのリアクションを自分の目で見たいから、この件を話すときは直接会って、と決めている。DMやLINEではだめだ。会って、対面で座って、ほかに邪魔する人もいない、そんな環境がベスト。双葉の家に遊びに行ったときなんかがいいだろう。
深夜一時過ぎ。そろそろ双葉からメッセージが来る頃だ。〝優弥くんって絶対彼女いるよね? 死にたい〟なんて泣き言を言ってくるに違いない。目をこすりながら睡魔と戦う。
ほら、来た。
『優弥くんって絶対彼女いるよね? 死にたい』
にやにやしながらSNSをいったん閉じ、画像フォルダを開く。キリン、ライオン、アライグマ、いろいろな動物たちと優弥のツーショット。今日はこれでもかというほど写真を撮った。中でもパンダが一番好きらしくて、パンダの横でダブルピースをする彼は本当にかわいかった。
双葉の泣き言の返信として、この画像を送ってやりたい。そのあと〝あっ、ごめん間違えた!〟なんてメッセージを送るとすぐさま双葉から電話がかかってくるから、私は笑いを堪えながら彼女に謝るのだ。〝優弥と今日動物園デートをしていたのは私なの、ごめんね〟。でもそれは今じゃない。会って伝えないと双葉の反応が見られない。それに、日が経てば経つほど失恋のダメージは大きいというものだ。
『またストーキングしてんの? くだらないこと言ってないで早く寝なよ』
『無理。優弥くんのポスト見た? 大学一年生の健全な男子が動物園に親だの男友達だのと行くわけないよね。終わった、私の恋は散り果てた』
『今確認したよ。まぁ、三連休だったんだから普段行かないところに行くこともあるでしょ。年下の親戚が上京してきてて、観光がてら一緒に動物園に行ったってことにしときなよ。知らんけど』
今確認したというか、優弥のアカウントは裏アカで監視してるから最初から知ってた。でも〝興味はないけど双葉が言うから確認したよ〟というスタンスにしないと私と優弥の関係がバレてしまう。双葉にすべてを告白するまでは、一ミリたりとも匂わせなんかしたくない。
そのあと双葉に『もっと現実的なパターンちょうだい』などと言われ、百とおりほどの〝原田優弥が動物園に行った理由〟を提案したところでようやくやり取りが終わった。ふう、と息を吐く。ホーム画面に戻り自分のポストを見ると、いいねは二十になっていた。一万人のフォロワーのうち、反応してくれた人は一パーセントにも満たない。といっても、一万人のうちのほとんどが業者から買ったフォロワーだから、反応が少ないのも当然か。
承認欲求という言葉があるけれど、私はそれが悪いことだとは思わない。
だって、他者からの承認を得ることこそが人間の生きるモチベーションなのだから。生きがいなのだから。みんなもそうでしょ? それがあるから私は私でいられるし、〝MEG〟は〝岩永恵〟でいられる。
私は双葉に勝つ。双葉よりもてはやされて、双葉にも羨ましがられる女になる。もう高校時代には戻らない。それが私の生きる目的。
どんな手段を使ってでも、私はいい女になってみせる。
〈MEG @u03CUP6zPfiw
今日は美容院行ってました。前回よりちょっとアッシュ入れた! 色味どうかな、ちゃんと写ってる?〉
「なぁんちゃって」
自分のポストにツッコんでしまった。私は昔からひとりごとを言う癖があるのだけれど、ひとりで虚空に向かってつぶやくなんて話し相手のいないさみしい女の典型だから、まわりに人がいないときだけに留めている。いい女のまわりには常に人がいる。ぼっちになる瞬間なんて一秒もないほど友達や恋人に囲まれて賑わっている。だから私はひとりごとなんて言うはずがないのだ。唯一、ひとりごとを許可されている場所はここ、大学入学と同時にひとり暮らしをはじめた家賃五万二千円の我がアパートの中だけ。大丈夫、ちゃんと理性は働いている。私は孤独なんかじゃない。さみしい女にはならない、絶対に。
深夜一時、私はベッドの上に寝そべり、真っ暗な自室でスマホを見つめていた。
明日は一限から授業があるのだけど、正直どうでもよかった。なんなら一日くらい休んだってかまわない。それより大事なのはSNSだ。〝投稿が拡散されやすいのは何時と何時〟なんてIT関係のすごい人が言っていたけれど、私はだいたいその時間を逃してしまう。今日も櫛についた髪の毛を掃除していたらハマり出してしまい、気づけば夜の一時になっていた。バズるには時間的に遅すぎる、けど、更新はしなければ。
六ヶ月前に髪を切ったときの写真を撮り溜めていたので、髪色を変えて投稿した。最近のアプリは優秀で、自撮り写真の髪の毛だけをいろんな色に変えてくれる。ひと月に一度髪を染め直す私は、どこからどう見ても美を追求するおしゃれのエキスパートだろう。美容院代だってバカにならないのだからうまく立ち回らなくちゃいけない。
