*
『穂香、誕生日おめでとう! 今年のプレゼントは、私とお揃いの星のヘアピンだよ!』
『おねえちゃん、また誕生日まちがえてる……』
『ふふん! 今年は一味ちがうのよ! 二十二日にもプレゼントを用意しているんだから!』
穂香がまだ小学校に上がったばかりの頃、毎年のように誕生日を間違える紗栄子が、二つの星飾りが並んだヘアピンを一つ目のプレゼントとして手渡してくれた。
年が離れた紗栄子には少し子どもじみたヘアピンだったが、姉が大好きな穂香にとって、お揃いのものが持てると知って大いに喜んだのを覚えている。
――それが、思い出の中でも。
ふと目が覚めて、包まっていた毛布から顔を出す。
近くに置いて充電していたスマホの画面には、十八時と表示されている。敷島に自宅まで送ってもらってすぐ、着替えて布団に潜り込んだまでは覚えているが、まさかここまでぐっすり眠ってしまうとは思ってもいなかった。病み上がりだけでなく、日頃からの疲れもあったのかもしれない。
(……そういえば、あのヘアピンはどこにしまったんだっけ?)
ふと、つい先程まで見ていた、懐かしい夢を思い出す。星の飾りがついた、姉とお揃いのヘアピン。小学生の頃に貰って毎日のように付けていたのは覚えているが、いつからか自分も姉もつけなくなった。
物を大切にする姉のことだから、自分が失くしたのを見て付けなくなったのだろうか。自分がヘアピンをどこかにしまい込んだ覚えもない。
まるでその部分だけをハサミで切り取られたような、断片的な記憶しか残っていなかった。
「穂香、起きてる?」
そっとドアが開いて、母が入ってくる。やつれた顔がいつもより酷いのに、機敏に振る舞おうとする姿に思わず胸が苦しくなった。
「体調はどう? 迎えに行けなくてごめんね」
「気にしないで。もう大丈夫だから。……孝明さんに迷惑かけちゃったけど」
「そうね、今度何かお礼しなくちゃ。介抱してくれた人にもご挨拶いかないと……。帰ってきたとき、誰もいなかったでしょう?」
「お父さんと入れ違いだったよ。そうだ、お父さんの知り合いに敷島って人いる?」
父が玄関先で敷島の名前を聞いた時に眉をひそめたのがずっと気になっていた。しかし、母は首を横に振った。
「お父さん、公務員になる前は企業務めのサラリーマンだったのよ? 仕事柄いろんなところに飛びまわっていたから知り合いなんて沢山いるわ。私も把握しきれないし」
「だよね……」
「でも敷島って珍しい名字よね。……そうだった、珍しいといえば穂香、何か注文した?」
「注文?」
「荷物が届いているのよ。あなたの名前で」
母が手に持っていた小包を受け取る。送り主と届け先、どちらにも見慣れた字体で穂香の名前が書かれており、持った感触は軽かった。包みの後ろにはカプセルの中に手紙が入った絵が描かれている。
「ネットで注文でもしたのかと思ったんだけど、ちがう? ちがうなら連絡してみるから……」
「わ、私のだから大丈夫!」
「そう? これから夕飯の準備をするから、できたら呼ぶわね」
そう言って母が部屋から出ていく。足音が遠くなるのを確認してから、穂香は小包を開く。
中から出てきたのは、抱きかかえられる大きさの、可愛らしいウサギのぬいぐるみだった。一緒に入れられていた二つ折りの便箋には、見慣れた姉の文字が並んでいる。
『穂香、誕生日おめでとう。また一週間早いって言われちゃうかもしれないけど、今回はサプライズ! 大事に持っていてね。誕生日は一緒にお祝いしよう』
『穂香、誕生日おめでとう! 今年のプレゼントは、私とお揃いの星のヘアピンだよ!』
『おねえちゃん、また誕生日まちがえてる……』
『ふふん! 今年は一味ちがうのよ! 二十二日にもプレゼントを用意しているんだから!』
穂香がまだ小学校に上がったばかりの頃、毎年のように誕生日を間違える紗栄子が、二つの星飾りが並んだヘアピンを一つ目のプレゼントとして手渡してくれた。
年が離れた紗栄子には少し子どもじみたヘアピンだったが、姉が大好きな穂香にとって、お揃いのものが持てると知って大いに喜んだのを覚えている。
――それが、思い出の中でも。
ふと目が覚めて、包まっていた毛布から顔を出す。
近くに置いて充電していたスマホの画面には、十八時と表示されている。敷島に自宅まで送ってもらってすぐ、着替えて布団に潜り込んだまでは覚えているが、まさかここまでぐっすり眠ってしまうとは思ってもいなかった。病み上がりだけでなく、日頃からの疲れもあったのかもしれない。
(……そういえば、あのヘアピンはどこにしまったんだっけ?)
ふと、つい先程まで見ていた、懐かしい夢を思い出す。星の飾りがついた、姉とお揃いのヘアピン。小学生の頃に貰って毎日のように付けていたのは覚えているが、いつからか自分も姉もつけなくなった。
物を大切にする姉のことだから、自分が失くしたのを見て付けなくなったのだろうか。自分がヘアピンをどこかにしまい込んだ覚えもない。
まるでその部分だけをハサミで切り取られたような、断片的な記憶しか残っていなかった。
「穂香、起きてる?」
そっとドアが開いて、母が入ってくる。やつれた顔がいつもより酷いのに、機敏に振る舞おうとする姿に思わず胸が苦しくなった。
「体調はどう? 迎えに行けなくてごめんね」
「気にしないで。もう大丈夫だから。……孝明さんに迷惑かけちゃったけど」
「そうね、今度何かお礼しなくちゃ。介抱してくれた人にもご挨拶いかないと……。帰ってきたとき、誰もいなかったでしょう?」
「お父さんと入れ違いだったよ。そうだ、お父さんの知り合いに敷島って人いる?」
父が玄関先で敷島の名前を聞いた時に眉をひそめたのがずっと気になっていた。しかし、母は首を横に振った。
「お父さん、公務員になる前は企業務めのサラリーマンだったのよ? 仕事柄いろんなところに飛びまわっていたから知り合いなんて沢山いるわ。私も把握しきれないし」
「だよね……」
「でも敷島って珍しい名字よね。……そうだった、珍しいといえば穂香、何か注文した?」
「注文?」
「荷物が届いているのよ。あなたの名前で」
母が手に持っていた小包を受け取る。送り主と届け先、どちらにも見慣れた字体で穂香の名前が書かれており、持った感触は軽かった。包みの後ろにはカプセルの中に手紙が入った絵が描かれている。
「ネットで注文でもしたのかと思ったんだけど、ちがう? ちがうなら連絡してみるから……」
「わ、私のだから大丈夫!」
「そう? これから夕飯の準備をするから、できたら呼ぶわね」
そう言って母が部屋から出ていく。足音が遠くなるのを確認してから、穂香は小包を開く。
中から出てきたのは、抱きかかえられる大きさの、可愛らしいウサギのぬいぐるみだった。一緒に入れられていた二つ折りの便箋には、見慣れた姉の文字が並んでいる。
『穂香、誕生日おめでとう。また一週間早いって言われちゃうかもしれないけど、今回はサプライズ! 大事に持っていてね。誕生日は一緒にお祝いしよう』