「わかった。君たちを信じよう。この家の中、自由に探していいよ」
「い、いいんですか……?」
「せめてものの罪滅ぼしだ。敷島くんの言う通り、俺は自分の目で確かめたくて君を河川敷に連れて行った。知らなかったとはいえ、倒れるまで君を追い込んだのは俺だ。もし紗栄子がいたら、俺はきっと怒られて口を聞いてくれなかったと思う。……いやいや、大袈裟に聞こえるかもしれないけど、十分ありえる話だから」
 冗談交じりに話す孝明は、どこかつっかえていたものが取れたような、すっきりした表情を浮かべていた。穂香が紗栄子を一番慕っているように、紗栄子も穂香が可愛くて仕方がない。それを理解してくれているからこそ、孝明の言葉に嘘はないと思えた。
 少しばかり気が緩んだ空気感で、敷島は尋ねた。
「じゃあ秦野さん、最後に会ったのはいつか、教えてくれる?」
「急に馴れ馴れしいな……まぁいいか。失踪した日の朝、駅で別れたんだ。会社が真逆の方向にあるからね。それからずっと会社にいて……珍しく外回りがなかった日だから、会社にいたことは警察も確認済みだよ」
「確か、帰宅したらもういなかったんだよね」
「ああ。二十時頃だったと思う。玄関の明かりがつけっぱなしだったんだ。紗栄子はこまめに電気を消すから、そのときは珍しいなとは思ったんだ。でもリビングに荷物が置きっぱなしになっていて、スマホも財布も持たないでどこかに行ってしまったことにはさすがに違和感を覚えた。荒らされた形跡はもちろんなかった。ただ、このマンションの防犯カメラは表にあるだけなんだ。裏口から出ると、人気の少ない路地になっているから、誰も見ている人はいない」
「玄関の靴はどうだった? 散らばっていたとか、踏まれた跡があったとか」
「……いや、なかったな。朝履いていたパンプスが綺麗に並んでいた。だから家の中にいるんだと思った。俺があまり散らかっているのが好きじゃないから、履かない靴は出しっぱなしにしないようにしているよ」
「……孝明さん、お姉ちゃんは何か悩んでいたとかありませんでしたか?」
 最後に連絡を取り合っていたのは穂香だったとしても、それは失踪する三日前の話で、画面越しでは何もわからない。しかし、いなくなる数時間前まで一緒にいた孝明なら、何か知っているのではないかと、穂香は食い気味で尋ねる。
 孝明は少し考えてから、ゆっくり口を開いた。
「会社のトラブルは聞いたことがないな。仕事も追い詰められているような感じはなかったし。ただ……」
「ただ?」
「失踪する二週間くらい前だったかな、一度だけ暗い顔をしているのをみかけたことがある。声をかけても大丈夫としか言ってくれなかったから、彼女から話すまで待っていたんだけど……今思えば、あのとき無理をしてでも問いただすべきだった」
 悔しそうに握った拳が震える。孝明は怒りを、紗栄子を探し続けることで消化するしかできなかったのかもしれない。
 しばらく話していると、孝明のスマホに着信が入った。なんでも、会社でトラブルが発生したようで急遽出社してほしいという。孝明は引き出しから、花柄のキーホルダーのついた家の鍵を取り出すと穂香に渡した。
「自由に探してもらって構わない。俺の部屋もいいよ。調べ終えたら一階の郵便受けに入れておいてくれる? 帰ってきたら回収するから」
「大変っすね、社会人」
「まぁ、技術系っていうこともあるけど、責任者だから仕方がないかな。二人が就職するときは、休日に呼び出す上司と出会わないことを願っているよ」
 呆れながらも身支度を整えると、通勤用のショルダーバッグを片手に孝明は玄関に向かう。
「あの、孝明さん!」
「ん?」
ドアノブに手をかけたところで、後ろから穂香に呼ばれる。
「信じてくれてありがとう。……行ってらっしゃい」
 その姿が一瞬、紗栄子を重なって思わず目を疑った。
 声色が似ているのは血の繋がった姉妹だからだとしても、あまりにも似ていて感情が追い付かない。ふいにこぼれそうになる涙を抑え、孝明は笑って答えた。
「……こちらこそ。帰るときは二人とも気を付けてね」