次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
 なぜ自分が入院しているのか、なぜ怪我をしているのかと不思議だったらしい。警察だと名乗るスーツ姿の男が話を聞きに来たが、山小屋と聞いても何も覚えていないと首を振った。
 その後の検査で発熱とストレスによる記憶障害と診断が下されたと、茫然とする母親の腕の中で聞いていた。
 それから、家族は皆「穂香は忘れていいんだよ」と、記憶を失っている部分について触れないようにしていた。
 まるでまじないのように、「もう二度と思い出さないでほしい」と願いを込めるように――。

「でも私は、自分でも気付かないうちに思い出そうとしていた。あの灰色の夢は私が見た光景をそのまま投影したもので、お姉ちゃんはいち早くそれに気付いたんだよ」
 十一年も経ったある日に告げられた灰色の夢が、事件の全容と瓜二つであると悟ったとき、紗栄子はきっと苦しんだことだろう。
「お姉ちゃんは、犯人にも気付いてる。それを確かめる前にいなくなった」
「……そうだな、おかげでようやく目星もついた」
 穂香は立ち上がって、泣きはらした目元を袖口で拭う。すでに乾いていて、擦るとひりついた。
「行こう、敷島くん。確認しに行かなくちゃ」
「いいのか? もう後戻りできないぞ」
 もし二人が想像している通りなら、犯人が確定する。ただそれは、紗栄子や家族が守ってきた十一年間の嘘を暴くことになる。たったひとりのために守ってきた努力がすべて水の泡だ。
「それでも行くよ。嘘をついてまで隠してきたことは、皆にとって理想だったのかもしれない。だからこそ目を背けられない」
 多くの犠牲を払って守ってきたものが自分であるならば、自分のことを知らないままでいられないと思った。恩を仇で返すことになっても、今向き合わなければ、十一年前の事件も、紗栄子の失踪した理由も見えないまま終わってしまう。
 穂香は敷島の前に手を伸ばした。
「私の我儘に、最後まで付き合って」