秦野家を出た穂香と敷島は、事前に連絡していたある人物が待つカフェに向かった。
 店内に入って辺りを見渡すと、窓際のテーブル席に座る一人の女性が手を挙げて「穂香ちゃん!」と呼んだ。白のゆったりとしたワンピースに、つやのある黒髪を耳にかけながら彼女――()()()(つき)との再会に、穂香はぱぁっと顔を明るくさせた。
「美月ちゃん!」
「久しぶりー! 高校卒業して以来だね」
 二人がテーブルにつくと、穂香は敷島に言う。
「敷島くん、この人はお姉ちゃんの友達で、小宮山(こみやま)……じゃなかった、伊勢美月さん」
「小宮山?」
「旧姓なの。高校を卒業してすぐ上京、そのまま就職と結婚して最近地元に戻ってきたんだ。九年ぶりに会う穂香ちゃんが伊勢の苗字に慣れなくて仕方がないよ」
 高校の入学当初から紗栄子と仲の良かった美月は、藤宮家に来ると当時小学生だった穂香ともよく遊んでくれた。卒業して離れた後も連絡を取り合う仲で、紗栄子が失踪する一週間前に連絡を取っていた人物でもある。
 警察から最後に連絡を取っていたもうひとりが美月だと思った穂香は、昨晩のうちに彼女に連絡した。紗栄子の話と伝えると、すぐに予定を空けてくれたのだ。
 思い出話に花を咲かせる二人に、蚊帳の外だった敷島がそっと席を立った。
「あっ……ご、ごめん! 敷島くん、話しにくいよね」
「いや。積もる話もあるだろうし、任せてもいい?」
「え?」
「ぬいぐるみを受け取ったコンビニ、この辺だから聞いてくる。半年も前だし、収穫はなさそうだけど。それに二人きりのほうが話せることがあるだろ。俺、ホットレモネードを頼んでいるんで、よかったらどうぞ」
まさか自分に向けて言われたとは思っていなかったのか、不意を突かれた美月はきょとんとした顔で問う。
「あら、私が飲んでいいの?」
「追加で注文するよりいいかなって。無理にとは言いませんけど」
「ううん。もうすぐ飲み終わるからどうしようかと思っていたところなの」
「そうっすか。それじゃ、あとはよろしく」
 いつもより柔らかい口調で言い残すと、足早に店の外へ出て行った。その後ろ姿を見送ると、美月は飲みかけの冷めきったルイボスティーを一息に飲んでから穂香に問う。
「今の敷島くんって、穂香ちゃんの彼氏?」
「ううん、同級生。ちょっと一緒に調べてもらっていて……」
「調べる?」
「……お姉ちゃんの、こと」
 遠慮がちに紗栄子のことを出すと、美月の顔色が変わった。つい先程まで楽しそうに話していた笑みは消え、戸惑ったように視線を泳がせた。穂香はそれを見逃さなかった。
「美月ちゃん、何か知っているの?」
「いいえ。最後に連絡を取ったのはいなくなったのは三日前だし、電話で少し話した程度で、変わった様子はなかったと思う」
「私も、お姉ちゃんがいなくなる三日前にメッセージを数回やり取りしただけなんだ。他愛のない世間話で終わったの。他に何か覚えていることはない?」
「ちょっと待って、なんで穂香ちゃんがそんなことを聞くの? それは警察の仕事でしょ?」
 困惑する美月に、紗栄子からタイムカプセル便が届いた話をした。敷島が席を立ったのも、受け取ったコンビニに行って確認を取っているのだというと、美月は眉間にしわを寄せた。
「警察に届けよう。高校生にできることなんて限られている。もし紗栄子が生きているなら、警察に任せるべきだよ!」
「美月ちゃん……ごめん。それはできない」
「どうして? 自力で探し出せると本当に思っているの?」
 必死に止めようとする美月に、穂香は首を振った。
「高校生の私ができることなんてないって、最初からわかっているよ。でも警察は、河川敷から見つかったスニーカーを見て、お姉ちゃんは川に溺れた前提で調べている。一度は打ち切りになった捜査が方針を変えないまま、この先も続けられるとは到底思えない」
「だからって、あなたがそんなことする必要は――」
「私は、お姉ちゃんが失踪した本当の理由を知りたい。それが最悪な結果だったとしても、目を逸らしたくない!」
 見据える穂香の目は、真剣そのものだった。まるで紗栄子と対面しているかのような錯覚に、美月は思わず顔を伏せる。
「自分が何しているか、わかっているの? 紗栄子は、あなたが……っ」
「え……?」