躊躇いながらも問いかけた言葉に、敷島は黙って頷いた。
 それから穂香は、紗栄子が失踪する直前のことから夢の話まで、包み隠さず話した。時折胸が苦しくなって言葉が途切れても、敷島は黙って耳を傾けた。
 すべて話し終えた頃には、穂香の目は涙で濡れた目を擦って赤く腫れるほどになっていた。
 敷島はゆっくりと口を開く。
「よく耐えられたな」
「嫌でも慣れたの。最近やっと、身勝手な憶測が落ち着いてきたところだったのに、また同じことを繰り返しそう。でもきっとまた今まで通り受け流して――」
「言葉はナイフと同じだ。何気なく持っているだけで人が死ぬ」
 ネットに好き勝手に嘘も真実も書き込んで、盛り上がるからと軽率に煽る人間は少なくない。自分が加担していることに気付かないのは、本当に自分が悪いとは心底思っていないからだ。「たったそれだけのことで」と驚いて片付けるのは単細胞どころの話ではないと、敷島は続ける。
「だから、よく頑張ったと思う」
「……うん」
 敷島の言葉が、不思議と胸に染みこんでいく。穂香はただ誰かに大丈夫だと、頑張ったと、声をかけてほしかったのかもしれない。姉がいない現実に目をそむけ、機敏に振る舞おうとする自分を演じるために、その言葉は邪魔だった。わずかだが、胸のつかえが取れたような気がした。
「それにしても、やっぱり引っかかるな」
 しんみりした空気から一点、敷島が頭を掻きながら呟く。
「結婚して一年は経ってんだろ。個人差があるとはいえ、マリッジブルーと考えるには難しい気がする。日常的に旦那から暴力を振るわれていたわけでもない。話聞いてりゃ人当たりの良さそうだし、嫉妬はされても恨みを買うようなことはされない気がする。……それに、お前の夢に反応したのも気になる」
「え? 私の?」
「夢の話を聞いて動揺したんだろ? 灰色一色で不気味だとは思うけど、他人が見た夢を聞いて動揺するなんて滅多にない。夢には幼い頃の記憶が反映されることもあるって聞くし。他には何か思い当たらないか?」
 とはいえ、半年以上前のことだ。いくら穂香が紗栄子の挙動を覚えていたって限りがある。それでも何か手掛かりがあれば、と頭を抱えるが何も思い浮かばない。
「なら、思い出したら教えてくれ。……ああ、独り言だったっけ?」
 そうだった、と顔を上げて敷島を見る。いくら警戒心が足りないと他人から言われる穂香とはいえ、家族や親友にも話したことがないことを、いとも簡単に話した自分に驚きが隠せない。慌てた穂香を見て、敷島はどこかホッとした表情をしていた。
 それからすぐ、恵が三人分のドリンクが入った紙袋と、予約していた本を両手に抱えて戻ってきた。「ずっと読みたくて、やっと届いたんだ」と言って嬉しそうに本を見せつける傍らで、敷島は素っ気なく相槌を打つ。二人きりの時とは態度が異なる彼を見て、穂香は自然と頬が緩んだ。