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 翌日、穂香はいつも通り学校へ登校した。朝食と昼食用で作った生姜たっぷりの豚汁と、じゃこと刻んだシソのおにぎりがここ最近で美味しく作れたことに満足しながら向かうのは、心なしか気分が良い。
 教室に入ると、真っ先に駆けつけてきたのは鈴乃だった。体調不良を理由にメッセージの返信を渋っていたこともあってか、涙目で駆け寄ってくるのを見て罪悪感が芽生えた。
「よかったー……私、本当に心配で。もう大丈夫なの?」
「うん。しっかり寝たからもう平気。私も返信できなくてごめん」
「元気ならなんでもいい! でも無理はしないでね。いつでも頼って!」
 笑みを浮かべていつも通り接してくれる鈴乃に、ホッと胸をなでおろす。
 席についてリュックをおろすと、穂香は一度教室を見渡した。二日前の金曜日、担任の葉山先生にしか告げずに早退したことで、誰かが河川敷で見つかった所持品について根掘り葉掘り聞いてくるかと懸念していたが、いたって普段と変わらない光景が広がっている。
 敷島に首根っこを掴まれて白状したという新田の姿も見受けられたが、相変わらず楽しそうに友人と談笑していた。
(気にしすぎたかな)
 もしかしたら、敷島が事前に口止めしてくれていたのかもしれない。至れり尽くせりとはまさにこのことだが、彼にそこまでしてもらう義理はない。敷島尚についてはわからないことばかりだ。
 すると、鈴乃が前の席の椅子を借りて引っ張ってきて座ると、穂香に問う。
「そういえば穂香、昨日お母さんの式場に行った?」
「え?」
「いやね、別のバイトが終わって帰るときに式場の前を通ったら、穂香っぽい人を見かけたんだよね。男の人と一緒だったから、お姉さんの旦那さんかと思ったんだけど」
「……えっと」
 思わず目線を逸らす。
 昨日、穂香たちが式場を訪れたことは誰にも言わないようにと、和香子にお願いしてきたばかりだ。
 特に鈴乃は、敷島のことをよく思っていない。穂香が知る限り、二人とも面識はないはずだが、なぜか一方的に嫌っている。もしここで一緒にいたのが敷島だと知れば、事の発端から話さなければならなくなってしまう。
 ただ、鈴乃が孝明の容姿と敷島の私服姿、どちらも知らなかったことは幸いした。
「出掛けてはいたけど、式場には行ってないかな。お義兄さんも休日出勤したみたいだし」
「そっかぁ。じゃあ違う人だったのかも。変なこと聞いてごめんね」
「ううん。気にしないで」
 鈴乃が納得したところで、教室に先生が入ってくる。慌てて自分の席に戻る中、いつも通りの号令が響いた。
 先生の話が進むなかでふと、これがいつも日常だと感じた。
 自分の足で各所を聞いて回り、誰もが姉の失踪に疑問を持っていた歪で苦しい心情を直接問いかけたあの二日間が、夢のように思えてしまう。
 しかし、実際は何も解決していない。
 紗栄子の失踪した理由は未だ不明で、手がかりになりそうな孝明の隠された秘密も検討がつかない。何より、本当に灰色の夢を話した直後に、事態が一気に動き出したことについても偶然と言われてしまえばそれまでなのだ。
ここ最近の体調不良も重なり、夢を見る間もなくぐっすり眠ってしまうこともあって、穂香は灰色の夢を見ていない。いつでも見られたものが途端に無くなってしまうと、どうしても歯がゆいものがある。
(……敷島くん、今日学校に来ているかな)
 昨日、ファーストフード店で気まずい空気が流れた後は早々に解散した。
 遅くなったからと自宅まで送ってくれたが、その間も会話は続かなかった。今朝も少し早く来てバス停で待つも、敷島らしき姿はなく、仕方なしに一人で登校した。といっても、進展があったわけではない。なんとなく、鈴乃やクラスメイトと話すように、敷島とも友人のように話したいと思っただけだ。
(授業が終わったら、メッセージでも入れてみよう)
 いつか教室の外でも気軽に声を掛けられたらいいのにと、心の中で小さく呟いた。