『あの日聞いた「コーヘイ」の意味がようやくわかった。急に怖くなった。あの子はこのことを知らない。いや、知ってほしくない。なんてことをしてしまったんだろう。ただ人を好きになっただけなのに、また危険な目に遭わせたくないのに!』

「こーへい……? 人の名前?」
「藤宮、次のページ」
「え、う、うん」
 考える間もなく、敷島に言われるがままページを捲っていく。

『全部調べた。これ以上は私がもたない。どうすることもできない。
 六月一日にこのノートを実家に送る。誕生日の一週間前に手配したぬいぐるみにも入れるけど、気付かないでほしいと思う。
 でも守りたかった。
 いつかばれてしまうなら、嘘をついたままいなくなったほうがいい。二人とも大切な人だから。
 穂香、お願い。思い出さないで』

「思い出す……何を?」
「……まさか」
 敷島は顔を真っ青にしてノートを見入っていた。その焦った表情は、いつにも増して絶望しているようにも見える。
 穂香はもう一度確認しようとノートに触れるが、敷島がその手を留めた。
「お前、もうこれ以上関わるな」
「え?」
「これはお前の姉さんが、お前を守るために隠したものなんだよ。実家に送ってきたのも説明がつく。藤宮、お前がなんの許可なしに封筒を開けるとは誰も思わない。もし親御さんが見つけても、お前には見せずに隠すか燃やして捨ててる。お前が知ったら、全部水の泡だ」
わなわなと震える敷島の表情は、怒りと後悔がにじみ出ていた。
「……いい。教えて」
「ふざけんな。行方をくらました理由はまだわからないけど、お前の姉さんが必死に隠してきたことは、藤宮にとって最悪な出来事なんだよ。怖い思いを二度と思い出させないように、ずっとずっと守ってきたんだ。お前はそれを無下にする気かよ!」
「それでも! 私のことが原因でお姉ちゃんがいなくなったのなら、私は知りたい。ううん、知らなきゃいけない。どんな結果になろうとも受け入れるって決めた!」
 穂香の記憶と紗栄子の失踪が関係しているかは、そのノートをいくら探したところで明確な答えは出てこないだろう。
 でも穂香はもう子どもではない。あと一年もすれば成人し、その数か月後には社会に出ていく。
 隠された嘘があるとわかっていながら、真実を知らずに何事もなかったかのように生きていくことなどできやしない。
 嘘に永遠などない。いずれ明かされる日が来るのだから。
「お願い。これ以上、お姉ちゃんを苦しめたままにしたくない」
「…………」
 穂香の懇願に、敷島はしばらく睨みつけていたが、揺るがない彼女の目に諦めがついたのか、小さく溜息をついた。
「……ぬいぐるみ」
「え?」
「このノートに、ぬいぐるみにも入れるってあるだろ。きっとあのウサギだ。持ってきてくれ」