半年前――紗栄子が失踪してすぐ、学校に記者やライターが取材をと詰めかけてきたことがあった。森崎はその中の一人で、世間が目も向けなくなった後も、自宅や学校にしつこく押しかけてきた。両親が警察に相談して厳重注意をしてくれてここしばらくは合うことはなかったが、まさか学校の敷地内まで入ってくるとは想定外だった。
「な、んで……」
「今度、この学校のことを記事にするんですよ。その取材で中に入れてもらっているんです。以前とは違って、ちゃんと手続きを踏んでいるんで不法侵入じゃないですよー」
「…………」
「そんなに睨まないでくださいよ。こっちも仕事なんだから。でも、ちょっとだけ君のお姉さんの話も聞けたらいいなって思ってたところだったんですよね。ちゃんと学校に登校しているみたいでよかった」
心配していたと言わんばかりの口ぶりだが、へらへらと笑う表情からは反省の色は見えない。鈴乃には悪いが、先に教室に戻っていたほうがいい気がして、穂香は名刺を押し戻して踵を返した。
「姉のことでお話することはありません。失礼します」
「まぁ待ってよ」
森崎は穂香の腕を掴む。振り払おうとするが、耳元でそっと問われる。
「少しくらい話してくれたっていいでしょ? それとも、あの噂は本当なのかい?」
(噂……?)
「あれ、知らない? 不倫で駆け落ちしたって噂」
聞きたくない言葉に、穂香は思わず森崎を見た。歪んだ口元を見て、挑発に乗ってしまったことに気付いた。
「旦那は暴力を振るう奴で、家族仲も最悪。君も味方しなかったんだろ? 今でもネット掲示板でいろんな憶測が飛び交っているんだよ。結局どれが正解なの? 警察の事情聴取の様子とか、教えてくれると嬉しいなぁ」
「……もう半年も経っているんです。今更何がしたいんですか?」
「半年も経ったんだから、そろそろ答え合わせしたいんだよ。最近、河川敷でもスニーカーとジャケットが見つかったことはわかっているんだ。あれはお姉さんのものなんじゃないの? 俺の仮説はね、わざと自分で流したんだと思うんだよね。『もう二度と探さないで』って!」
人が失踪しているというのに、森崎はそれをいとも簡単に扱い、足蹴にしている。彼にとって他人だから、気にする必要などないとでもいうのか。
早くこの場を立ち去りたいと、じりじりと後ろに下がる穂香に、森崎は掴んだ腕をさらに強く掴んだ。逃がすつもりは毛頭ないらしい。
しかし、ここは学校の校舎内。近くにある購買室には、今も多くの生徒や教師が並んでいる。少しでも騒ぎが起きれば、多くの目に触れることになるだろう。それを懸念しているのか、森崎は掴む以上に強く出られずにいる。
(もう叫んでしまおうか……)
自分の身を犠牲にしてでも早く抜け出せるならそれに越したことはないし、気付いた人が状況を見て教師を呼んできてくれることを願った。
「自分が何を言っているか、わかっているんですか? あなたがしているのは答え合わせなんかじゃない、ただの誹謗中傷です」
挑発に乗った手前、少しでも引っかかるようなことを言えば、声を荒げて注目の的になればいい。そう思って告げたのが失敗だった。
森崎は掴んだ腕にさらに力が込めて、煽るように嘲笑った。
「だって盛り上がったほうが楽しいでしょ? 結果として死んでいても、俺が殺したわけじゃないし」
言葉が出なかった。
本当に同じ人間として生きているのかと疑いの目を向ける。森崎の性根は腐っていると思うと怒りが沸々とこみ上げてきた。キッと睨みつけた穂香を煽るように、森崎がまた大きく口を歪ませたのを見て吐き気がした。自分勝手すぎるこの屑に、思う。
(……なんで人の不幸を笑える人がいるんだろう。なんで失踪した人の行方を面白がる人がいるんだろう。なんで嘘を正しいものだと勘違いするんだろう。なんで……なんでなんでなんでなんで!)
