いてもたってもいられず、穂香は躊躇う間もなく中へ入った。いつ抜けてもおかしくない床を踏みつけて、散らばった荷物につまずきなりそうになりながら、ようやく彼女の前にたどり着く。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
 何度も名前を呼び、頬を叩いて起こす。今まで見てきた紗栄子と同一人物かと疑うほど、彼女は衰弱しきっていた。虚ろな目がゆっくりと周囲を見渡し、穂香を視界に入れると、震える唇で呟く。
「……ほの、か……?」
 半年前からずっと聞きたかった声は小さくて、今にも消えてしまいそうだった。
「お姉ちゃん、しっかりして!」
 声をかけ続け、どうにかして立ち上がらせようと背中に手を回す。途端、足元から金属が擦れる音がした。
 毛布をどかすと、紗栄子の片足首に南京錠で施錠された鎖が巻き付いていた。単純にぐるぐると巻かれているのではなく、足首に沿って錠をかけたうえに巻かれ、複数の錠がこれでもかけられている。脱走を阻止するための徹底ぶりは、狂気じみていた。
「どう、して……」
「喋らないで! ここから出るよ。もうちょっと頑張って!」
 しっかり固定された鎖を力まかせに引っ張る。焦りと寒さで冷え込んだ指先に力を入れるのは至難の業で、びくともしない。
 遅れて敷島たちが入ってくると、紗栄子の姿をとらえて目を疑った。孝明は取り乱し、穂香を押し退けて紗栄子に縋りつく。
「紗栄子、紗栄子ぉ‼」
「落ち着けって! まずはここから出ることが先決だ!」
「待って、鎖に繋がれてるの! 何か壊す道具はない?」
「山小屋のほうに用具箱が……っ!」
 途端、ドアがバタンと大きな音を立てて閉められた。次第にかちかちと何かを回す音が聞こえてくる。
 目を向けると、真っ黒な服で身を包んでフードを深くかぶった人物が、ドアの前に立っていた。まるで誰も通さないと言いたげに、カッターナイフの刃を出し入れして遊ぶ。
「来ちゃったんだ」
 フードをかぶった人物は、残念そうな声色で問いかける。穂香は立ち上がり、声に導かれるように前に出た。
 夢で見た大男とは似てもつかないほど華奢な体格は、穂香とほぼ変わらない。大男が現れたのが現実であればよかったのにと、初めて思った。
「……なんで?」
「なんでって、それは私が聞きたいよ」
 がっかりしたと言いたげな気だるそうな声色が、ずっと近くで聞いてきたものだと信じたくなかった。
「ずっと近くにいたのに気付いてくれないから、焦らされてんじゃないかって心配しちゃったよ。来てくれてありがとう、穂香」
 西川鈴乃はフードの奥で嬉しそうに笑った。