「俺たちを脅すために、誰かが真相に迫っていた紗栄子をさらったとでもいうのか? 一体どうしてそんな仮説が出てくるんだい?」
 敷島の問いに対して、孝明は焦った様子で質問を返す。自分の代わりに紗栄子が誘拐されたとしたら、たまったものじゃない。
「自ら失踪したとしたら、辻褄が合わないんだよ。秦野紗栄子は誘拐事件を調べ上げた内容を確認するために、孝明さんに打ち明けるつもりだった。そんな奴が急にいなくなるか?」
 敷島は紗栄子の部屋にあった日記を見てからずっと疑問だと言ってきた。穂香も引っかかっていたが、第三者がどう関わってくるのかがわからず頭を抱えていた。
「これが、本人が感じた恐怖や罪悪感で失踪に繋がったなら、少なくとも財布くらいは持っていくと思うんだ。でも家にはスマホも財布も置きっぱなし。さらに河川敷から見つかったのは通勤用のパンプスじゃなくて普段は下駄箱に入っているスニーカー。……だからこう考えてみた。帰宅直後に呼び鈴が鳴り、貴重品を置いたまま玄関に出た。そこで事件のことを脅され、連れ出される前にわざわざスニーカーに履き替えて一緒に出る。マンションに設置されたカメラは表だけ。人気の少ない道に面している裏口から出ればカメラにも映らないし、気付かれる可能性は低い」
「待って、あの日は雨が降っていたんだ。表のコンクリートならまだしも、裏口の地面は土だから、足跡が残って行方を辿れたんじゃ……!」
「可能だったと思うよ。なんせ履いていたのは、藤宮が特注で作ってもらったオリジナルのスニーカーだ。これを見越して履き替えたかもしれない」
 しかし、雨のせいで靴跡は崩れ、匂いは洗い流されてしまった。念入りに調べれば証拠は出てきたかもしれないが、事件性なしと判断された時点で警察はそこまで調べなかっただろう。
「女性一人を抱えて出歩くなんてあまりにも目立つ。なら、脅して誘導すればいい。そして簡単に玄関を開けられるほどの相手。――つまり、連れ去った第三者は」
「顔見知り、の人?」