本屋の駐車場を出てからはラジオをつけることなく、恵は穂香に問いかけるようにしていた。「弟は学校でどう?」「迷惑かけてない?」と、心配性な兄に対し、弟が拗ねた顔でそっぽを向いている。なんとも答えにくい状況で、唯一穂香がはっきり答えたのは一つだけだった。
「敷島くんは、優しい人だと思います」
 その時ばかりは敷島も目だけが泳いでいた。ミラー越しに見えた恵のニヤついた笑みを見て、敷島が舌打ちしたのは気付いていないふりをする。
 途中、休憩で敷島がコンビニに寄りたいといい、車を駐車場に止めると敷島だけが車を降りた。気まずい空気が流れるなか、穂香は前に乗り出して恵に言う。
「し、敷島さん、さっきはすみませんでした!」
「え? ああ、全然気にしてないよ。むしろ俺のほうこそごめんね。重い空気をどうにかしようと思って、俺が間違えただけだから。もちろん、何があったかは聞かないよ」
「でも――」
「でもよかった」
「え?」
「実は俺、尚が小学生になった頃に喧嘩したことがあってね、それ以来、あまり話してくれなくなったんだ。でも昨日突然、車を出してほしいって言われた時は驚いたし、すごく嬉しかった」
 ふと、診療所で初めて会ったときに見せた恵の表情を思い出す。
 友恵も言っていたが、今までぶっきらぼうで一人でいるイメージが強いようで、敷島が――不可抗力とはいえ――友人を連れてくることは相当珍しいらしい。
「尚とま(・)た(・)仲良くなってくれて、ありがとうね」
(また?)
 まるで昔も仲が良かったような言いぐさに穂香は眉をひそめる。それに気付かないまま、「ああ、そうだ」と恵は続ける。
「俺も尚も『敷島』だから、名前で呼んでくれると嬉しいな」
「えっ……あ、はい……恵さん?」
「そうそう。また次会うときはよろしくね」
 果たしてこの先も会うことがあるのだろうか、と首を傾げる。そんなことを気に留めることもなく、恵は満足そうに微笑んだ。
そこにコンビニから敷島が戻ってくると、二人の正反対な空気に気付いたのか、眉をひそめる穂香に問う。
「何かあった?」
「ううん、特になにも」
「尚の昔話をしていただけだよ」
「はぁ? ……最悪。藤宮、さっさと忘れろ」
(理不尽!)