穂香がオープンキャンパスだと言って向かった大学は、紗栄子が残したSDカードの中に記されていたものだった。
 制服姿で「来年受験のために見学をしたい」と行って中に入り、相模のいたサークルの部室で過去の集合写真を見つけると、当時授業を受け持っていた教授にも会うことができた。話によれば、相模にはよく一緒にいた男女がいたらしい。それがウェディングプランナーの西川和香子と、紗栄子の夫である秦野孝明だった。
「孝明さん、在籍中に苗字が変わりましたよね。翌年に名前も変わっています」
「そ、それは、俺が元の名前が気に入らなかっただけで……」
 十一年前の事件には、相模の足跡以外にも大人用の靴跡があったことから、複数犯の見立てがあった。しかし逮捕後の事情聴取で相模は「山小屋には自分以外にも立ち入るし、誰でも入れるように開放している」と証言したことから、特定が難しい状況だったと推測する。
「二人が名前を変えた後しばらくして、相模は逮捕された。それって、相模と関わりのあった人間として扱われないように変えたんじゃないの?」
 敷島がそう言い切ると、二人はさらに顔を青くした。和香子に至ってはわなわなと震え、「冗談じゃないわ!」と声を荒げた。
「苗字が変わったくらいで決めつけないで! 結婚のタイミングなんて他人が勝手に決められるわけないでしょ!」
「旦那さん、職場の営業担当だったんだろ。話くらい出てたんじゃねーの?」
「それは、そう……だけど、それを相模に決められるわけがないじゃない!」
「――和香子さん、もうやめましょう」
 憤慨する和香子に、孝明が止める。いつにも増して落ち着いた声色は、すぐに和香子を冷静に引き戻した。
 孝明は穂香を見て問う。
「穂香ちゃんもわかってるんだろう? 俺の、本当の名前」
「……十一年前、姉は家にかかってきた犯人の電話で、『コーヘイ』という言葉を聞きました。それが何なのか、当時はわからなかったそうです。でも入籍して同棲を始めた頃、あなたの卒業アルバムを見て気付いた。あの言葉はコーヘイではなく、コーメイだと」
 秦野家は掃除を欠かさず、隅から隅まで整頓されていた。それは孝明と紗栄子が掃除を怠らず、続けてきたからだ。他人の部屋でも躊躇いなく入って掃除するほど、二人はお互いの部屋に入ることができる。
 おそらく紗栄子は、掃除中に孝明の部屋で高校の卒業アルバムを見つけたのだろう。興味本位で開いて、彼の本当の名前を知った。
「名前の漢字は変わらないけど、読み仮名が違った。『たかあき』ではなく『コウメイ』――(くすき)()(こう)(めい)が、あなたの本当の名前です」
「……よく調べたね」
 降参、というように両手を上げると、孝明は和香子のほうを見た。
「……あなたは、それでいいの?」
「はい、俺が悪いんです。これ以上隠し通すのは、何も知らずに事件に巻き込まれた穂香ちゃんと、俺が攫った子どもに申し訳ない」
 諦めがついた表情で察したのか、和香子は小さく溜息をついて近くの椅子に座った。
 そして穂香と敷島を交互に見やると、手に持っていたスケジュール帳を開いて、カバー裏に挟んでいた一枚の写真を取り出す。大学にも残っていた、サークルの集合写真だった。
「――あの事件は相模にとって復讐で、有終の美だったの」