なんでこんな奴が、息を吸ってのうのうと生きているんだろう、と。
「な、んで……」
「今度、この学校のことを記事にするんですよ。その取材で中に入れてもらっているんです。以前とは違って、ちゃんと手続きを踏んでいるんで不法侵入じゃないですよー」
「…………」
「そんなに睨まないでくださいよ。こっちも仕事なんだから。でも、ちょっとだけ君のお姉さんの話も聞けたらいいなって思ってたところだったんですよね。ちゃんと学校に登校しているみたいでよかった」
心配していたと言わんばかりの口ぶりだが、へらへらと笑う表情からは反省の色は見えない。鈴乃には悪いが、先に教室に戻っていたほうがいい気がして、穂香は名刺を押し戻して踵を返した。
「姉のことでお話することはありません。失礼します」
「まぁ待ってよ」
森崎は穂香の腕を掴む。振り払おうとするが、耳元でそっと問われる。
「少しくらい話してくれたっていいでしょ? それとも、あの噂は本当なのかい?」
(噂……?)
「あれ、知らない? 不倫で駆け落ちしたって噂」
聞きたくない言葉に、穂香は思わず森崎を見た。歪んだ口元を見て、挑発に乗ってしまったことに気付いた。
「旦那は暴力を振るう奴で、家族仲も最悪。君も味方しなかったんだろ? 今でもネット掲示板でいろんな憶測が飛び交っているんだよ。結局どれが正解なの? 警察の事情聴取の様子とか、教えてくれると嬉しいなぁ」
「……もう半年も経っているんです。今更何がしたいんですか?」
「半年も経ったんだから、そろそろ答え合わせしたいんだよ。最近、河川敷でもスニーカーとジャケットが見つかったことはわかっているんだ。あれはお姉さんのものなんじゃないの? 俺の仮説はね、わざと自分で流したんだと思うんだよね。『もう二度と探さないで』って!」
人が失踪しているというのに、森崎はそれをいとも簡単に扱い、足蹴にしている。彼にとって他人だから、気にする必要などないとでもいうのか。
早くこの場を立ち去りたいと、じりじりと後ろに下がる穂香に、森崎は掴んだ腕をさらに強く掴んだ。逃がすつもりは毛頭ないらしい。
しかし、ここは学校の校舎内。近くにある購買室には、今も多くの生徒や教師が並んでいる。少しでも騒ぎが起きれば、多くの目に触れることになるだろう。それを懸念しているのか、森崎は掴む以上に強く出られずにいる。
(もう叫んでしまおうか……)
自分の身を犠牲にしてでも早く抜け出せるならそれに越したことはないし、気付いた人が状況を見て教師を呼んできてくれることを願った。
「自分が何を言っているか、わかっているんですか? あなたがしているのは答え合わせなんかじゃない、ただの誹謗中傷です」
挑発に乗った手前、少しでも引っかかるようなことを言えば、声を荒げて注目の的になればいい。そう思って告げたのが失敗だった。
森崎は掴んだ腕にさらに力が込めて、煽るように嘲笑った。
「だって盛り上がったほうが楽しいでしょ? 結果として死んでいても、俺が殺したわけじゃないし」
言葉が出なかった。
本当に同じ人間として生きているのかと疑いの目を向ける。森崎の性根は腐っていると思うと怒りが沸々とこみ上げてきた。キッと睨みつけた穂香を煽るように、森崎がまた大きく口を歪ませたのを見て吐き気がした。自分勝手すぎるこの屑に、思う。
(……なんで人の不幸を笑える人がいるんだろう。なんで失踪した人の行方を面白がる人がいるんだろう。なんで嘘を正しいものだと勘違いするんだろう。なんで……なんでなんでなんでなんで!)
なんでこんな奴が、息を吸ってのうのうと生きているんだろう、と。