そこまで言いかけるも、ぐっと堪えて首を振った。
「……私は、穂香ちゃんよりも紗栄子と一緒にいた時間は短い。でもね、わかるの。紗栄子はなんでも溜め込んじゃう。助けを求めることなく、吐き出し方がわからないまま飲み込み続けちゃう子だから、誰かが背中を叩いて、擦ってあげないといけなかった。……だから、紗栄子が失踪したって聞いたとき、限界だったんだって思った」
「……心当たりが、あるの?」
「ないよ。でもあの子が悩むとしたら、あなたと孝明さんのことくらいじゃないかな」
「私と……孝明さん?」
「うん。私と電話するとき、必ず出てきたしね。結婚式の準備のこともあったから、最近は孝明さんのことばっかりだったけど……」
ちょうどそこへ、穂香と敷島が注文していたドリンクが運ばれてきた。店員が慣れた手つきで二人の前に置いて去ると、美月は「ひとまずお互い、一度落ち着きましょうか」とホットレモネードを手に取る。レモンとはちみつの甘い香りが漂い、口に含むとほっとしたように頬を緩めた。穂香も注文したカフェモカを、小さく息を吹いて冷ましながら小さく口を付けた。いつもより甘いチョコレートソースが不快に感じた。
しばらく続いた沈黙を破ったのは美月だった。
「……穂香ちゃん、やっぱり紗栄子の妹ね」
「え?」
「本当は、穂香ちゃんが危ないことしないように釘を刺しにきたつもりだったけど、やっぱり無理ね。真面目で頑固なところ、本当にそっくり。私が止めてもやめるつもりないでしょう?」
美月の言葉に黙って頷く。まっすぐ見据える穂香の目を見て、何を言っても無駄だと悟ると、美月は大きく溜息をついた。
「警察にも言ったのと同じことくらいしか話せないよ。それでもいいの?」
「それでもいい!」
「食い気味……といっても、私が帰ってきたのは最近だし、会ったのも一年も前だから電話越しくらい……そうだ、孝明さんといえば、二人って喧嘩でもした?」
「喧嘩?」
「紗栄子、結婚式はすごく楽しみにしていたんだけど、いなくなる三日前の電話でマリッジブルーみたいなことを言っていたの。本当に結婚していいのか、とか。入籍から一緒に住み始めて一年も経っているのに、ちょっと気になったんだよね」
マリッジブルー――結婚前や結婚後の時期に不安や嫌悪感を抱いたり、気持ちが沈んでしまったりする現象だ。主に新生活の不安や忙しさからのストレス、パートナーへの不満が原因とされているという。
「美月ちゃんにもマリッジブルーはあったの?」
「それはもちろん。入籍した翌日に結婚式だったから、準備期間中にね。忙しくて旦那に何度も強く当たってた。それでも文句何一つ言わずに受け止めてくれて、心から『ああ、この人と結婚してよかった』って思った! ……あっごめん! 自分の話しちゃった」
恥ずかしいと赤らめた頬を両手で隠す美月の姿に、穂香はふと、紗栄子が惚気話をしてくれたことを思い出した。いつかの紗栄子も、夫の孝明の良いところを教えてくれた。優しく包み込んでくれるところ、人当たりの良いところ、微笑みには敵わないこと。
――はたしてその中に、本当に孝明のことが好きだという理由はあったのだろうか。
これからも夫婦でいるために、隠し事をやめようと決意したと日記に記していたのは、結婚式が近くなってからのこと。それまで離婚したいと思うほどの出来事があったのか。隠されたように洋書に挟まれていた離婚届を見るまでは想像もつかなかった。
(お姉ちゃんも孝明さんも、空気を読んで触れないようにしているタイプだからなぁ……)
「そうだ、あとこれも」
美月が鞄から取り出したのは結婚式の招待状だった。ここからバスで移動した場所にある大きなチャペルのある会場で、主催者は孝明と紗栄子の連名になっている。
