〈ユウヤ @ktrmqy7DmFWQ
動物園行ってきました〜。パンダかわいい!〉
「誰と行ったんだよ、誰とぉ」
気づくとスマホに話しかけていた。同時に、部屋に響いた自分の湿っぽい声に驚愕した。昨夜、リビングでテレビのコメンテーターに相槌を打っていたお母さんに「中の人と友達じゃないんだから」なんて言って笑っていた私だけど、どうやら私も同じ部類の人間になってしまったらしい。不覚だ。オバサンと呼ばれる年齢になるまでは絶対、デジタル機器に話しかける人間になんかならないと誓っていたのに。
深夜一時、私はベッドの上に寝そべり、真っ暗な自室でスマホを見つめていた。
気づけばもう真夜中だ。明日は一限から授業があるから十一時には寝るはずだったのに、もうこんな時間とは泣けてくる。寝る前のネットサーフィンほど無駄なものはない。寿命を無意に消費しているだけ。生産性もない。だからといって、早く寝ても明日の一限でうたた寝しないという保証なんてないし、〝早起きは三文の徳〟という言葉のとおり、朝っぱらから優弥くんよりすてきな男性とめぐり会える気もしていないのだけど。
優弥くんは高校の頃の同級生だ。同級生といっても同じクラスになったことはなくて、私が一方的に知っているだけ。話したこともなければ面識もなし。彼は私が彼のことを〝優弥くん〟などと馴れ馴れしく下の名前で呼んでいることも知らないし、私、狭山双葉という人物が同じ高校にいたという事実さえ知らないだろう。
なのになぜ私が大学生になった今も優弥くんのSNSを追い続けているかというと、単純に彼のことが忘れられないからだ。
高校一年の頃の体育祭で、はじめて優弥くんと出会った。ていうか見かけた。優弥くんは一年生の応援団員で、厚くもなく薄くもないちょうどいい具合の胸板を突き出し、グラウンドの中央で全力で叫んでいた。
あのときのこめかみに光る汗と凛々しい瞳、そして引き締まった上腕二頭筋が目に焼きついて離れない。人生はじめての一目惚れだった。
体育祭が終わり、私は教室で制服に着替えながら次に彼と会えるのはいつだろうと考えていた。でも無理だ。高校に入学してから体育祭までの五ヶ月間、私は彼に会った覚えがない。だから今後も見かける可能性は低い。それどころか、二年生のクラス替えで同じクラスにでもならない限り、二度とお目にかかれないかもしれない。そんなの悲しい。ジャージを丸めて体操袋に突っ込みながら、あれこれと考えた。走り幅跳びをしたときに体操服についた砂がすそから溢れてさらさらと上履きに降りかかる。どうしたらいいんだろう。どうしたら彼に近づける?
そして私は帰りの電車の中で、〝彼はSNSをやっているかもしれない〟というすばらしい発想にたどり着いた。唯一フォローしている友人の恵のアカウントを開き、彼女のつながりからクラスの女子のアカウントへ飛んだ。そこからさらに他クラスの生徒のアカウントへと飛んでいく。そうして小一時間ネットの波を泳ぎ続け、私はとうとう優弥くんのアカウントを割り出した。
そして今、私は毎日彼のアカウントを観察している。
苦節三年の片思いだ。
『優弥くんって絶対彼女いるよね? 死にたい』
耐えられなくなって恵にDMを送った。
彼女はいつも二時に寝る。そして起きている限りは必ず私のメッセージに即レスしてくれる。私はぼっちの中のぼっち、恵しか友達がいない、さみしい女なのだと理解してくれているからこそ、彼女はそのやさしさでかまってくれている。
ベッドの上で左右に寝返りを打ちながら悶えていると、不意にスマホが、ぽん、と音をあげてメッセージを映し出した。
ほら、来た。
『またストーキングしてんの? くだらないこと言ってないで早く寝なよ』
『無理。優弥くんのポスト見た? 大学一年生の健全な男子が動物園に親だの男友達だのと行くわけないよね。終わった、私の恋は散り果てた』
『今確認したよ。まぁ、三連休だったんだから普段行かないところに行くこともあるでしょ。年下の親戚が上京してきてて、観光がてら一緒に動物園に行ったってことにしときなよ。知らんけど』
『なにその妄想、無理がありすぎる。もっと現実的なパターンちょうだい』
恵は高校の頃のクラスメイトで、大学が離れた今も私の闇を生暖かく見守っていてくれる。私が三年もの間不毛な片思いをしているなんて、とてもじゃないけどほかの友達には話せない。ほかに友達いないけど。
