「でもあなたが教えてくれた灰色の夢は、実際の現場を知らない私にもわかるほど現実味を帯びていて、無意識のうちに思い出しているんだと思ったの。本当のことを話しても、恐ろしく辛い過去の話なんて誰も聞きたがらない。たとえ辛くても前向きになれるような話でもない。思い出してほしくないと、どうやったら忘れたままでいさせられるのか、何度考えて願ったことか」
「…………」
 家族が今まで必死に隠してきたことは、すべて穂香自身のためを思ってのこと。それは重々承知していたとはいえ、穂香の中では消化しきれていない。むしろ沸々と苛立ちさえ覚えているが、それをぐっとこらえる。姉たちを咎める理由が、自分にはないのだから。
 すると、紗栄子が「あのね」といつもと優しい声で続けた。
「この世は嘘や裏切りで埋め尽くされたもので幻滅したと思う。でもこれだけは覚えておいて。お父さんもお母さんも、そして私もあなたのことをずっと愛しているわ。穂香を傷つけたくない、失いたくないと、その一心で嘘をつくことを決めたの。……許してとは言わない。でもこれだけは」
「うん」
 わかってるよ、と答えようとして涙がこぼれる。一度崩れてしまえば止められなくて、言葉が詰まってしまう。答えたいのに、言いたいのに。
「穂香」
 紗栄子が両手を広げると、穂香は震える手で抱きしめる。衰弱していた姿を見てから一度も近付けずにいられたが、ようやく実感した。
 抱きしめ返してくれる優しい腕も、温かい体温も全部、紗栄子が生きている証拠だ。
「……っ、生きていてくれて、よかった……っ!」
 穂香に強く抱きしめられると、紗栄子は優しく包み込むように抱きしめ返す。頬に伝う涙を拭うこともせず、ただただ自分が生きていることを噛みしめた。
「ただいま、穂香」