しかし、自分でも調べていくうちに、事件には藤宮穂香も関わっていることを知った。中学の頃から一緒にいる穂香は、鈴乃にとって母親と同じくらい大切な存在だった。
（母を陥れようとする人なんていらない、二度も母を失いたくない……！）
それでも、仲良くしてくれる親友を突き放すことなんてできない。
穂香は悪くない。親友の姉が、邪魔だった。
――そこで鈴乃は、ある計画を思いついた。
家を特定し、帰宅したばかりの紗栄子を玄関に呼び出す。紗栄子とは何度か会話した程度で面識がある。十一年前の事件の話を持ち掛け、有無を言わさず家から誘い出した。人気の少ない裏口から出れば目立たない。山小屋までの道中は服装を変えて顔を隠せば、交通機関も目立つことなく通り抜けられる。そして「小屋から一歩でも出たら穂香を傷つける」とでも脅したのだろう。匿名で脅すよりも十分効果的だったはずだ。
「……なんだ、見かけによらず頭が切れるんだね。正解だよ」
敷島の仮説を聞いた鈴乃はお見事と言いたげに雑な拍手を送る。
「お姉さんは半年間、ずっと私の言いつけを守ってきてくれた。時々、穂香と一緒にいる写真が動画を見せてあげたの。汚い恰好で手を出すなって訴えてくる姿、皆に見せてあげたかった」
「川にジャケットとスニーカーを流したのもお前か」
「だって半年経っても進展がなかったんだもん。特に穂香はひとりで頑張っちゃうし、何度も相談してねって声をかけたのに何も言ってくれない。だから、お姉さんの持ち物が急に出てきたら、きっと動揺して、私を頼ってくれると思ったの！ ……でも、結局アンタのほうに行っちゃったんだよね。私、そんなに頼りなかった？ すっごく心配したのに」
「まさか……敷島くんの悪い印象を私に話したのも、意識を自分だけに向けさせるためだったの？」
「最初はそこまでするつもりはなかったんだけどね、選択教科で気になり始めているの、私が気付いていないわけがないでしょ？ 今思えば、もっと悪い話を吹き込んでおくべきだったなぁ。そんな不良よりも親友を選んでくれると信じてたのに、本当に残念」
鈴乃はカッターナイフの刃を出した。凶器を持っている以上、どんな行動に出るのか全く予想がつかない。特に今の鈴乃は、和香子と穂香を前にして興奮状態だ。それは穂香も同じで、敷島に抑えられていた手を振り払って鈴乃の前に立つ。
「どうして、鈴乃がこんなことするの？」
「まだわからない？ 私にとってこの計画は一石二鳥だったの。お母さんを守れて、穂香に頼ってもらえる。素敵な計画だった」
「なにそれ……わからないよ！ 私は鈴乃を心配させたくなくて――」
「じゃあどうして言ってくれなかったの⁉ どうして穂香は私を裏切ったの⁉」
途端、鈴乃はカッターナイフの刃を穂香の頬に突きつける。森崎の指輪がかすめたときにできた、うっすらと赤い線を沿うように刃の側面を当てた。
「私がいたら、頬に傷なんかつけさせなかった。私がいたらもっと寄り添ってあげられた、話を聞いてあげられた。怖いことも不安なことも全部、ぜんぶ共有してほしかった……っ」
穂香は鈴乃から目を離せなかった。自分が隠し事をしているとき、鈴乃は決まってまっすぐ見つめてきた。耐えかねて口を滑らせたことは何度だってある。それほど彼女の眼力は強くて、断念してしまう。
しかし、今回ばかりは違った。うっすらと涙を浮かべた瞳で睨まれても、穂香には助けを求めているようにしか見えなかった。
「怖かったんだね」
「……え？」
「誰も傍にいなくなるのが、怖かったんだよね。お母さんが亡くなって、お父さんも和香子さんも仕事でいない日が続いて、自分の周りには誰もいなくなるって思った。だからあのとき、私に声をかけてくれたんでしょう？」
中学に入学した当初、孤立していた穂香に声をかけた鈴乃が眩しく見えたのを今でも覚えている。それほど鈴乃の存在は、穂香にとって大きなものだった。
「私は救われた。あのとき声をかけてくれなかったら、私も鈴乃も独りぼっちだった」
「……やめてよ、黙って」
「鈴乃が和香子さんを大切に思っているように、私もお姉ちゃんが大切。でもね、私は鈴乃も同じくらい大切なの。人を想うことも、想われることにも資格や権利は必要ない。私は、私のせいで十一年間も苦しんできた家族やお姉ちゃんだけじゃなくて、友達も助けたい！」
