その後、孝明が警察と救急に連絡をし、山小屋周辺は十一年前のように規制線の黄色いテープが張られた。すっかり夕方に差し掛かった山奥は暗く、駆けつけた車のライトが異様に眩しかった。
 何事かと周辺住民の野次馬が押し寄せる中、ようやく足枷が外れた紗栄子は先に病院へ搬送されていった。大きな怪我はないものの、意識が朦朧としているのが気がかりだったが、穂香はその場に留まり、両親に連絡して病院に向かってもらうように言った。
 また事情聴取では、孝明と和香子は十一年前の児童誘拐監禁事件について包み隠さず話し、今回の失踪事件が関係していることを説明したうえで自首。鈴乃もその場で逮捕された。
 警察車両に乗せられる直前、穂香は鈴乃に「なぜ監禁だったのか」と問いかけた。
 恐喝して閉じ込めただけでは、口を封じしたとはいえない。しかし、小屋の中にはコンビニ弁当やペットボトルが散乱していた。おそらく半年前に監禁してからずっと、鈴乃が与えていたものだろう。アルバイトだと偽ってここにきていたのかもしれない。そこまでする理由は、本当に脅しだけだったのだろうか。
 鈴乃は泣き腫らした目を穂香から逸らして答える。
「友達の大切な人に手をかけることなんてできないよ。私は穂香も大切だったから」
 実に安直だが、鈴乃だからと納得させられる理由だった。穂香は返す言葉が見つからず躊躇っていると、鈴乃は小さく微笑んで車に乗り込んだ。
 すると、穂香も別の車両に乗るように言われ、鈴乃の車両に背を向けて歩き出す。先に乗っていた敷島の左側に座ると、左耳が聞こえない敷島は上半身を穂香のほうへ向けて問う。
「話せたか?」
「……ううん。なんて返せばいいかわからなかった」
 鈴乃の言葉を聞いて、彼女は最初から紗栄子に危害を加えるつもりはなかったのではないかと思った。十一年前の事件のことを口止めできればそれでよかったはずだ。それをここまで大事にしてしまったのはなぜか。
「鈴乃は守りたかっただけだった。……それだけだったんだと、思う」
 実の母親を亡くしてから寂しい思いをしてきた彼女にとって、大切なものを二度と失いたくなかった。それが今回の失踪事件の引き金だったのかもしれない。
 嘘や裏切りで埋め尽くされた世界だったとしても、大切な人に愛してほしいと願った。失いたくないと願ってしまうほど大切でかけがえのない人、彼女にとって生きるたった一つの希望であり、存在意義だった。
 だからこそ、穂香は鈴乃が真犯人だと気付いたとき、彼女を信じようと思った。愛に飢えていた彼女が、紗栄子を傷つけるようなことをしないと。
「誰かが傷つかないと何も守れない。――でもこの方法は、絶対間違っている」
 人間って面倒くさいな。
 敷島がそう言って前を向くと、目にかかった髪をかき上げた。左手に巻かれた包帯が痛々しい。袖口も掴んでいた時に滴って落ちた血が飛んでいる。