まだインフルエンサーと呼ばれるにはほど遠いけれど、一万人のフォロワーの中から何人がこのポストに反応してくれるかを見守る。そうしながら、私は今夜送られてくるであろう狭山双葉からのDMを待っていた。
先ほど、〝彼〟が今日動物園に行ったという投稿をしていた。だから双葉は必ず私に連絡してくる。今夜はそれを読むまで眠れない。彼女の第一声が楽しみでしかたなかった。
双葉とは高校の頃からの腐れ縁だ。双葉と出会ったときのことはよく覚えている。肌はツヤツヤ、唇はぽってり、毛量の多い地まつ毛は瞬きのたびに微風を生み出していた。間違いなくクラスいち、いや、学校いちの美少女だった。
正直、双葉と一緒にいるのはつらかった。彼女の横にいると私は彼女の引き立て役にならざるを得なかったから。双葉は顔に似合わず性格が暗くて、私以外に友達がいなかったから一緒にいてあげたけど、おかげで私の高校生活は双葉に対する嫉妬で散々なものになってしまった。
〝狭山さんって彼氏いるか知ってる?〟〝今度ご飯会しようよ。狭山さんも誘って〟〝狭山さんにこの手紙渡してくれないかな〟——はいはい、狭山さん狭山さん。私は狭山さんに近づくための仲介業者なんですね。でもいくらうちの高校はバイト禁止だからって、人を無償で働かせるのはいかがなものかしら。託された手紙は、廊下の角を曲がった瞬間に散り散りに破いて捨ててやった。
そんなこんなで三年間痛めつけられた私だから、今度、彼女にこのセリフを言うことをとてもとても楽しみにしている。
〝ごめんね。私、本当は高校のとき優弥に告られて、今日までずっと付き合ってたの。でも双葉があまりにも優弥のこと気に入ってたみたいだったから言えなかった。本当にごめんなさい〟
そう伝えたら、双葉はどんな顔をするだろう。
泣く? 卒倒する? それとも、双葉は私のことを純粋に好いていてくれてるから、案外涙を堪えて喜んでくれるかもしれない。
そのリアクションを自分の目で見たいから、この件を話すときは直接会って、と決めている。DMやLINEではだめだ。会って、対面で座って、ほかに邪魔する人もいない、そんな環境がベスト。双葉の家に遊びに行ったときなんかがいいだろう。
深夜一時過ぎ。そろそろ双葉からメッセージが来る頃だ。〝優弥くんって絶対彼女いるよね? 死にたい〟なんて泣き言を言ってくるに違いない。目をこすりながら睡魔と戦う。
ほら、来た。
『優弥くんって絶対彼女いるよね? 死にたい』
にやにやしながらSNSをいったん閉じ、画像フォルダを開く。キリン、ライオン、アライグマ、いろいろな動物たちと優弥のツーショット。今日はこれでもかというほど写真を撮った。中でもパンダが一番好きらしくて、パンダの横でダブルピースをする彼は本当にかわいかった。
双葉の泣き言の返信として、この画像を送ってやりたい。そのあと〝あっ、ごめん間違えた!〟なんてメッセージを送るとすぐさま双葉から電話がかかってくるから、私は笑いを堪えながら彼女に謝るのだ。〝優弥と今日動物園デートをしていたのは私なの、ごめんね〟。でもそれは今じゃない。会って伝えないと双葉の反応が見られない。それに、日が経てば経つほど失恋のダメージは大きいというものだ。
『またストーキングしてんの? くだらないこと言ってないで早く寝なよ』
『無理。優弥くんのポスト見た? 大学一年生の健全な男子が動物園に親だの男友達だのと行くわけないよね。終わった、私の恋は散り果てた』
『今確認したよ。まぁ、三連休だったんだから普段行かないところに行くこともあるでしょ。年下の親戚が上京してきてて、観光がてら一緒に動物園に行ったってことにしときなよ。知らんけど』
今確認したというか、優弥のアカウントは裏アカで監視してるから最初から知ってた。でも〝興味はないけど双葉が言うから確認したよ〟というスタンスにしないと私と優弥の関係がバレてしまう。双葉にすべてを告白するまでは、一ミリたりとも匂わせなんかしたくない。
そのあと双葉に『もっと現実的なパターンちょうだい』などと言われ、百とおりほどの〝原田優弥が動物園に行った理由〟を提案したところでようやくやり取りが終わった。ふう、と息を吐く。ホーム画面に戻り自分のポストを見ると、いいねは二十になっていた。一万人のフォロワーのうち、反応してくれた人は一パーセントにも満たない。といっても、一万人のうちのほとんどが業者から買ったフォロワーだから、反応が少ないのも当然か。
承認欲求という言葉があるけれど、私はそれが悪いことだとは思わない。
だって、他者からの承認を得ることこそが人間の生きるモチベーションなのだから。生きがいなのだから。みんなもそうでしょ? それがあるから私は私でいられるし、〝MEG〟は〝岩永恵〟でいられる。
私は双葉に勝つ。双葉よりもてはやされて、双葉にも羨ましがられる女になる。もう高校時代には戻らない。それが私の生きる目的。
どんな手段を使ってでも、私はいい女になってみせる。