どうして私はこんなに優弥くんに執着してしまうんだろう。
優弥くんのアカウントが更新されれば〝彼女といるのかな〟などと落ち込み、更新されなければ〝彼女といるのかな〟などと落ち込む。結局落ち込んでる、なんだこのスパイラルは。財宝が眠っていると噂の洞窟に忍び込み、「もう宝物は勇者たちが手に入れて持って帰ったらしいよ」と先行の冒険者に教えられても、まだ右に進むか左に進むか迷っている。どっちの道に進んでも行き着く先には博打に敗れた冒険者たちの亡骸しかない。わかってる、今の私はどうあがいても幸せにならない。なのに私の親指は一分おきに、優弥くんのあざとかわいい猫のアイコンをタップしてしまう。
涙をパジャマの袖で拭きながら再度寝返りを打った。ちなみに私がジャージ派からパジャマ派になったのは、優弥くんが〝パジャマ女子ってきゅんってするよね〟と投稿していた影響である。パジャマ女子って誰のことだよ。どうせパジャマ女子界隈全体のことを言ってるんじゃなくて、ある特定の女を想像してんだろ。
〈フタバ @C4cI2PVPvT9t
今日も生きてる心地がしない〉
心の声をコンマの速さでポストした。優弥くんを監視するために作ったアカウントだけど、気づけばただの病みアカウントになっている。痛々しい。最初は投稿する予定なんてなかったはずなのに、この場所で自分の気持ちを吐露するようになったのはいつからだろう。どこかに吐き出さないとやってられない。この気持ちを体の中に押し込めていたら、胃液でも胆汁でも消化されずにいつかヘドロとなって、体中の内臓に蓄積されてしまう。
スマホを枕元に放り出して目をつむった。でも眠れそうにない。明日の一限は間に合うだろうか。今日までちょいちょい休んでいるから、単位のためにも休むわけにはいかないのだけれど。
あぁ、今夜は長い夜になりそうだ。
動物園行ってきました〜。パンダかわいい!〉
「誰と行ったんだよ、誰とぉ」
気づくとスマホに話しかけていた。同時に、部屋に響いた自分の湿っぽい声に驚愕した。昨夜、リビングでテレビのコメンテーターに相槌を打っていたお母さんに「中の人と友達じゃないんだから」なんて言って笑っていた私だけど、どうやら私も同じ部類の人間になってしまったらしい。不覚だ。オバサンと呼ばれる年齢になるまでは絶対、デジタル機器に話しかける人間になんかならないと誓っていたのに。
深夜一時、私はベッドの上に寝そべり、真っ暗な自室でスマホを見つめていた。
気づけばもう真夜中だ。明日は一限から授業があるから十一時には寝るはずだったのに、もうこんな時間とは泣けてくる。寝る前のネットサーフィンほど無駄なものはない。寿命を無意に消費しているだけ。生産性もない。だからといって、早く寝ても明日の一限でうたた寝しないという保証なんてないし、〝早起きは三文の徳〟という言葉のとおり、朝っぱらから優弥くんよりすてきな男性とめぐり会える気もしていないのだけど。
優弥くんは高校の頃の同級生だ。同級生といっても同じクラスになったことはなくて、私が一方的に知っているだけ。話したこともなければ面識もなし。彼は私が彼のことを〝優弥くん〟などと馴れ馴れしく下の名前で呼んでいることも知らないし、私、狭山双葉という人物が同じ高校にいたという事実さえ知らないだろう。
なのになぜ私が大学生になった今も優弥くんのSNSを追い続けているかというと、単純に彼のことが忘れられないからだ。
高校一年の頃の体育祭で、はじめて優弥くんと出会った。ていうか見かけた。優弥くんは一年生の応援団員で、厚くもなく薄くもないちょうどいい具合の胸板を突き出し、グラウンドの中央で全力で叫んでいた。
あのときのこめかみに光る汗と凛々しい瞳、そして引き締まった上腕二頭筋が目に焼きついて離れない。人生はじめての一目惚れだった。
体育祭が終わり、私は教室で制服に着替えながら次に彼と会えるのはいつだろうと考えていた。でも無理だ。高校に入学してから体育祭までの五ヶ月間、私は彼に会った覚えがない。だから今後も見かける可能性は低い。それどころか、二年生のクラス替えで同じクラスにでもならない限り、二度とお目にかかれないかもしれない。そんなの悲しい。ジャージを丸めて体操袋に突っ込みながら、あれこれと考えた。走り幅跳びをしたときに体操服についた砂がすそから溢れてさらさらと上履きに降りかかる。どうしたらいいんだろう。どうしたら彼に近づける?
