二人が出勤した一時間後、支度を終えた穂香は家を出て駅前に向かった。
 十二月の後半に差し掛かった今日は一段と冷え込んでいた。なるべく着込んできたが、マフラーだけはどうしても巻くことができず、肌を刺す冷たい風が吹くたびに肩をすくめた。
 通学用とは別のリュックには、母から預かった治療費の入った財布やメモ帳の他に、紗栄子から届いたウサギのぬいぐるみが詰め込まれている。軽いのに歩くたびに中の物が動かないのは、ぬいぐるみが場所を取っているからだろう。
 久々によく晴れた日曜日の駅前は、いつもより人が多いように見える。穂香は最寄り駅から二つほど離れた駅に着くと、改札口近くの壁に寄って人混みを抜け出した。
 行き交う人々の群れを眺めていると、仲良く話しながら駅の改札口に向かっていく姉妹の姿が視界に入った。
 高校生と小学生くらいだろうか、すれ違った途端、穂香の脳裏には紗栄子の姿が浮かんだ。最後に会ったあの日も、紗栄子が自分の手を引いてオープンしたばかりのカフェに連れていかれたのが懐かしい。
 後ろ姿を見送っていると、入れ替わるように敷島が改札から出てきた。いつも通り気怠そうな様子だが、穂香の姿を見てどこか怪訝そうな表情を浮かべて寄ってくる。
「敷島く――」
「お前、アホなの」
「えっ……」
 会って早々、第一声が罵倒だったことに思わず口をぽかんと開いた。敷島はさらに追い込むように続ける。
「駅に着いたらどっかの店に入れって言っただろ。なんでくそ寒い改札前で待ってんの?」
「いや、えっと……ちょうど着いたところだったし、もう風邪も治ったし」
「ぶり返したらどうすんのって聞いてんの」
「うっ……でもしっかり寝たし、朝ご飯も食べてきたから!」
「病み上がりなのは変わらねぇじゃん。……ったく、寝てると思ってメッセージ送ったら、まさか電話かかってくるし……休むってこと知らねぇの?」
「ご、ごめん。でも本当に――ん?」
 穂香はそっぽを向いた敷島をじっと見つめる。呆れながらも安堵した表情を見て問う。
「心配してくれているの?」
「……電話越しで泣かれたら不安にもなるだろ。協力するって言い出したのは俺だし、いくらでも付き合うけど、また倒れたら元も子もない。こっちの身にもなれ」
 言われてみれば、と穂香は痛感する。
 自分が倒れたときに親戚の診療所に運び込み、起きるまで寝づらい体勢のままベッド脇で介抱してくれていたのは敷島だったし、家に帰るまでずっと寄り添ってくれたのも敷島だ。たった数回程度しか話したことのない、穂香に対して過保護といえるほど徹底している。
 敷島尚の本性はこんなにも心配性で、世話焼きなのだろうか。学校の誰もが一匹狼だと思っているのとは真逆な一面に、穂香は思わず頬を緩めた。
「……なんだ、その顔は」
「ううん。また敷島くんの知らない顔が知れてよかったなぁって」
「鬱陶しい」
「そこまで言わなくても……」
「さっさと行くぞ。どの路線だ?」
「地下鉄だからこっち」
 スマホで検索していた道順に沿って、二人は地下鉄のホームに向かう。
 目的地は紗栄子が失踪直前まで住んでいた、秦野孝明の自宅だ。