平然と答える彼は、またポテトを頬張って続ける。
「俺たちが来る前にルイボスティー飲んでいただろ? メニューにはあるけど注文する人は少ないイメージだったから珍しいなって思って。極めつけはバッグのマタニティマーク。椅子にひっかけていたバッグについていたのが見えた。ゆったりした服装も、そのためだろうな」
「だから負担の少ないホットレモネードを注文したの?」
 ルイボスティーはノンカフェインだが、ポリフェノールが多く含まれていることから、毎日飲むのは控えるようにされている。あのカフェで提供されているホットレモネードは自家製でノンカフェイン。体を温める生姜が少量入っているが、はちみつの甘味で苦手な人でも飲みやすく調整されているのだと、敷島は言う。
「敷島くん、詳しすぎじゃない?」
「あのカフェ、別の店舗で兄貴の奥さんが働いていて、レシピを聞いたことあっただけ」
「へー……え、恵さんって結婚してたんだ」
「は?」
 途端、不機嫌そうな敷島の声が漏れた。つまらなそうに軽く睨むその目に、穂香は思わず小さく悲鳴を上げた。
「な、なに……?」
「お前、兄貴のこと名前で呼んでんの?」
「え、いや、その……敷島くんと被るから名前で呼んでほしいって」
「へぇ……俺がいない間にそんな話してたの。ふーん……」
 じっと見てくる敷島に、穂香は困惑する。なぜ彼がそんな顔をするのか。なぜ恵の名前を呼んだだけで拗ねるのか。
「もしかして敷島くんも名前で呼んでほし――んむっ⁉」
「アホ。お前から兄貴の名前が出てきて驚いただけだっつーの。自惚れんな」
 無言のままポテトをつまんで穂香の口に押し込む。程よい塩梅でもぱさぱさで、口の中の水分を一気に持っていかれていく。
「……だからって、人の口に詰め込まなくてもいいんじゃない?」
「冷めたら不味いじゃん」
「自分で食べたらいいのに……私もまだアップルパイあるもん」
 敷島はポテトをつまみながらそっぽを向く。気分屋にもほどがある。穂香は食べかけのアップルパイを食べ進める。ふと、黙々と食べ続ける敷島の左耳が真っ赤になっていることに気付いた。
(もしかして、照れ隠し?)
 今日一日を通して、普段学校では見られない彼の姿を見てきた。心配性で気配りができる大きな背中からは、噂されていた一匹狼の面影などどこにも見当たらない。同じ学校の生徒が今の彼を見たらきっと目を疑うことだろう。
もし彼の名前を呼んだらどんな反応をするのだろうと、ちょっとした好奇心が口を開く。
「な……尚、くん」
 名前を呼んだだけなのになぜか自分が恥ずかしくなる。急に体温が上がったのを感じながら、そっと前を見るも、敷島は相変わらずそっぽを向いたままどこか遠くを見つめていた。
(聞こえてない……?)
 つい先程まで話していた声量と変わらないのに、彼が横を向いた途端、間にシャッターがガシャンと音を立てて隔たれたようだった。今度は「敷島くん」と声をかけたが、反応はない。
 思えば、似たようなことがこれまでに何度もあった。スマホに夢中になっていて、ドアが開いた音も話しかけても聞こえていなかった。当人は集中していたと言っていたが、穂香はもう一つ気になっていたことがある。
「あの――」

 ――ほのか!