式場内は片付けと並行して次の挙式の準備を進めているようだ。その間をすり抜けるようにして応接室に通されると、ソファ席に穂香と敷島が並んで座った。
 和香子が向かい合うように座り、スケジュール帳を開きながら電話口で聞いた話を繰り返す。きりっと前を見据えたその顔は友人の母親ではなく、ひとりのウェディングプランナーの表情だった。
「それで、秦野様のご結婚式のことでしたね」
「は、はい。あの、中止ではなく延期と聞きました」
「確かに秦野様のご希望で、式は中止ではなく延期にしました。申し出があったのは半年前に予定されていた六月十三日――式の二日前ね。事情も事情だったから、式場スタッフ総出で出席者の皆様にご連絡して……」
「その連絡は、全員に?」
「ご家族の方には直接、秦野様からお伝えすると伺っていたので私たちからは何も。……もしかして穂香ちゃんは何も?」
「はい、もしかしたら、両親だけに伝えられたのかもしれません」
 当時を思い出しても、結婚式が延期になったとは聞き覚えがない。孝明であれば両親だけではなく穂香にも教えてくれるはずだが、考慮されていたのかもしれない。
 黙ってしまった穂香の代わりに、今度は敷島が問う。
「式の二日前でもキャンセル料や延長料金はかかりますよね。秦野さんが一括で支払える料金ではないと思うのですが?」
「それはお二人はなるべく費用を抑えたプランを選ばれて、さらに中止になっても減額できる保険を組んでいたからですね。今回のケースはそれが適用されました」
「それって最初から組まれていたんですか」
「ええ、最初のお打合せで、早い段階からご要望があって。ご来店された頃はまだ感染症が流行っていた時期でしたから、念のためにと奥様が」
 感染症の流行が落ち着いてきたのはここ二、三年の話だ。規制はだいぶ緩和されてきたが、それでも絶対にかからないという保証はない。二人の性格上、気に掛ける部分ではあっただろう。
 しかし、敷島だけは違った。
「ホームページのプラン表だと、その保険はオプションですよね。最初の打合せでオプションを優先する人って結構いるんですか?」
「それはお二人が決めることですから、私たちからは何とも言えません。ご希望に沿ったプランを提案する、それがプランナーの仕事です」
 和香子はそう言って、敷島をまっすぐ見据えて告げる。自分の仕事に誇りを持っている彼女に、敷島の言葉は棘があるように感じたのかもしれない。しかし、すぐに我に返って元の笑みを作った。
「ごめんなさい、感情的になってしまって……」
 自分の行動が軽率だったと焦ったのか、慌てて弁解しようとすると、応接室のノック音が聞こえた。開いたドアから顔を覗かせたのは新人プランナーだった。
(はやし)()さん、すみません。お客様から明日の件で確認したいとお電話が入っていまして、いかがいたしますか?」
「今行きます。……二人とも、ちょっと待っててくれる? すぐに戻ってくるから」
 和香子は慌てて応接室を出て行く。しんと静まった空間で、先程から眉間にしわを寄せている敷島は穂香に問う。
「林野って、結婚する前の苗字? もしかして再婚か?」
「え? どうしてそう思ったの?」
「母親にしては若そうに見えるから。……それで?」
「……うん。和香子さんと鈴乃に血のつながりはないって聞いたことがある」