家主である孝明本人から許可を得たので、穂香と敷島は紗栄子の部屋に入ると、リビングとはまた違った、柔らかい暖色系でまとめられた空間が待っていた。
デスクには仕事で使うであろう資料が積み重ねられ、その隣には敷島の身長と同じ高さの本棚が壁に沿って二つ並び、ぎっしりと本が詰め込まれている。半年も時間が経っていても、埃をかぶっている様子はない。定期的に孝明が掃除しているのだろう。
「そういえば藤宮の姉さん、なんの仕事してんの?」
「経理関係だったかな。ずっと数字と睨めっこしているって聞いたことがある」
「ああ、だから簿記の参考書がこんなにあるのか。でも衛生管理者やフードコーディネーターの教材があるのは? 業種がバラバラすぎないか?」
「暇なときに勉強しているんだって。学ぶことは学校を出ても、続けていれば自分の糧になるし、必要な知識じゃなくても頭の体操になるからいいんだって」
「真面目かよ」
「そういう人だからね。敷島くん、本棚の上から探してもらってもいい? 私はデスクから探してみる。あ、クローゼットは私がやるから、勝手に開けちゃだめだよ!」
「わかってるって」
穂香がまず取り掛かったのは、紗栄子がいつも使っているデスクだ。引き出しが板の下についているだけのシンプルな造りになっている。
中にはレシートや伝票が詰まった家計簿や細かいメモが整理されて入っていた。まめな性格な姉のことだから、お金に関することは手の届く身近な場所に入れていると思っていたが、どうやら当たりだったようだ。
家計簿は半年前の失踪する前日で止まっていた。いつ、どこで購入したかを事細かに書かれてはいるものの、タイムカプセル便に関する記載どころか、ぬいぐるみの購入履歴が記された明細は見つからない。
検索していたのを見たと言った孝明の話が本当なら、ネットで購入していたとしても明細は同封されるはずだ。請求書がデータで届く仕様であればパソコンで管理していることも十分ありえるが、細かく記載されている家計簿からこれだけが漏れているのはおかしい。
「藤宮、ちょっと来てくれ」
本棚を漁っていた敷島が呼ぶ。顔を上げてみると、彼の手にはお目当てのぬいぐるみの請求書とコンビニのレシートが綺麗に折りたたまれていた。
「これっ……どこにあったの?」
「一番上の洋書の間に挟まっていた。厚みがあるから挟まっていても気にならなかったけど、栞の代わりなら随分雑な扱いしているな。……それ、家計簿か?」
「うん。でも食費や光熱費のことくらいしか書いてなくて」
「ぬいぐるみの購入が半年前の六月入ってすぐ。受け取った場所は最寄り駅近くのコンビニ……仕事終わりに取りに行ったのか? でもこのマンション、一階のフロアに宅配ボックスあったよな?」
「うん、不在時でもそこに入れられるようになっているはず……」
「受け取った流れで転送した、とか?」
「手紙はいつ入れられたの?」
「コンビニでスペース借りたらできないこともないけど……それよりも重要なものが出てきたぞ」
敷島が洋書の中に折りたたまれていたもう一枚の紙を開いて見せると、穂香は目を疑った。「離婚届」と書かれた紙には、すでに紗栄子の名前が記載されている。
「な、んで……? どうして離婚届が……?」
食い気味に離婚届と家計簿と見比べるが、筆跡はほとんど同じように見える。
「お前らの話を聞く限り、離婚に発展するほどの喧嘩はなかったんだよな? むしろ四六時中捜しているくらいだし」
「……そうだ、日記!」
デスクの引き出しの奥から引っ張り出した日記帳を開く。
紗栄子は昔から、毎晩日記をつける習慣があった。その日にあったことを箇条書きにして残し、翌朝に確認してから一日を始めるのだという。
そこには、穂香が初めて打ち明けた灰色の夢についても書かれていた。