*
ぬいぐるみに隠されていたSDカードには、十一年前に起きた事件の新聞やネットニュースをまとめられたファイルが入っていた。中には監禁されていたであろう山小屋や、誘拐された児童の顔写真まで保存されている。
主犯の相模についても詳しく書かれていた。すでに亡くなっているが、出身校を探し出し、在学中の様子を事細かに書きこまれている。
おそらく紗栄子が独自に調べたものだろう。新聞もネットにも、ここまで詳しいことは書かれていない。
隣で敷島は心配そうに見守る中、穂香は画面に映る写真を釘付けになった。
顔写真のひとりは幼い頃の穂香だった。紗栄子からもらった二つの星飾りが並んだヘアピンを前髪につけて笑うその表情は、間違いなく自分の幼い頃だと確信する。
そして小屋の中を撮影した写真を見てハッとする。乱雑に荷物が置かれる部屋の中心に椅子が置かれており、ハリボテの床は雨に濡れたのか、真っ黒に染まっている。
「私……この場所を知ってる」
穂香はずっとその光景を見てきたのだ。――夢の中で。
「でもなんで……っ⁉」
途端、頭に強烈な痛みが走った。まるで金槌で頭を叩かれたような激痛に、思わず頭を押さえた。頭の中を記憶が駆け巡ると、次第に心臓の音が早くなっていく。
――ほのか、待ってて。すぐに戻るから!
忘れられなかった。忘れてはいけなかった。
雨が強い夜、小屋に取り残され、顔がわからない誰かに首を掴まれたあの恐怖を。
――お月さまが見てくれているから、きっと大丈夫。
絶望の部屋から見えた真っ白に輝く上弦の月が、とても美しかったことを。
「あ――」
「藤宮、藤宮⁉」
ぐらりと体が倒れると、敷島が慌てて抱き留める。顔を上げた穂香は涙をこぼして震えていた。
「藤宮、大丈夫か?」
「……思い出した」
「え?」
体を起こし、敷島の服の袖を掴んで穂香は言った。
「私、誘拐されたことがあるの。……十一年前、小学生の頃に」
――十一年前、当時六歳だった穂香は、庭先で遊んでいたところに突然、見知らぬ女性に話しかけられ、無理やり車に乗せられた。
目隠しをされたまま眠らされ、気が付いたときには物置のような小屋の椅子に座らせられていた。連れ去った大人は複数いて、そのうちのひとりは声をかけてきた女性だった。
誘拐されたとき、同じくらいの子どもがいたのも思い出した。顔はよく覚えていない。二人きりにされた小屋の中で次第に話すようになったが、協力して逃げ出すことはしなかった。なんせ扉は重く、小学生になりたての二人には到底動かすこともできない。さらに昼間は常に見張りがいて、床がしなる音を聞くたびに壁をドンドンと叩かれる。とくに夜になると周囲は真っ暗で、抜け出したところで山の中を彷徨うことのほうが怖かった。
しかし、三日経ったある日、穂香が発熱した。疲労とストレスからきたのだろう。慌てた彼らはドアを開けっぱなしにして、山小屋を行ったり来たりしていた。それを見計らい、穂香はぼんやりする意識の中でもうひとりの子どもにヘアピンを手渡した。
『今のうちに、逃げて』
『でも……!』
『だいじょうぶ、このヘアピンが■■ちゃんを守ってくれるよ、だから……』
『……ほのか、待ってて。すぐに戻るから!』
ヘアピンを受け取った子どもは、一目散に小屋を出て行った。穂香はその後ろ姿をぼーっと眺め、気付いたら気を失っていた。
ぬいぐるみに隠されていたSDカードには、十一年前に起きた事件の新聞やネットニュースをまとめられたファイルが入っていた。中には監禁されていたであろう山小屋や、誘拐された児童の顔写真まで保存されている。
主犯の相模についても詳しく書かれていた。すでに亡くなっているが、出身校を探し出し、在学中の様子を事細かに書きこまれている。
おそらく紗栄子が独自に調べたものだろう。新聞もネットにも、ここまで詳しいことは書かれていない。
隣で敷島は心配そうに見守る中、穂香は画面に映る写真を釘付けになった。
顔写真のひとりは幼い頃の穂香だった。紗栄子からもらった二つの星飾りが並んだヘアピンを前髪につけて笑うその表情は、間違いなく自分の幼い頃だと確信する。
そして小屋の中を撮影した写真を見てハッとする。乱雑に荷物が置かれる部屋の中心に椅子が置かれており、ハリボテの床は雨に濡れたのか、真っ黒に染まっている。
「私……この場所を知ってる」
穂香はずっとその光景を見てきたのだ。――夢の中で。
「でもなんで……っ⁉」
途端、頭に強烈な痛みが走った。まるで金槌で頭を叩かれたような激痛に、思わず頭を押さえた。頭の中を記憶が駆け巡ると、次第に心臓の音が早くなっていく。
――ほのか、待ってて。すぐに戻るから!
忘れられなかった。忘れてはいけなかった。
雨が強い夜、小屋に取り残され、顔がわからない誰かに首を掴まれたあの恐怖を。
――お月さまが見てくれているから、きっと大丈夫。
絶望の部屋から見えた真っ白に輝く上弦の月が、とても美しかったことを。
「あ――」
「藤宮、藤宮⁉」
ぐらりと体が倒れると、敷島が慌てて抱き留める。顔を上げた穂香は涙をこぼして震えていた。
「藤宮、大丈夫か?」
「……思い出した」
「え?」
体を起こし、敷島の服の袖を掴んで穂香は言った。
「私、誘拐されたことがあるの。……十一年前、小学生の頃に」
――十一年前、当時六歳だった穂香は、庭先で遊んでいたところに突然、見知らぬ女性に話しかけられ、無理やり車に乗せられた。
目隠しをされたまま眠らされ、気が付いたときには物置のような小屋の椅子に座らせられていた。連れ去った大人は複数いて、そのうちのひとりは声をかけてきた女性だった。
誘拐されたとき、同じくらいの子どもがいたのも思い出した。顔はよく覚えていない。二人きりにされた小屋の中で次第に話すようになったが、協力して逃げ出すことはしなかった。なんせ扉は重く、小学生になりたての二人には到底動かすこともできない。さらに昼間は常に見張りがいて、床がしなる音を聞くたびに壁をドンドンと叩かれる。とくに夜になると周囲は真っ暗で、抜け出したところで山の中を彷徨うことのほうが怖かった。
しかし、三日経ったある日、穂香が発熱した。疲労とストレスからきたのだろう。慌てた彼らはドアを開けっぱなしにして、山小屋を行ったり来たりしていた。それを見計らい、穂香はぼんやりする意識の中でもうひとりの子どもにヘアピンを手渡した。
『今のうちに、逃げて』
『でも……!』
『だいじょうぶ、このヘアピンが■■ちゃんを守ってくれるよ、だから……』
『……ほのか、待ってて。すぐに戻るから!』
ヘアピンを受け取った子どもは、一目散に小屋を出て行った。穂香はその後ろ姿をぼーっと眺め、気付いたら気を失っていた。