(あの人は俺を認めてくれたのに……!)
契約を取ってきたのは相模だ。それでも元同僚は自分の手柄のように振舞い、入ったばかりの中途採用の社員に押し付けようとする。
オフィスで掃除を続けていれば、いつかはバレてしまう。そのたびにあの憎たらしい顔がよぎるのは避けたい。
相模は、その日の終業後に清掃員のアルバイトを辞めた。
何もかも考えるのが嫌になった頃、相模のもとに大学の後輩である楠田孝明から連絡が入った。
指定された居酒屋に行くと、大学時代に通った大衆酒場の端の席で向かい合う孝明と林野和香子を見つける。いち早く気付いて手招いたのは和香子だった。
注文したジョッキを一本空けながら近況報告をしていると、途端に落胆した様子の相模を見て孝明が何かあったのかと問う。相模は自棄になって酒を煽ると、少しずつ不当解雇のことを話し始めた。さすがに病気のことは隠したが、話し終えると和香子は怒りを露わにした。
『なにそれ! 訴えられるレベルだよ!』
『じゃあ先輩、今フリーターってことですか? ちゃんとご飯食べてます? あ、すみません、焼き鳥追加ー! 今日は思う存分食べてください。愚痴もいっぱい聞きますから』
クビにされて、病気が見つかって――いいことなんて何一つもない。それでも大学にいた頃と変わらず接してくれる二人の存在が唯一の支えだった。相模はこみ上げてくる想いを酒に任せて吐き出していく。
『……なんで俺だったんだろう』
(自分よりも給料が高くて、ボーナスももらえる元同僚。さらに会社からの評価も高くて役職持ち。確か今度結婚するとか言っていたっけ……)
他人が羨ましがるもの全部持っているのに、横取りした理由がわからない。邪魔だったなら、相模の作った資料に縋るような真似をするだけ惨めだと思わなかったのだろうか。
酒のせいか、反吐の出る言葉が次々と出てくる。そして相模は、届いたばかりのジョッキを一気に煽ってから宣言するように言う。
『ああ、見返してやりたい。それこそ俺を見下し、嗤う奴ら全員を恐怖で怯えた顔にさせたい。ひとりでもいい、記憶に俺の存在が根深く残るよう、刻み込んでやりたい。――誰にも忘れられない存在に、俺はなりたい』
それからすぐ、相模は後任になった男性をこちら側に引き込んで、元同僚に悔い改めさせる計画を企てた。
調べると男性には高校生と小学生の二人の子どもがいるらしい。さらに自宅近くには、営業部長の部下であるフジミヤという男性も家族で住んでいることを知った。
子どもを誘拐し、「事件に巻き込まれたのは上司の責任」だというメッセージを残しつつ、身代金と元同僚の自白と謝罪を要求するという、何とも無茶な計画の目途が立ったのは年が明けた頃だった。
珍しく相模のアパートに訪れた和香子と孝明は、復讐にしか頭にない彼を見て病院に行こうと説得を試みた。それでも相模は辞めなかった。
『俺にはもう、残された時間が少ない』
悪性腫瘍の診断を受けてから、治療費が払えなくて通院をしてこなかった。もう五年もないかもしれない自分には、再就職するよりもやりたいことに徹することが正しいという思考に陥っていた。
病院での検査結果を知った和香子と孝明はいたたまれず、一緒にやらせてほしいと志願した。
『何かあったときにフォローできる人間がいたほうがいいでしょ? 大体、ろくに動けないアンタがどうやって誘拐するっていうの?』
『そうですね、俺たちが相模先輩の不当解雇のことを証言できるだろうし、味方は多いほうがいいですよね』
確かに病気の進行が関係しているのか、無理に体を動かすのが恐ろしくなっている自分がいる。一人の人間の人生を陥れようとしているのに、このままで計画も不発に終わるのは嫌だった。
相模は二人の申し出を有難く受け取った。
契約を取ってきたのは相模だ。それでも元同僚は自分の手柄のように振舞い、入ったばかりの中途採用の社員に押し付けようとする。
オフィスで掃除を続けていれば、いつかはバレてしまう。そのたびにあの憎たらしい顔がよぎるのは避けたい。
相模は、その日の終業後に清掃員のアルバイトを辞めた。
何もかも考えるのが嫌になった頃、相模のもとに大学の後輩である楠田孝明から連絡が入った。
指定された居酒屋に行くと、大学時代に通った大衆酒場の端の席で向かい合う孝明と林野和香子を見つける。いち早く気付いて手招いたのは和香子だった。
注文したジョッキを一本空けながら近況報告をしていると、途端に落胆した様子の相模を見て孝明が何かあったのかと問う。相模は自棄になって酒を煽ると、少しずつ不当解雇のことを話し始めた。さすがに病気のことは隠したが、話し終えると和香子は怒りを露わにした。
『なにそれ! 訴えられるレベルだよ!』
『じゃあ先輩、今フリーターってことですか? ちゃんとご飯食べてます? あ、すみません、焼き鳥追加ー! 今日は思う存分食べてください。愚痴もいっぱい聞きますから』
クビにされて、病気が見つかって――いいことなんて何一つもない。それでも大学にいた頃と変わらず接してくれる二人の存在が唯一の支えだった。相模はこみ上げてくる想いを酒に任せて吐き出していく。
『……なんで俺だったんだろう』
(自分よりも給料が高くて、ボーナスももらえる元同僚。さらに会社からの評価も高くて役職持ち。確か今度結婚するとか言っていたっけ……)
他人が羨ましがるもの全部持っているのに、横取りした理由がわからない。邪魔だったなら、相模の作った資料に縋るような真似をするだけ惨めだと思わなかったのだろうか。
酒のせいか、反吐の出る言葉が次々と出てくる。そして相模は、届いたばかりのジョッキを一気に煽ってから宣言するように言う。
『ああ、見返してやりたい。それこそ俺を見下し、嗤う奴ら全員を恐怖で怯えた顔にさせたい。ひとりでもいい、記憶に俺の存在が根深く残るよう、刻み込んでやりたい。――誰にも忘れられない存在に、俺はなりたい』
それからすぐ、相模は後任になった男性をこちら側に引き込んで、元同僚に悔い改めさせる計画を企てた。
調べると男性には高校生と小学生の二人の子どもがいるらしい。さらに自宅近くには、営業部長の部下であるフジミヤという男性も家族で住んでいることを知った。
子どもを誘拐し、「事件に巻き込まれたのは上司の責任」だというメッセージを残しつつ、身代金と元同僚の自白と謝罪を要求するという、何とも無茶な計画の目途が立ったのは年が明けた頃だった。
珍しく相模のアパートに訪れた和香子と孝明は、復讐にしか頭にない彼を見て病院に行こうと説得を試みた。それでも相模は辞めなかった。
『俺にはもう、残された時間が少ない』
悪性腫瘍の診断を受けてから、治療費が払えなくて通院をしてこなかった。もう五年もないかもしれない自分には、再就職するよりもやりたいことに徹することが正しいという思考に陥っていた。
病院での検査結果を知った和香子と孝明はいたたまれず、一緒にやらせてほしいと志願した。
『何かあったときにフォローできる人間がいたほうがいいでしょ? 大体、ろくに動けないアンタがどうやって誘拐するっていうの?』
『そうですね、俺たちが相模先輩の不当解雇のことを証言できるだろうし、味方は多いほうがいいですよね』
確かに病気の進行が関係しているのか、無理に体を動かすのが恐ろしくなっている自分がいる。一人の人間の人生を陥れようとしているのに、このままで計画も不発に終わるのは嫌だった。
相模は二人の申し出を有難く受け取った。