『五月二十三日
 穂香と久しぶりに買い物に出掛けた。
 浮かない顔をしていたので話を聞けば、灰色の不気味な夢を毎日のように見るらしい。
 代わってあげたい』

「随分短い日記だな」
 気付けば敷島が、穂香の上から日記を覗き込んでいた。服の裾が擦れるほど近い距離にいるのに、今の穂香にときめくほどの余裕はない。
「長文で書くとすぐ飽きちゃうんだって。たまに一言のときがあるよ」
 前日の欄には線を無視して『疲れた!』と大きく書かれている。比較的自由に書き込めるようにしていたようだ。
 読み進めていくと、失踪した六月に入ったところでページを捲る手を止めた。

『六月一日
 いよいよ結婚式が近づいてきた。
 ずっと準備してきたのに、本当にこれでいいの?
 私は、本当のことを知りたい』

『六月三日
 最近、同じことばかり考えている。
 そのせいか日記を書くのが疎かになっている。
 書こうと思っても頭の中が真っ白で、何も思い浮かばない。
 気持ちの整理がつくまで、こっちはお休みしよう』

『六月七日
 孝明さんに全部打ち明けようと思う。
 これからも夫婦でいるために、隠し事はやめようと。
 どんな結果になろうとも、私は味方でありたい』

 短くとも今まで一日も欠かさず書かれていた日記が、六月に入ってから途切れ途切れになっている。最後に書かれた日付は、紗栄子が失踪する前日だった。
「失踪する日に、孝明さんと話し合いをするつもりだった……? じゃあ、これって」
「この日記の存在、秦野さんは知っているのか?」
「……わからない。でも引き出しの奥に入れるくらいだから、知らないと思う」
「なら、こう考えることができないか?」
 穂香は日記から敷島へ目線を移す。どこか悲しそうな顔で告げる彼の言葉は重かった。
「話し合うと決めた人間が、自ら行方不明になるなんて考えられない。――秦野孝明には何か、隠し事がある」

 ◇

【家の中から見つかったもの】
・ぬいぐるみの購入履歴が記載された明細、コンビニのレシート
 →最寄り駅近くのコンビニで受け取っている。
・紗栄子が毎日つけている日記
 →三文程度の短いもの。灰色の夢について記載あり。六月に入ってから休みがち。
・離婚届
 →本棚の上の段にある洋書に明細と一緒に挟まっていた。紗栄子の欄は記入済み。

【秦野孝明の証言】
・紗栄子と最後に会ったのは失踪当日の朝。帰ってきたら家の中の不自然さに違和感を覚え、周辺を捜索。見つからなかったため、警察に届け出た。
・マンションの防犯カメラは表だけ。裏口から出た可能性が高い。(人通りの少ない道に面している)
・会社のことはわからないが、人間関係は良好だった。
・失踪する二週間前から、何か思い悩んでいる様子が見られた。気付いていたが無理強いはできず、彼女が話してくれるまで待とうとしていた。