しばらくすると車がゆっくり停まった。道が狭くなっていてこれ以上は進めなくなっている。斜面を登ったところに、窓の外には古びた小屋が二つあった。
「手前にあるのが相模先輩と俺たちが根城にしていた山小屋。置くにあるのが倉庫だ」
「待って、なんか窓が開いてない?」
「そんなまさか。事件以降、買い手もつかなくてそのままになってるはず……」
 車を降りながら、和香子と孝明が目を凝らす。倉庫の窓が半分ほど開いているのが見えた。相模が逮捕された後、小屋の所有権は手放されているため、無断で誰かが立ち入っていてもおかしくはない。
 ふと、穂香が降りたすぐ近くにスニーカーが落ちていることに気付いた。黒く色が変わった落ち葉が張り付き、泥で汚れているが、薄ピンク色の生地の上に花柄の塗装がうっすらと見える。まさかと思い、小屋のほうをもう一度見る。その瞬間、薄汚れたガラス窓の向こうで何かが落ちて崩れる音が聞こえた。
「今の音は……って、穂香ちゃん⁉」
 音に気付いた孝明に靴を押し付けると、穂香は走り出した。後ろから敷島が追いかけるが、斜面になっていることに加え、根っこが地面から出てくるほど歪んだ道なりに足を取られた。
 しかし、穂香だけはハードルを飛び越えるかのように飄々と進んでいく。元ハードル走選手である彼女にとって、歪に伸びた根っこを飛び越えることくらい容易だった。
 登り切った先には、見覚えのある山小屋が建っていた。穂香が監禁されていた倉庫までは数メートルも歩かないほど近い場所にある。あの日の夜、発熱に気付いて慌てた孝明が開けっぱなしにしてしまうのもわかる気がした。
 途端、ギシギシとしなる音が聞こえたほうへ目をやると、倉庫の扉が半開きになっているのが見えた。
 穂香は息を殺して近づいた。そっと戸の向こう側を確認すると、ごった返した荷物の山が崩れて床に転がっている。倒れた拍子に舞い上がった埃が、ただでさえ暗くてよく見えない視界を覆った。
 すると、小屋の奥から微かに咳きこむ声が聞こえた。目を凝らしてよく見ると、毛布で囲われた中心に、誰かが棚に寄りかかるようにしてぐったりと座っている。
 セミロングの黒髪は乱れて煤まみれで、十二月にも関わらずワイシャツとスーツパンツ、伝線したストッキング。申し訳程度の毛布は煤まみれで、白い肌はやせこけている。
 それが秦野紗栄子だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「――お、お姉ちゃん!」