「やめて！」
（母を陥れようとする人なんていらない、二度も母を失いたくない……！）
それでも、仲良くしてくれる親友を突き放すことなんてできない。
穂香は悪くない。親友の姉が、邪魔だった。
――そこで鈴乃は、ある計画を思いついた。
家を特定し、帰宅したばかりの紗栄子を玄関に呼び出す。紗栄子とは何度か会話した程度で面識がある。十一年前の事件の話を持ち掛け、有無を言わさず家から誘い出した。人気の少ない裏口から出れば目立たない。山小屋までの道中は服装を変えて顔を隠せば、交通機関も目立つことなく通り抜けられる。そして「小屋から一歩でも出たら穂香を傷つける」とでも脅したのだろう。匿名で脅すよりも十分効果的だったはずだ。
「……なんだ、見かけによらず頭が切れるんだね。正解だよ」
敷島の仮説を聞いた鈴乃はお見事と言いたげに雑な拍手を送る。
「お姉さんは半年間、ずっと私の言いつけを守ってきてくれた。時々、穂香と一緒にいる写真が動画を見せてあげたの。汚い恰好で手を出すなって訴えてくる姿、皆に見せてあげたかった」
「川にジャケットとスニーカーを流したのもお前か」
「だって半年経っても進展がなかったんだもん。特に穂香はひとりで頑張っちゃうし、何度も相談してねって声をかけたのに何も言ってくれない。だから、お姉さんの持ち物が急に出てきたら、きっと動揺して、私を頼ってくれると思ったの！ ……でも、結局アンタのほうに行っちゃったんだよね。私、そんなに頼りなかった？ すっごく心配したのに」
「まさか……敷島くんの悪い印象を私に話したのも、意識を自分だけに向けさせるためだったの？」
「最初はそこまでするつもりはなかったんだけどね、選択教科で気になり始めているの、私が気付いていないわけがないでしょ？ 今思えば、もっと悪い話を吹き込んでおくべきだったなぁ。そんな不良よりも親友を選んでくれると信じてたのに、本当に残念」
鈴乃はカッターナイフの刃を出した。凶器を持っている以上、どんな行動に出るのか全く予想がつかない。特に今の鈴乃は、和香子と穂香を前にして興奮状態だ。それは穂香も同じで、敷島に抑えられていた手を振り払って鈴乃の前に立つ。
「どうして、鈴乃がこんなことするの？」
「まだわからない？ 私にとってこの計画は一石二鳥だったの。お母さんを守れて、穂香に頼ってもらえる。素敵な計画だった」
「なにそれ……わからないよ！ 私は鈴乃を心配させたくなくて――」
「じゃあどうして言ってくれなかったの⁉ どうして穂香は私を裏切ったの⁉」
途端、鈴乃はカッターナイフの刃を穂香の頬に突きつける。森崎の指輪がかすめたときにできた、うっすらと赤い線を沿うように刃の側面を当てた。
「私がいたら、頬に傷なんかつけさせなかった。私がいたらもっと寄り添ってあげられた、話を聞いてあげられた。怖いことも不安なことも全部、ぜんぶ共有してほしかった……っ」
穂香は鈴乃から目を離せなかった。自分が隠し事をしているとき、鈴乃は決まってまっすぐ見つめてきた。耐えかねて口を滑らせたことは何度だってある。それほど彼女の眼力は強くて、断念してしまう。
しかし、今回ばかりは違った。うっすらと涙を浮かべた瞳で睨まれても、穂香には助けを求めているようにしか見えなかった。
「怖かったんだね」
「……え？」
「誰も傍にいなくなるのが、怖かったんだよね。お母さんが亡くなって、お父さんも和香子さんも仕事でいない日が続いて、自分の周りには誰もいなくなるって思った。だからあのとき、私に声をかけてくれたんでしょう？」
中学に入学した当初、孤立していた穂香に声をかけた鈴乃が眩しく見えたのを今でも覚えている。それほど鈴乃の存在は、穂香にとって大きなものだった。
「私は救われた。あのとき声をかけてくれなかったら、私も鈴乃も独りぼっちだった」
「……やめてよ、黙って」
「鈴乃が和香子さんを大切に思っているように、私もお姉ちゃんが大切。でもね、私は鈴乃も同じくらい大切なの。人を想うことも、想われることにも資格や権利は必要ない。私は、私のせいで十一年間も苦しんできた家族やお姉ちゃんだけじゃなくて、友達も助けたい！」
「やめて！」