「……私は、穂香ちゃんよりも紗栄子と一緒にいた時間は短い。でもね、わかるの。紗栄子はなんでも溜め込んじゃう。助けを求めることなく、吐き出し方がわからないまま飲み込み続けちゃう子だから、誰かが背中を叩いて、擦ってあげないといけなかった。……だから、紗栄子が失踪したって聞いたとき、限界だったんだって思った」
「……心当たりが、あるの?」
「ないよ。でもあの子が悩むとしたら、あなたと孝明さんのことくらいじゃないかな」
「私と……孝明さん?」
「うん。私と電話するとき、必ず出てきたしね。結婚式の準備のこともあったから、最近は孝明さんのことばっかりだったけど……」
ちょうどそこへ、穂香と敷島が注文していたドリンクが運ばれてきた。店員が慣れた手つきで二人の前に置いて去ると、美月は「ひとまずお互い、一度落ち着きましょうか」とホットレモネードを手に取る。レモンとはちみつの甘い香りが漂い、口に含むとほっとしたように頬を緩めた。穂香も注文したカフェモカを、小さく息を吹いて冷ましながら小さく口を付けた。いつもより甘いチョコレートソースが不快に感じた。
しばらく続いた沈黙を破ったのは美月だった。
「……穂香ちゃん、やっぱり紗栄子の妹ね」
「え?」
「本当は、穂香ちゃんが危ないことしないように釘を刺しにきたつもりだったけど、やっぱり無理ね。真面目で頑固なところ、本当にそっくり。私が止めてもやめるつもりないでしょう?」
美月の言葉に黙って頷く。まっすぐ見据える穂香の目を見て、何を言っても無駄だと悟ると、美月は大きく溜息をついた。
「警察にも言ったのと同じことくらいしか話せないよ。それでもいいの?」
「それでもいい!」
「食い気味……といっても、私が帰ってきたのは最近だし、会ったのも一年も前だから電話越しくらい……そうだ、孝明さんといえば、二人って喧嘩でもした?」
「喧嘩?」
「紗栄子、結婚式はすごく楽しみにしていたんだけど、いなくなる三日前の電話でマリッジブルーみたいなことを言っていたの。本当に結婚していいのか、とか。入籍から一緒に住み始めて一年も経っているのに、ちょっと気になったんだよね」
マリッジブルー――結婚前や結婚後の時期に不安や嫌悪感を抱いたり、気持ちが沈んでしまったりする現象だ。主に新生活の不安や忙しさからのストレス、パートナーへの不満が原因とされているという。
「美月ちゃんにもマリッジブルーはあったの?」
「それはもちろん。入籍した翌日に結婚式だったから、準備期間中にね。忙しくて旦那に何度も強く当たってた。それでも文句何一つ言わずに受け止めてくれて、心から『ああ、この人と結婚してよかった』って思った! ……あっごめん! 自分の話しちゃった」
恥ずかしいと赤らめた頬を両手で隠す美月の姿に、穂香はふと、紗栄子が惚気話をしてくれたことを思い出した。いつかの紗栄子も、夫の孝明の良いところを教えてくれた。優しく包み込んでくれるところ、人当たりの良いところ、微笑みには敵わないこと。
――はたしてその中に、本当に孝明のことが好きだという理由はあったのだろうか。
これからも夫婦でいるために、隠し事をやめようと決意したと日記に記していたのは、結婚式が近くなってからのこと。それまで離婚したいと思うほどの出来事があったのか。隠されたように洋書に挟まれていた離婚届を見るまでは想像もつかなかった。
(お姉ちゃんも孝明さんも、空気を読んで触れないようにしているタイプだからなぁ……)
「そうだ、あとこれも」
美月が鞄から取り出したのは結婚式の招待状だった。ここからバスで移動した場所にある大きなチャペルのある会場で、主催者は孝明と紗栄子の連名になっている。