穂香は驚きを隠せなかった。敷島がここまで自分を支えようとするのはなぜか、不思議でならない。それと同時に心強さも感じた。ただそれだけを理由に、彼を巻き込むようなことはしたくない。
「それは……そうだけど、でもスニーカーだって見つかっているし」
「藤宮の姉さんが生きているとお前自身が信じる限り、お前の夢も、顔も晴れることはない」
 報われたい。この苦しみから逃れたい――何でもいい、姉の所持品が見つかったら、現状から解放されると思っていた。
 それが生死の結果が出てしまうものだったとしても、証明できる何かがあれば諦められると思っていたのだ。見つかった所持品を前にしても、無は無でしかない。だから諦めるしかない。
 それなのに、敷島に指摘されて胸の奥にあった靄に光が差し込んだ気がした。
(私は、最初から姉が帰ってくることしか考えていなかった。報われたい? ううん、報われなくてもいい。姉が帰ってくるなら、何もいらない)
「どうして……そんなことが言い切れるの?」
「……それは――」
「穂香?」
 玄関の戸が開いて、中からいつも通りくたびれたスーツ姿の父が出てきた。いつから聞いていたのかはわからないが、これから仕事に行くようだ。普段より大きい鞄を持っているところから、今夜は当直なのだろう。
「お父さん……」
「よかった、熱を出したと聞いて心配したが……迎えに行けなくてすまない。もう平気なのか?」
「う、ううん。もうすっかり熱も引いたし、しき……と、友達が助けてくれたから」
「友達?」
 父が穂香の後ろにいる敷島に目を向ける。敷島が小さく会釈をすると、父は彼に近付いた。
「娘がお世話になりました。友達、ということは同じ学校の?」
「はい。敷島尚です」
「敷、島……」
 名前を聞いてわずかに眉間に皺を寄せるも、すぐに元の表情に戻る。一瞬のことで穂香にはわからなかったが、なんとなく、ピンと張りつめた空気に変わったような気がした。それは敷島も感じとったようで、困ったように眉を下げて問う。
「あの、何か?」
「……いや、珍しい名字だからつい。知り合いに同じ名字の人がいるから、ちょっとばかり驚いてしまって」
「自分もこの名字の人親戚以外で会ったことがないんです。お父さんの知り合いの人も、俺の親戚かもしれませんね」
「どうだろう、随分前だし、もう連絡先もわからないんだ。思い出したらまた聞いてみることにしよう。これから仕事で申し訳ないが、今度改めて礼をさせてほしい」
「お父さん、お母さんは?」
「今日は珍しく早番で、鞭打って先に出たよ。夕方には戻ると言っていた。お前はしっかり寝ていなさい」
 それじゃ、と言って足早に家を出ていく。以前よりも少し丸まった背中を後ろから見つめる。
 姉の所持品だと穂香が断言された直後に母は泣き崩れ、父は母の背中を擦ることしかできなかった。
 だから最初、穂香と孝明が河川敷に行くと行った時、二人だけで帰れるのか心配で気が気でなかった。結果的に二人は何事もなく帰宅したが、小さくなる父の姿を見て絶望から脱することはまだまだ先の話になるだろう。
「……藤宮、もう家の中に入れ。何かあったら連絡しろ」
 呆然と立ち尽くす穂香に、敷島は家に入るように促す。
 しんと静まり返った家は、いつもより不気味だった。心配そうな敷島に、少し無理をして微笑んだ。