「お姉さんが失踪して半年間ずっと隣にいたのに、穂香ったら全部自分で頑張っちゃうんだもん。でもここにたどり着くなんて思ってなかった。頑張ったね」
 とても残念そうに溜息をつきながら、西川鈴乃はフードを脱いだ。
 つい先日まで隣で笑いあっていた親友が浮かべる笑みは、どこか狂気じみているのを感じる。
 穂香は黙ったまま彼女を見据えた。なんで、どうしてと、彼女に問いかける言葉しか浮かんでこない。彼女が姉を連れ出し、こんな場所で半年間も監禁したとは今も信じられなかった。
 黙ったままの穂香の後ろから、和香子が顔を真っ青にしながらも娘に尋ねる。
「鈴乃……なんでここにいるの?」
「お母さんのスマホに内緒で追跡アプリ入れたの。お母さんがどこにいるのか、どんな話をしているのか全部知ってるよ」
「そんなもの、いつの間に……」
「私はもうお母さんをひとりにしない。穂香ならわかってくれるよね?」
 鈴乃の視線が穂香に向けられる。震える手をぎゅっと握ると、「そう、かもね」と答えた。
「鈴乃なら、和香子さんを守るためなら何でもすると思う」
 血縁関係がなくても、彼女にとって西川和香子は理想の母親であり、慕い続けてきた存在だ。依存気味な彼女なら、和香子のためならなんだってするだろう。
「私は嬉しかったよ」
 カッターナイフの刃をしまい、ドアに寄りかかりながら鈴乃は続ける。
「新しいお母さんはたくさん遊んでくれて、いろんなことを教えてくれた。私にとっては教科書で、生きがいで、大切な人。そんな人を敬い、守りたいと思って何が悪い? 私はただ、お母さんを助けたかっただけよ」
 助けたかった――その言葉を聞いて、敷島はハッとした。
「お前……まさか、全部……?」
 敷島の問いかけに、鈴乃はただ笑みを浮かべるだけ。それがとても嬉しそうで、誇らしげに見えた。
「どういうこと?」
 困惑する和香子に、敷島は鈴乃を睨みつけながら続けた。
「失踪も監禁も全部、母親を守るための計画だったんだ」
 紗栄子から孝明に事件のことを告げられた、失踪前の三ヵ月前――電話の内容を西川鈴乃は聞いていた。それが盗聴だったのか、偶然だったのかは定かではない。紗栄子が和香子の関わった事件を嗅ぎまわっていることを知った鈴乃は困惑した。
 ほとんど床に臥せていた実母との思い出は少ない。甘えたくても恋しいと願っても我慢を強いられてきた鈴乃は和香子と出会い、本当の母娘でありたいと願った。理想の人でもある母親が傷つけられるところを見たくない。