そして私は帰りの電車の中で、〝彼はSNSをやっているかもしれない〟というすばらしい発想にたどり着いた。唯一フォローしている友人の恵のアカウントを開き、彼女のつながりからクラスの女子のアカウントへ飛んだ。そこからさらに他クラスの生徒のアカウントへと飛んでいく。そうして小一時間ネットの波を泳ぎ続け、私はとうとう優弥くんのアカウントを割り出した。
そして今、私は毎日彼のアカウントを観察している。
苦節三年の片思いだ。
『優弥くんって絶対彼女いるよね? 死にたい』
耐えられなくなって恵にDMを送った。
彼女はいつも二時に寝る。そして起きている限りは必ず私のメッセージに即レスしてくれる。私はぼっちの中のぼっち、恵しか友達がいない、さみしい女なのだと理解してくれているからこそ、彼女はそのやさしさでかまってくれている。
ベッドの上で左右に寝返りを打ちながら悶えていると、不意にスマホが、ぽん、と音をあげてメッセージを映し出した。
ほら、来た。
『またストーキングしてんの? くだらないこと言ってないで早く寝なよ』
『無理。優弥くんのポスト見た? 大学一年生の健全な男子が動物園に親だの男友達だのと行くわけないよね。終わった、私の恋は散り果てた』
『今確認したよ。まぁ、三連休だったんだから普段行かないところに行くこともあるでしょ。年下の親戚が上京してきてて、観光がてら一緒に動物園に行ったってことにしときなよ。知らんけど』
『なにその妄想、無理がありすぎる。もっと現実的なパターンちょうだい』
恵は高校の頃のクラスメイトで、大学が離れた今も私の闇を生暖かく見守っていてくれる。私が三年もの間不毛な片思いをしているなんて、とてもじゃないけどほかの友達には話せない。ほかに友達いないけど。
どうして私はこんなに優弥くんに執着してしまうんだろう。
優弥くんのアカウントが更新されれば〝彼女といるのかな〟などと落ち込み、更新されなければ〝彼女といるのかな〟などと落ち込む。結局落ち込んでる、なんだこのスパイラルは。財宝が眠っていると噂の洞窟に忍び込み、「もう宝物は勇者たちが手に入れて持って帰ったらしいよ」と先行の冒険者に教えられても、まだ右に進むか左に進むか迷っている。どっちの道に進んでも行き着く先には博打に敗れた冒険者たちの亡骸しかない。わかってる、今の私はどうあがいても幸せにならない。なのに私の親指は一分おきに、優弥くんのあざとかわいい猫のアイコンをタップしてしまう。
涙をパジャマの袖で拭きながら再度寝返りを打った。ちなみに私がジャージ派からパジャマ派になったのは、優弥くんが〝パジャマ女子ってきゅんってするよね〟と投稿していた影響である。パジャマ女子って誰のことだよ。どうせパジャマ女子界隈全体のことを言ってるんじゃなくて、ある特定の女を想像してんだろ。
〈フタバ @C4cI2PVPvT9t
今日も生きてる心地がしない〉
心の声をコンマの速さでポストした。優弥くんを監視するために作ったアカウントだけど、気づけばただの病みアカウントになっている。痛々しい。最初は投稿する予定なんてなかったはずなのに、この場所で自分の気持ちを吐露するようになったのはいつからだろう。どこかに吐き出さないとやってられない。この気持ちを体の中に押し込めていたら、胃液でも胆汁でも消化されずにいつかヘドロとなって、体中の内臓に蓄積されてしまう。
スマホを枕元に放り出して目をつむった。でも眠れそうにない。明日の一限は間に合うだろうか。今日までちょいちょい休んでいるから、単位のためにも休むわけにはいかないのだけれど。
あぁ、今夜は長い夜になりそうだ。